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4話 夢に生きる裏世界へ

 目の前に広がるのは新聞紙を見ているかのような色の無い白黒の世界だった。


 漂う空気は現実世界と真逆で冷たく、そこにいるだけで肌を擦られているようだ。


 ここはカケルが見ている夢の世界。


 だがまやかしと言うことでもなく、ここも紛れも無い一つの世界ということになっている。


 私達はここを裏世界と呼んでいる。


「さて」


 まずはカケルを探さないことには仕事が始まらない。


 ここはどの辺りの街になっているのだろうか。この気温からして南方ではなさそうだが、見覚えが無いということはここに来るのは初めてということになる。


「にしても呪われてるのか」


 溜息混じりにそう言ってしまうくらい、道行く歩行者達の表情は一様に暗い。どこかの奴隷じゃあるまいし、疲れ果てている人の多いこと。


 横を向けば片道三車線の広い車道でありながら、隙間無く自動車が敷き詰められてしまっている。


 車窓から見える表情は渋滞による苛立ちが殆どで、漂う空気同様どこか冷たく殺伐とした街だ。


 頻繁に鳴らされるクラクションは、現実世界で聞く蝉の鳴き声と同等に不愉快だ。


 こうして立ち尽くしていても、誰も私のことなど見やしない。


 ましてや、私に気付いて騒ぎ立てる者なんているはずがない。


「ふ、分かっていたけどやっぱり寂しいわね」


 私がこの世界に魔王として君臨していたのはもう百年以上も過去の話になる。当時は恐怖と畏怖の対象として、人々の記憶に刻み込まれて知らぬ者なんていなかったというのに、時間と共にすっかり風化してしまったようだ。


「終わっている存在ってことね」


 言っていて悲しくなる。


 宛ても無く歩き始める。


 車道を挟んで高く聳えるビルの数々。


 規格外なサイズ感は現実世界ではまずお目に掛かれないレベルだ。空に浮かぶ雲を突き抜けて天辺が見えない。


 見上げればビル群、横を見れば自動車、正面向けば疲れている歩行者達と入ってくる情報量が多くて私まで疲れてしまいそうだ。


 足元に視線を落とせば同じようなビラが何枚も落ちている。


 どれも踏みしめられてひしゃげてしまっているが、気になってそれを拾い上げる。


「これは………」


 セールチラシの類かと思ったが、デカデカと貼られた一枚の写真に目を見開く。


 巨漢。


 常人離れした巨躯を誇る男の姿がそこにあった。


 写真越しから伝わる戦慄。


「間違い無くこいつね」


 写真下部に記載されている内容文を読むまでもない。


 カケルはここ数日夢の中で、ある怪物によって殺されている。


 毎晩毎晩。


 どれだけ逃げても。


 見せられた悪夢は、カケルの心身を蝕んでしまっている。


 その怪物はどんな存在かと考えていたが、今の写真一枚で確信を得た。


「に、逃げろッ!!」


 人込みの中、誰かが必死に叫ぶとそれを皮切りに空気が一変する。


 この先から流れてくる鋭い殺気。


 行き交っていた人達は、皆同じ方向へと走り出す。


「––––––––––––ッ」


 その勢いたるやまるで鉄砲水だった。


 怒涛の勢いに逆らうように私は走り出す。


 身を翻しながら隙間を縫うように殺気の元へ。


 カケルを探す手間についてはこれで省かれることとなる。間違い無くこの先にいるのだから。


「まどろっこしい!!」


 勢いそのままにビルに向かって飛び、そのまま壁沿いに走り出す。


 力が落ちた私でもこれくらいは出来る。


 一直線に走り、距離を詰めて行く度に殺気の濃度が上がり空気が重苦しくなって来た。


 人込みを抜けると、車道の中央に巨漢が立ち尽くしている。縦にも横にも大きく、それが件の怪物であることは間違い無い。


 その足元で尻餅をついて、今にも殺されそうになっているカケルの姿があった。


 あれだけあった質量が、怪物の周辺だけポッカリと空いてしまっている。


 歯を食い縛り、爆心地にも似た空枠に向かって走る。


「どけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 声が枯れる程に叫び、怪物がそれに反応し振り向き掛けた顔面に全力で拳を打ち込む。


 鈍く重い感触。


 確かな手応えの後、怪物は数十メートル先まで吹っ飛んでいった。


「ゆ、夢瑠?」


 いつも通りとは違う展開を目の当たりにし、突如現れた異分子を見上げながら身体を震わせている。


「如何にも夢瑠よ。約束通り助けに来たわ」


「まさか本当に来てくれるとはな」


「なに?まだ信じてなかったの?」


「あ、いやそういう訳でもないんだが。にしても、アイツを吹っ飛ばすだなんて凄いな」


「ま、私の手に掛かればこんなもんよ」


 賞賛を受けて素直に胸を張っておく。


「俺が両手で持っても引き摺るのが精一杯だったアタッシュケースを片手で軽々持っていただけあって、並外れた力なんだが本当にお前何者なんだ?」


「魔王だってば。元、だけど」


 落ち着きを取り戻したか、カケルは付着した砂利を払いながら立ち上がる。


「助かったぜ。これで–––––––––」


「どうかな。この程度で終わる訳はないよ」


 安心し掛けていたカケルの肩に手を置いて前に出る。


 見詰める先は仰向けに倒れている怪物。


 ニヤリと口元を歪めたように見える。


 直後飛び上がると目と歯を剥いてこちらを睨み付ける。


 突き刺さるような視線に、カケルの顔色が一気に青褪めてしまう。


「さて、第二ラウンドね」


 不意打ちに全力の一撃を見舞ってやったが、さぁダメージの程は如何に。


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