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54話 勇者生誕の地アレクにて

 目を開けて身体を起こすとアチコチがギシギシと嫌な音を立てて痛む。


 窓から見える青空は本日の好天を知らせるものであり、街歩きをするには絶好の日和となる。


 欠伸をし、室内に掛けられた時計を見ればもう時刻は十時を回ろうかという頃合いになっていた。


「寝過ぎたわ。ってことは朝食も終わっちゃってるか」


 やれやれ、と痒くもない頭を掻きながら洗面台に立つと青痣はある程度消えてはいるが、まだ瞼が僅かに腫れていて微かに熱を帯びている。


 自称勇者を名乗る女の子であるアキナとの戦闘からまだ一日も経過していないのだから、流石に回復は追い付かないようだ。


「昨日だけならまだしも連戦だもんなぁ。そりゃそうか……」


 洗面台に諸手を置いて溜息混じりに俯いてしまう。


 疲労は残っており、空気が抜けたように眠りこけてしまいそうになるのを堪える。


 アレク。


 これが今いる街の名だが、別名として「勇者が生まれた街」とされている。かつて君臨していた魔王を討ち倒すべく、伝説の勇者が誕生したのがここアレクであるそうだ。


 なにせ私より前の魔王になるだけに、逸話の真偽については不明だがこの街の住人達は代々それを信じて崇めているようだ。


「そりゃ勇者を自称しても波風立たない訳で……」


 アレクの住人達は勇者を自称する存在を批判するどころか、大歓迎という有様となっている。


 求められているのは新たな勇者の誕生だ。


 要するにまたこの街発祥で伝説の再現をしたいということになる。


「なんとも闇深い感じで」


 のんびりと準備を済ませてから外に出ると、まず私を見掛けた歩行者が陽気に手を上げる。


「よぉ夢瑠さん。昨晩はゆっくりと休めたかい?」


「なんとかって感じよ。こうして動いてみると頭がガンガンして痛いわ」


「だろうな。昨日の戦闘を見させて貰ったけど、かなり接戦だったからな」


 そう言って男性は哄笑する。


 それに釣られてか徐々に人の視線が集まり始めるのを察して、良い加減なところで離れることにする。


 だが一息吐けるのも束の間で、すぐに新たな住人に声を掛けられる。


 ここの人間には元とはいえ魔王という存在は好奇の対象となっている。危害を加えられるという認識は無いのか。


「おはよう。昨日凄かったね。流石は元魔王、まだアキナさんには負けてませんね」


 もはやご近所さん感覚だ。


「そりゃそうでしょ。あんな自称勇者に負ける筈が無いわ」


 なんて嘯いて余裕を見せておくが、実際のところは真逆の状態となっている。


「でもそろそろやばかったりして?」


 う、この人よく分かっている。


 だがそれについて否定は出来ない。


 事実、自称勇者ことアキナは日に日に力を増している。


 当初はそれこそデコピン一発で昏倒していた程で雑魚という他無かったのだが、一ヶ月もしない間にほぼ互角、いや瞬間的には私を上回るようにまで強くなってしまった。


「この街にはかつての勇者に憧れを持って、毎年何人もの若者が旗上げをするんだけど彼女こそ本物かもしれない」


 住人達にとっては本物の勇者を心待ちにしているのだから、これ程嬉しいことは無い。


「ま、良い踏み台になってあげてよね」


 住人は愉快そうに笑って私の肩を叩いてどこかへ行ってしまった。


 それから何度も住人達に声を掛けられるが、私もアキナに負けず劣らずの人気者になってしまっている。


 一つ違うのは私が求められているのは劇的な敗北だということ。


 そこかしこで笑い声がし、楽器の演奏や昼間からの飲酒にどこかで飛んで炸裂する火薬玉。


 ただでさえ賑やかで明るい街が、アキナによってより一層お祭り状態と化してしまっている。


 厄介なのが神に近い存在として祀り上げられていることに、アキナ自身が抵抗を感じていないことだ。


 勇者であれ、という街の住人達の重圧に簡単に折れてくれるのなら楽だったのだが、自身がそう信じ込んでしまっているのだから質が悪い。


 そして、


「……………」


 いつからか感じる複数の視線。


 それはいずれも殺気を含んだものであり、我先にと功を焦る連中だ。いつからそうだったのかは分からない。


 だが、そんな連中からすればアキナというポッと出の自称勇者に住人達の期待を寄せられるというのは、さぞかし面白く無いものだろう。


「出て来なさいよ。まとめて相手してやるわ」


 立ち止まってそう言うと三人の男達が武器を構えて私を囲む。


 それを見た住人達が歓声を上げ、また人が寄って来る。


 連中には悪いが、勇者としての資質は無く紛れも無く紛い物だ。こうして徒党を組んで戦おうということ自体が間違っている。


 かつて王座で勇者と相対した時のことを思い出す。


「悪いけど、少し苛立って来たから手短に済ませるわね」


 連中には足りないものがある。


 勇者と呼ばれる存在が兼ね備えている圧倒的な個の力。


 私は一分と掛からずに三人を返り討ちにしまた歩き出す。


 彼等では住人達の酒の肴にもなりはしないだろうな。

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