56話 現実を知るということ
今日も一仕事を終えて街の中の飲食店で腰を落ち着ける。
私に気付いた数人は声を掛けて来たが、疲労の度合いを察してか長話をされることも無く挨拶程度で済んでくれた。
今日も今日とて連戦をこなすことになってしまった。
アキナだけで無く、この街には勇者となろうと野望を抱く者が多い。いや、多過ぎると言っても良い。
唯一無二の存在が、随分と安売りされているようでやや引っ掛かるような感情がある。
とは言え、そこは自称らしいところで実力はと問われればお粗末であると答えざるを得ない。
約一名を除けば……。
「––––––––––––––––––––ッ」
右手が痺れて上手く握れない。
痛みは殆ど無いだけに折れてはいないようだが。
アキナとの一戦。
魔武器である黒龍を使用しながら戦い、ここ数日は圧倒する形でそれを締め括ることになっていたのだが、少しずつ情勢が変わろうとしている。
「まさか、もう適応しようってのかね」
頬杖を突いてグッタリしていると店内がなにやら賑やかしくなる。
何事かと首をもたげながら視線を投げてみれば、そこにいたのはアキナだった。周囲の来店客は期待のホープの突然の登場に湧き、隅に寄ってどうぞどうぞと狭まっていた道を広げてしまう。
出来た道のせいで私とアキナは一直線に結ばれてしまう。
来店客達はすっかり期待して観客と化してしまっているが、まさかこんなところで事を構えるつもりなのか。
向けられる鋭い視線。
浮かべる表情は無であり、抱いている感情は読み取れないでいる。
「…………」
重くなった身体でゆっくりと立ち上がり、真正面から向かい合う。
アキナが開けられた一本道を早歩きし、私は身構えたがそこから戦闘には繋がらなかった。
「座れば?」
アキナは事もあろうに私の向かいの席に座って冷静にそう言う。拍子抜け、と言ってはいけないのだがかなり呆気に取られてしまった。
主導権を握られているようで癪に障るが、とりあえず言われた通りに座って向かい合う。
「で、なんの用なの?」
「勇者について教えて」
「なんでそれを私に聞くのよ。そんなもの街の住人に聞けばすぐに答えは出るでしょ」
至極正論だと思った。
だがアキナはそれに対して険しい表情を浮かべて私を睨む。
「ここの人達はね、勇者を美化し過ぎてて参考にならないんだって」
アキナの言うことも間違っていない。それ故に敵であるアキナに向けて薄っすらと笑みを浮かべて見せてしまう。
「元魔王の立場から見て私に勇者としての素質はあるの?」
「無い」
きっぱりと答えておく。
アキナを現実世界に引き戻すという仕事を込みで考慮しても、素質があるとは言えない。
当然実力も足りない。
街中にいる有象無象と比べるとマシというレベルから抜け出すことは出来ないだろう。
自身少しは期待感を持っていたのだろう、平静を装いながらも落胆の色は隠し切れていない。
「随分とハッキリ言うのね」
「嘘を吐く必要は無いからね。正直少しでも早く諦めて、目を覚ました方が良いとすら思っているわ」
「………ッ」
アキナはギュッと唇を固く結んで黙り込んでしまう。
それでもそんな程度ではアキナは折れない。悔しそうに歯を食い縛って私に鋭い視線を向ける。
「そんなのはまだ分からない。現に私は徐々に強くなっているし、貴女だってかなり消耗しているように見えるけど?」
「そう、それだ」
私は我が意を得たりと一本指を立てる。
ここで流れを変えたいと考えていたであろうアキナの表情が険しく曇っていく。
「今の私は力を失った元魔王に過ぎない。全盛期の……そうね、まぁ一割程度しか力が出せていないのよ。アキナはそんな弱体化した私に勝てていないということなの。分かる?アキナ自身は手応えを感じているようだけど、実際にはこれっぽっちも凄くないということ」
不幸なのはこの街にいることか。
アレクという街が次期勇者だなんだと持て囃したりしなければ、こうして夢に囚われることは無かっただろうに。
アキナが萎んでいくかのように身体が小さく見える。
「かつて私が魔王だった時、本物の勇者と相対したけどかなり強かったわ。負け無しで配下を倒し続けて、一直線に私の目の前に現れたわ。結果的に私が勝ったけど、まぁ強いわね。アキナとは全く比べ物にならないくらいにね」
それからも本物、という部分を強調しながら勇者について滔々と語ってやる。その強さについては脚色無く、あくまで正直に伝えていく。
「それでも……それでも頑張っていれば私も………」
ある程度の成長は見られるものの、現段階で結果がまるで出ていないことや弱体化した私に未だに勝てないこと。
弱っていく目の光。
縋るように見詰めるアキナに告げる。
「勇者は負けない」
相手が私であるから良かったが、実際に殺意を持った相手に負けるということは即ち死を意味する。
それがよぉく伝わったことだろう。
要するにアキナは甘く、やっていることは所詮ママゴトに過ぎないということ。
「……………」
自身の能力、価値を知る為に期待感を持って私の前に現れたのだろうが、突き付けられたのは残酷な現実とも言える。
これで折れてくれるかな。
そんな期待感を持って、私は先に席を立って静かに店を後にした。




