61話 真の狙い
戦え、戦え……。
脳が鳴らす耳がつんざかんばかりの警鐘を心で押し殺して戦う。
相対するはここ数十年で最強の敵。
力の差は歴然。
正直怖いし、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られている。
「………ッ」
全力で動き続けているせいで肺が潰れそうなくらい息苦しく、今にも干からびてしまうんじゃないかと思える程の汗が流れる。
筋肉はとっくに悲鳴を上げて、疲労と乳酸の蓄積により破裂寸前だがそれでも止まる訳にはいかない。
止まれば死ぬ。
幸いなのか、ノーブルレッドは依然として本気で私を殺そうとしていない。
手に持つ銀獅子の引き金を闇雲に引いて爆炎弾を命中させる。大規模な爆裂による炎がノーブルレッドを包む。
腹立たしいのは高価な弾を使用し、全身への負荷というリスクを負っているにも関わらず効果は微妙ということだ。
「夢瑠!もう逃げよう」
アキナが必死に叫ぶ。
とっくに逃げていると思っていたが、未だその場に留まっているとは。
アキナの言う通り、爆炎弾により渦巻く煙で視界はかなり不明瞭になっている。逃げるのであればこれは好機に当たるのかもしれない。
「良いからお前だけ先に行ってろ!」
「でも……ッ!!」
「でももへったくれも無い!邪魔だってんのよッ!!」
私達が考えていることなんてお見通しとでも言いたいのか、このタイミングで視界を遮っていた煙が一瞬にして吹き飛ばされてしまった。
「………ッ」
半ば分かってはいたが、ダメージはほぼ皆無だ。
どころか纏っているやけに高級そうな衣類を焦がすことすら出来ていない。バクの奴、適当な粗悪品渡したんじゃないだろうな。
「もう終わりか?」
「さぁ、どうだろうね?」
言いながら向けるのは銀獅子の銃口。
「……まだそれで戦うのか」
「ま、そう言わないでよ」
「どこに銃口を向けて–––––」
天井に向けた銃口。
引き金を引いた直後に襲い掛かるは水の龍となる。それはノーブルレッドを大口で飲み込み、強力な圧を与えていく。
「………………」
水龍弾も相当な威力を持っているが、ノーブルレッドは至って平然としている。
「じゃあ次はこいつを」
稲光が線となって走り、標的を貫く。
水龍弾との相性は抜群であり、いくらノーブルレッドであっても多少のダメージは期待出来る。
水の檻から解放され、見えた表情からは毛程の動揺も見られない。
「面妖な術だが、威力は大したこと無……い?」
雷の如き速度で駆け抜け、ノーブルレッドの気に入らない面に僅かながら傷を与える。
「ほぉ」
薄皮を裂いた程度だが、ようやく目に見えるダメージを与えることが出来た。
手には純白の短刀「白兎」が握られている。
銀獅子、黒龍に次ぐ魔王シリーズの一つ。
その効果は身体能力の大幅強化。
白兎自体が持つ攻撃力と、身体能力強化による組み合わせは中々凶悪な組み合わせと言える。
「行くわよ」
急激な速度上昇が緩急の効果を成し、ノーブルレッドに初めての動揺が見られる。
それでも依然として残る余裕。
全力で私を捉えようとしていないのが分かる。
私にとってそんなことは些事だ。
手を抜いたまま死んでくれ。
斬撃の嵐に巻き込んでやる。
致命傷には至らないが、それでも徐々にダメージを蓄積させていく。傷を与えた箇所を重点的に攻めることでそれを深める。
時折伸びる手は決して命乞いをするようなものではなく、ゆるりと私と捕らえようとする意図がある。
「そんなんじゃ届かないよ」
なおも私の攻撃は続く。
このまま押し切ってしまいたいが、私の身体が軋み悲鳴を上げ始める。
「–––––––––––––––ッ」
魔武器白兎を使うことで身体能力は飛躍的に向上する。
だが、それが欠陥でもありあまりに負荷が大き過ぎる。
過ぎた力は身体を崩壊させていくことになる。他の銀獅子、黒龍でも同様ではあるがこの白兎については特に顕著だ。
これだけ動いているというのに全身を悪寒が包む。
それでも歯を食い縛って動き続ける。
腕が千切れようとも白兎を振るい続けろと無理矢理命じる。
だがここに来て斬撃が当たらなくなってきた。
紙一重には見えるが空振りが増え、一層疲労感が増長される。流石に目が慣れて来たこと、決着を急ぐあまり攻撃が正面からと単調になってしまっていた。
かなりしんどいが変化を作ろうと、ノーブルレッドの視界から外れようと回り込もうとしたところだった。
「そろそろ限界だろう?」
ずっと付いて来れていなかった筈のノーブルレッドの正面からの姿がそこにあった。
振り切れて、いない?
「気付くのが遅かったな。そうしたところで手立ては無かっただろうが」
次の瞬間、全身が爆散したんじゃないかと思えるくらいの衝撃が走る。
気付けば私は壁にめり込み、ダラリと天を仰いでいた。
あまりの衝撃に失神と覚醒をほぼ同時に行うことになった。
「終わりだな」
ノーブルレッドが偉そうに私を見下ろす。
そうか、どうやらとっくに限界を迎えてしまっていたようだ。それに気付か無かっただなんて、なんという有様か。
「……まだ終わりじゃないわ」
そう言って私は薄っすらと笑みを浮かべる。
白兎で押し切れればそれに越したことは無かったが、私の狙いはその先にある。




