45話 屍の龍の脅威
歩けども歩けども辺りに生気は感じられない。
トンネルを抜ける列車のように、とある境界を越えて気候や空気が一変するなんてことも無く、ひたすらに変わり映えのしない道無き道を進み続ける。
不浄の龍。
それは魔獣の上位種である龍が朽ちた存在であり屍龍と呼ばれる個体。
龍自体を滅多にお目に掛かることが無いというのに、まさかこんななにも無いところに現れるとは……。
どこまで本気なのか、これについてはケイ自身もかなり驚いているようだった。
「引き受けたは良いけどね」
今まで相対したことが無いだけに、どれ程の力を持っているかは未知数だ。
朽ちた存在であるだけに大したことは無い。
ケイはあっけらかんとそう言い放っている。
確かにいつだったか戦った赤龍とは比べものにならないことだろう。なにせ赤龍は龍種の中でも最強クラスに位置するのだから。
時折ナマズに似たマッドディグが襲って来るくらいで、とても屍龍がいるようには思えない。
煙に巻かれたか。
足元は酷く不安定で気を抜けばすぐさま視界が反転してしまうことだろう。
朽ちた木々はただそこにいるだけで行く手を阻む。泥濘に合わせて足取りは重く、徐々に苛立ちが募ろうという頃ふいに広場のような空間に出た。
そしてそこには待ち構えたかのように屍龍が私を睨み付けていた。
「ケイの間違いであることを密かに願っていたけど、まさか本当にいるとはね」
屍龍の身体はドロドロと半固形状態となっており、現在進行形でそれは地面に滑り落ちてしまっている。
おかげで所々白骨が剥き出しになっており、見るも無残な姿を晒している。
未だ肉が付いているように見えるのは、龍が持っている再生能力によるものだろう。
「まるで生殺しね」
なまじ再生能力が優れているせいで腐敗が中々進まない。
屍龍が低く唸る。
たったそれだけで強烈とも言える圧力を感じ、それに押し潰されてしまいそうになる。
「腐っても龍ってことね」
ケイは大したこと無いだなんて言って、私もそれを真に受けて軽く捉えていたが大きな間違いだった。
あくまで通常の成龍と比較して、の話だ。
対象がとんでもない存在なのだから、多少グレードダウンしたところで強力であることに変わりは無い。
「さて仕事仕事、と」
正確では無いけど、ランク付けするならCといったところか。以前戦ったオーガよりも上であり、当然私よりかなり格上の相手になりそうだ。
爪による斬撃が飛ぶ。
柔らかい足元ではあるが、地面を深々と抉り先にある木々まで両断されている辺り威力は相当だ。
直撃は避けたいが、この泥濘は要注意だ。
足を滑らせればかなりマズい。
私の機動力が制限される中で、屍龍の方は勝手知ったると言うのか殆ど影響は受けていないようで辺りを自在に動こうとしている。
屍龍が大口を開けてその鋭い歯で獲物に噛み付かんとする。
それを辛うじて躱す。
だが刃先が肩の辺りを掠めたか痛みと共に軽い出血を伴うこととなった。
「難儀するわ」
腐ってもその攻撃力は健在か。
ダメージは殆ど無いが肩を回して動作確認をする。
「ッし、問題無し–––––ん?」
屍龍が苦しそうに呻き、その身をくの字に曲げたかと思うと口元から吐瀉物を撒き散らした。
その反動でまた拙く繋がっていた肉が崩れ落ちて、べちゃりと水分を含んだ音を立てる。
攻撃は主に爪による斬撃と強靭な顎と鋭い牙による噛み付きの二種。
どちらも強力で速度もあるが動作が大きく回避は出来る。
その間私が仕掛けた攻撃は皆無。
だが、
「そろそろ反撃しないとね」
漆黒の大槌「黒龍」
取り出したそれを軽快に回す。
かなり魔武器が軽く感じられる。大袈裟ではなくまるで羽毛のようで別の意味で持て余してしまいそうだ。
「さすがはケイの調律ってところね」
オーガ戦で使った時よりも遥かに軽く、黒龍の力というものをありありと感じられる。
自分の武器でありながらその化け物ぶりに身震いしてしまう。
屍龍が大口を開けて迫る。
その大口は獲物からの反撃なんて予想だにしていない間抜けなものに見えてならなかった。
さぁどうなるか。
柄をギュッと握り締めて、腰を捻って振り被ったそれをフルスイングする。
その一撃は容易く屍龍の牙、そして顎を砕きその身を吹き飛ばして木々に叩き付けることとなった。
「魔力回路を調律して貰うのは一体いつ振りだったか。まさかここまでの威力を発揮するとは……」
体格はかなり小さくなっていて三メートルくらいか。それでも相当の重量を持つ相手をああも簡単に吹っ飛ばすとは。
「–––––––––ッ!!」
童心に帰ったかのように目を輝かせていると、釘を刺すかのように肩に激痛が走った。
反動はあるようだ。
軽すぎるがあまり調子に乗り過ぎたのか、肩が外れ掛かっているのか。
「ま、これで倒せたら嬉しいんだけどそうはいかないよね」
思わぬ反撃に遭ったことで屍龍は分かりやすく怒っているようだ。
漂う赤いオーラ。
それは腐って、朽ち果てようとも龍としての矜持がそうさせるのか。
屍龍が大口を開けた。
「これは………」
単なる噛み付きでは無い。
口元に集まる強力な魔力。
それはまさに龍の必殺とも呼べる凶悪なスキル。
「龍の息吹」だった。




