59話 名も無きダンジョンにて
白骨化した魔獣が自身の身体を研いで刃とした武器を振り回す。精度や技術的なものは捨て置いて、ただ殺意のままに武器を使ったところで当たってやることは出来ない。
それについては相方となるアキナも同様だが、ステータス値に開きがあるおかげで今のところかなり順調に魔獣を倒し続けている。
「やるじゃないか。もっと手こずるのかと思ったよ」
街中での内々での戦闘が多い印象があり、魔獣とのそれはかなり乏しいのかと思っていたが臆していないようだ。
割と素直な気持ちで賞賛したが、なにが気に入らないかアキナはジロリと湿り気のある視線を送る。
「まぁ、私は次の勇者になる女だからね。これくらいは当然よ」
随分と澄ました感じで答える。
先日話をした一件、それがあって素直に喜べないのか。私としても意図があって連れて来た訳だから、アキナが考えていることは分かる。
「で、今のスカルナイトだっけ?ランクで言うとどれくらいなの?」
「G、良くてFってところかな」
「…………」
アキナの期待値としてはもっと高い方が良かったか。目に見えて落胆してしまっている。
誰が作ったのか石で組み上げられたダンジョンには、低級のアンデッド系が多く生息しているようだ。
先程から現れるのはスカルナイトや腐鳥が多い。
雑魚しかいないというのなら、それに越したことは無いがその先にいる封印された魔獣。
ノーブルレッドから漂うである魔力の波長は、正直ここからでもかなりキツいものがある。
解け掛けているとはいえ、その力は些かも衰えていないことはよく分かる。
「ねぇ、この先にいるノーブルレッドってどれくらい強いの?」
そう言うアキナの顔色はいつの間にか青褪めてしまっている。呼吸も浅く、少し苦しそうにしている。
「どうかな。私が魔王になる頃には既に姿を消していたからよく分からないんだよね。まさか封印されているとは思ってもみなかったし」
私が肩を竦めながら答えると、アキナはさして残念そうでも無く短い反応を見せるだけだった。
奥に進めば進む程、流れて来る魔力の濃度が高まっていく。
名も無きダンジョン。
一体ここがいつから存在しているものなのかは定かでは無い。普通に考えれば相当に古いものになるのだが、なにがどうなっているのか老朽化している様子は見られない。
試しに何度か小突いてみてもヒビすら入らない。
ふと、後方の足音が遠ざかっていることに気付く。
振り返れば、息を切らして膝に手を置いてしまっているアキナの姿があった。
「大丈夫なの?スイには上手く伝えておくからこのまま帰った方が良いんじゃ……」
「大丈夫。私はまだ行けるわ」
全然大丈夫そうには見えない。
取り込んだ酸素が血液に渡っていないのか、唇の色が紫に変わってしまっている。
壁を手すり代わりに、足を引き摺りながら懸命に歩を進める。
「この先はもっとしんどくなる。無理だと判断したら置いていくから」
「大丈夫だって言ってるでしょ!」
アキナが見せているのは単なる意地に過ぎない。現実に戻った後のことを考えるのなら、ここで素直に引き返して欲しいというのが本音ではある。
その後、こんなやり取りをしつこくも数回繰り返して広間に辿り着く。
真っ直ぐな通路が伸びているだけの道が続いていただけに、いきなり現れたそれに驚く。
中央に置かれているのはそこらにありそうな岩石だった。
「夢瑠……これだよね?」
「間違い無いわね」
スイから事前に地図のような書類を預かってはいなかったから、前情報については一切持っていないのだが、そんなものが無くても目の前のそれが目的の封印地であることは容易に理解出来た。
「じゃあ早速貼り直しちゃうわ」
取り出したのは唯一預かっていた新しい封印の札だ。
一息吐いてしまいたいのは山々だが、一刻でも早く仕事を終えてしまった方が良い。
まだ余裕はあるのだろうが、万が一小さなロスが命取りになるようなことがあってはならない。
眼前に見えているのは千切れて、すっかり色褪せて剥がれ掛けている古い札だ。
それにも複雑な術式が刻まれているが、どうも今私が持っている札とは違う種類であるようだ。
長い年月を経て魔術も進化するものだ。
私はそう深く考えず、新しい札を岩石に貼り付ける。
それが、大きな間違いだった。




