57話 ギルド長からの依頼
今朝はやけに早く目が覚めてしまった。
うだうだと二度寝を貪ろうかと考えたが、どうにも落ち着かずまだ重い身体を起こして外に出ると、住民達の一日が始まる前の景色が飛び込む。
お祭り騒ぎとまではいかないが、それでも日々賑やかしい街でもこうも静かになるのかと嘆息する。
気付けば私は黒龍を手にしていた。
アップ代わりの素振りから始まり、徐々に回転数を上げながら目の前にイメージを浮かべて対峙する。
そこにいるのはかつて私の目の前に現れた本物の勇者だ。
特段意識することも無く、感慨深く思い出すような相手でも無い。だが、ここが勇者誕生の地ということがあってか、ごくごく自然な流れで思い浮かべてしまった。
「ふッ!!」
勇者の剣撃を辛うじて躱し、柄で防御しながら身を翻して大鎚を振るう。
私自身が黒龍に振り回されていることもあって、勇者はそれを難無く最小限の動きで回避する。
だが、それ故に間合いは離れておらず一歩踏み込むことで、剣撃が威力を発揮出来ない箇所に潜り込む。
喰らえ、と短く持った黒龍を振り上げようとしたところで視界が明滅する。
「…………ッ」
そうだった。
この勇者は剣以外に体術も優れていたのだった。
痛みは当然無い。
ダメージすら無い。
だが伝わる打撃と強さ。
集中力が上昇し朧げだったイメージが輪郭を帯びていく。当時を思い出すかのように、私自身も熱くなり始めてしまい勝手に始めた鍛錬はそれから三十分近くにも及んでしまった。
物凄く疲れてしまいへたり込んでしまう。
呼吸を整え心臓が落ち着きを取り戻そうという頃、次に湧き出したのは複雑な感情と悔しさだった。
「捩じ伏せられたな」
相対していたのはあくまでイメージ内での勇者。
当時と色褪せない強さを維持したままの勇者と、今の私ではまるで勝負にならない。
それは分かっていた筈なのに、こんなに苛だたしい気持ちが生まれるとは……。
私を縛る鎖の金属音は今日も聞こえている。
いつぞやの一時的に枷が外れた状態だったらどうだったろうか。あれから一度として枷は緩むことすらなくなっている。
疲れて大の字になってしまいたい気持ちもあるが、不幸にもここは外であり時間的にもボチボチ通行人が現れ、増えてきてもおかしくはない。
疲労で重くなった身体でもう一踏ん張りして立ち上がったところで、背後で砂利を噛む音が聞こえた。
「なんの用?」
「朝から申し訳ございません。実は折り入って依頼をしたいことがありまして」
「依頼?」
そこに立っていたのは見覚えのある若い男性だった。
短髪で見た目爽やかそうな容姿をした男性であり、女性受けしそうな感じではあるが、それが誰であるかまではすぐに出て来ない。
「あ、ギルドの……」
「覚えて下さってましたか。そうです、この街のギルドの長を務めておりますスイと申します」
都合良く解釈してくれたところで、私はそれに乗っかる形で合わせて頷く。
ギルドはどの街にも存在している第三者組織のような存在だった筈。商人の組合のようなものにも属さず、会社でも無いどこか掴みどころの無い組織だ。
様々な仕事の仲介業といったところか。
「ん、そのギルドのそれも長とも呼べるスイが私なんかにどんな依頼を?」
「これを………」
そう言ってスイが手渡したのは薄っぺらいファイルだった。開いて良いのか、と念の為目配せするとゆっくりと頷く。
綴られていたのは一枚の紙だった。
そこに記されていたのはこの街から数キロ離れた先にある、ダンジョン内に封印されている魔獣についてだった。
「封印されているのなら特になにか仕掛ける必要は無いでしょ?」
概要しか読んでいないがそういうことだろう、と確認するがスイは被りを振る。
「その封印が解けかかっているのです」
「え!」
思わず間抜けな声を出して、それからファイルの中身を今度こそゆっくりと読み直すと確かにそう記されていた。
「夢瑠さんにお願いしたいのは、まさにその魔獣の封印の掛け直しです」
変わった依頼だと思った。
掛け直しであって、別に一度封印を解くという訳でも無いのに何故そんな簡単そうな依頼を私に投げるのか。
「まだ受けるとは限らないけど、とりあえずもう少し詳細を教えて」
簡単な仕事でお金が貰えるのなら、それに越したことはない。本来なら飛び付きたい仕事ではあるが、どうにも引っ掛かってしまう。
なにも無いことだけを祈るとしよう。




