62話 再びの魔王化と誤算
今戦っている相手は理不尽な程の強さを誇っていた。
魔王時代含めても、これ程の相手には中々出会えなかった。
たった一撃。
それも軽く小突かれた程度の打撃で、もう私は瀕死状態へと陥ってしまった。こうなるまで私がどれだけ攻撃をしたと思っている。
必死に積み重ねた攻撃を一瞬で引っ繰り返されてしまった。
「………………」
痛覚がショートしたのか、骨が砕かれ内臓を潰されても不思議なくらいに痛みが無い。
「終わりだな」
ノーブルレッドが私を見下ろす。
立てた指から鋭い爪が伸びている。
このまま放っておいても心音を止めてしまうような存在に、わざわざ止めを刺そうというのか。
「……光栄ね」
ノーブルレッドは下らないと言わないばかりに鼻を鳴らし、その鋭い爪を私の身体に突き立てようとする。
「……………」
死が近付いているからだろうか。
まるで走馬灯でも見ているかのように、時間がゆっくりと流れているように感じる。
聴覚が捉えるのは風切り音では無く、ましてや死神の足音なんてスピリチュアルなものではない。
金属が弾けるような乾いた音。
異変に気付いたノーブルレッドが目を見開き、私は笑みを浮かべる。
「なッ!貴様!」
「危なかったわ。狙い通りにいってくれて良かった」
死への既定路線を越えて生を掴む。
魔王化。
二十年程前に災厄の街で一度かつての姿を取り戻すことが出来た。あれから再現の為の条件を考えていたが、これしか無いという確証めいたものには辿り着けていた。
死に触れること。
その状態に陥ることで呪いも油断するのか枷が外れる。
ノーブルレッドの手を軽く振り払い俊敏な動きで立ち上がる。
「さぁ、ここからが本番ね」
私が突き出した拳がノーブルレッドの鳩尾に直撃する。
鈍い感触の後、あれだけ余裕を見せていたノーブルレッドの表情が歪む。白兎を使ってようやく微かに出血していたのが、今は大口を開けて大量にそれを吐き出している。
「あれ?もしやかなり効いちゃったかな?」
ノーブルレッドの身体が小刻みに震えている。
歯が軋む音の後、ノーブルレッドが身体をもたげてから急激に襲い掛かる。このまま倒れるかと楽観視していただけに不意を突かれたものの、その動き自体がスローモーションのようだった。
「––––––––––––––––ッ!!」
顎を跳ね上げてやると一瞬気を失い白目を剥いたが、倒れ込もうというところで目を覚まして踏鞴を踏む。
「まだ立っていられるのは流石だけど、そんなに無防備で良いのか、なッ!!」
容赦無く追撃を加えていく。
全盛期の二割程度と言ったところになるのか。
湧き上がっていた力は高止まりし、穴の空いた桶のように徐々にそれが抜けていくのを感じる。
つまり遊んでいる猶予は無いということ。
「ガハァッ!ば、馬鹿な!」
自身がこうも追い詰められるとは微塵も考えていなかったのだろう。強い動揺の色が依然濃く浮かんでいる。
肩を大きく揺らし、目を剥いて苦しんではいるが倒れない。
攻撃を諦め、防御に徹しているのもあって今までにすんなり拳が通らなくなって来た。
「……………」
絶対的ともとれる強者が必死に防御に集中している。
まるで亀の甲羅だ。
防御姿勢に強大な魔力に全身を覆っていてまさに鉄壁。
だが、
「––––––––––––ガァッ」
その程度では今の私には紙装甲でしかない。
「いつぞや戦った阿修羅タートルの方が数段防御が固かったわ」
ノーブルレッドがいかに防御を固めようと一撃でそれを突き破る。
「さぁ、決め––––」
畳み掛けて終幕に向かおうとした時、ノーブルレッドの爪が腹部に突き刺さった。
「私を舐めるなよ小娘がぁッ!!貴様程度!八つ裂きにしてくれる!」
勝負を焦るあまり強引になり過ぎていたのかもしれない。
だが、受けた反撃とやらも大したダメージにはなり得ない。空いたは穴はすぐさま塞がり、痛みも収まっていく。
「白兎」
その名を呼んで取り出した短刀を振り下ろすと、ただそれだけでノーブルレッドの片腕は切断される。
「グアァァァァァァァッ!この私が、貴様なんぞに……な、何故だ。何故私がこんなことにッ!!」
「そんなの決まっているわ。お前が弱いからよ」
それだけ答えてやって、後は切り刻んで終わりだと白兎を握り締めたところで急激に身体が重くなった。
まさかもう限界?
災いの街で一割引き出した時はもっと長持ちしていた筈だというのに、今回は僅か数分しか持たないなんて。
ノーブルレッドには私になにが起きたか知る由も無い。
もしここで攻勢に出られていれば、私は間違い無く殺されていた。
だが、ギリギリまで追い詰められていたノーブルレッドは私に生じた隙を逃亡に費やすことを選択した。
マズイ。
恐怖に溺れ、まるで動けなくなっていたアキナを無視して奴はダンジョンの出口へ一直線に走る。
すぐに追わなければならない。
アレを外に出したらどうなるか。
身体がまるで言うことを利かず敢え無く倒れ込む。
この後の惨状が目に浮かぶようであった。




