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53話 偽勇者と相対する

 目の前には一見するとそこら辺にいる可愛らしい女の子が立っている。


 だが、そうと言えないのが今見せている戦闘態勢だ。


 拳を構え、一気に間合いを詰めて来るがそれがもう伊達なんかではなくかなり様になっている。


 下から潜り込んで斜めに突き上げられる拳は鋭く、そして重くて強烈だ。


「––––––––ッ」


 残像か否か。


 目で捉えることが出来ず、半ば予測で差し込んだ腕が辛うじて防御の役割を果たす。


 筋繊維がブチブチと切れ、骨はしなって折れる寸前まで軋む。


「どうしたのよ?これまでとは全然違うじゃない!お前、弱くなったんじゃないの?」


「……馬鹿言え。そっちが強くなってるんだって」


 一体なにが起こっているのかまるで分からない。


 目の前の女の子。


 アキナと名乗るこの娘こそが、件の人物に間違いは無い。本来なら交渉して鍵の受け渡しを行なっていくことになるのだが、今回は今までの案件とはまるで毛色が異なっている。


「行くわよッ!」


 アキナが不敵な笑みを浮かべ、ビシッと私のことを指差すと周囲にいた野次馬兼応援団が示し合わせたかのように火薬を炸裂させる。


「ったく、まるでヒーロー気取りね」


「気取りじゃない。ヒーローそのものよ。でも、強いて言うなら勇者と呼んで欲しいものだわ」


「百年早いわ」


 アキナが再び間合いを詰めに掛かる。


 まるで瞬間移動だ。


 目で追うことが出来ず、咄嗟に一歩引いて距離を置いて視界を広げる。


 繰り出される攻撃を辛うじて防御すると、それだけで激痛が走るもののまだ折られてはいない。


 追撃される前に痛みを堪えて反撃に出る。


「ァッ!」


 拳が頬を跳ね上げ確かな手応えが伝う。


 アキナの攻撃は飛躍的に上昇しているが、防御の方はそうでも無くやぶれかぶれの攻撃は悉く命中していく。


「クソッ……」


 息が切れる。


 全身が痛む。


 ここまで受けた攻撃で段々と目が腫れて視界を塞ぎ始める。ただでさえ見えていないというのに、こうなってしまえば絶望的だ。


「悪党のくせに、中々やるじゃない」


 消耗しているのは私だけではない。


 アキナもまた、肩で息をして苦しそうにしている。ダメージ云々というより、他者に攻撃を受け慣れていないのがモロに出ていて、今殴られた顔面をやたらと気にしている。


「悪党って。今はもう善良なる一市民よ」


「でも元魔王には違いないでしょ?」


「……………」


「今丸くなったとか、改心しているとか求めていないのよ。悪は滅びる。ただそれだけのこと」


 返す言葉が無い。


 野次馬達も同感なのか一層の歓声が上がる。


 また拳を交えると相打ちとなって互いの顔面が跳ね上げられる。


「––––––––––ッ」


 攻撃力はアキナの方が上だが、体勢を整えたのは私の方が先だった。


 蓄積されたダメージにより、下半身の感覚が薄れてしまっているがすかさず駆け出し連撃を与える。


 苦し紛れに放たれた一撃を躱し、翻した身体から繰り出す裏拳はアキナのこめかみを捉える。


「ッと……」


 更に追撃して止めと行きたいところだったが、足が言うことを聞かず膝を付いてしまった。


 アキナからすれば絶好の好機だったが、怯んでしまったのか反撃には出て来ない。


「もうここまでにしよう。何度やっても私には勝てないわ。そろそろ諦めて現実に帰ろう」


 アニメか、特撮か。


 現実世界の映像の中にいるヒーローの姿に憧れを持って見ている夢。それが裏世界に於いて具現化されているのだが、もうすぐそれも終わる。


 彼女はヒーローと崇められるには才能が無い。


 異質な存在であるアキナは、この街の住人達からすればヒーローかもしれない。だが、それには圧倒的な戦力が伴ってなければならない。


 言うなれば負けることなんて許されない存在だ。


「まだ、よ」


「涙を流して、鼻血を出して……そうまでして戦ってなんの意味があるの?確かにアキナは強いけど、それでも私には敵わないのはもう分かっているでしょ?」


 アキナは人目を憚らず衣服の袖で雑に顔面を拭う。


「私はまだ負けてないわ。負ける訳にはいかないのよ」


 内心で舌打ちをする。


 いっそ殺してしまうことが出来れば楽なのだが、今の状態でそうしたからといって現実世界に帰せるとは限らないし、他にどんな影響があるのか分からない。


「自分の為に、なにより皆の為に、私は負けられない!」


 息を吹き返したか覇気が戻った。


 いや、これはそれだけでは無い。


 魔力が急激に増幅している。


 これはアキナが持つ底力が顔を出しただけなのか、もしや進化の兆しなのか。


「行くわよ」


 いけない。


 この偽物の勇者をこれ以上成長させてはならない。


 私の直感がそう告げている。


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