39話 お互いの未来へ
サヤの店にてカケルと向かい合う。
頼んで届いたコーヒーをお互い口にしながら、話を進めていくのだが頻りにグラスを傾ける私と、テーブルの方をジッと見詰めているカケルと変わった構図が出来上がっている。
「あ、ここのお代は私が出すから」
「んーそうだな」
言うなれば奢りになるのだから、もう少し喜んで欲しいのだが反応は今ひとつだ。
店内にはいつも以上に客がおり、年齢層もかなり幅広いものとなっている。
学生と思しき姿もチラホラ見えることから、今日はテストの類でもあるのかと眉を顰める。
そんな学生である筈のカケルは、テーブルに置かれた五千円札を穴が開く程に見詰めている。
「そんなに見詰めても金額は変わらないよ」
「え、これもうちょい上乗せって出来ないのか?」
高校生であるカケルにとって五千円という金額は、いわば大金に相当すると思っていたがそうではないのか単に欲深いのか。
金額交渉については一切受け付けないということもなく、ある程度は余地を残すようにはしているのだが。
「うーん。今回は厳しいかな。正直その五千円でもかなり頑張った方なんだよね」
「そうなの?もしや鬼龍達をぶっ倒したアレも影響しているのか?」
「アレはサービスだから含まれてないよ。まずは今回の一件なんだけど、かなり経費が嵩んだのよ」
言いつつ手の平を向ける。
魔弾、魔道具、所要日数と該当項目を挙げながら指を折っていく。
「まぁ……確かにオーガ倒すのにボロボロになってたもんな。それも込みで考えればまだプラスになっているだけ良しとするしかないか」
未だ燻るものはありそうだが、とりあえず納得はしてくれたようだ。
カケルの言う通り、私が挙げた項目を額面で計算するのなら収支は赤字となっている。
だが、あの災厄の街には闇市場が存在している。
違法系が多いとはいえ、あれだけの品々が集まるのであれば将来的なものを考慮してかなりプラスに働くこととなった。
「あの街は、いやオーガはあの後どうなったんだろうな?」
「助けて貰っておいてこう言うのは憚られるけど、生存についてはかなり厳しいと思うわ」
カケルが飲み掛けていたコーヒーグラスを置く。
目を瞬かせ不思議そうにしている。
「マジ?」
克服したとは言え、カケルにとって未だオーガという殺人鬼の存在は圧倒的な強者であり恐怖の対象でしかない。
「あのオーガが……やられるとか。こう言っちゃ悪いんだけど、やっぱり夢瑠との戦闘が響いてってことになるのか?」
顎に手を当て考え、言葉を選びながらも動揺の色はまだ濃い。
「それもあるけど、万全の状態だったとしても結果は変わらないかな。それだけ元配下達が強く、オーガが弱いということね」
「ちょちょちょ、待ってくれ。オーガが弱いって?」
なんの忖度も無くただ頷く。
「まぁ今の私にとっては超強いよ。でも、全盛期の頃の目線で見るとランクとしては下位に相当するわ」
「ランク?」
裏世界では物事にS〜Gでランク付けがされている。
個人の強さ、仕事の難易度、希少価値と様々ではありGが最低でSが最高となっている。
「オーガ単体だけで見るならランクはDくらいかな」
「えー……あれでDかよ。体感的にはもっと上だと思ってたぜ」
「そしてあの元配下達の平均はBってところかな。数的不利もあったし、それを覆すのは難しいわね」
ボヤかしたような言い方をしてしまった。
それは最終的に助けて貰ったという事実がそうさせている。
有り体に言うのなら不可能だ。
「ちなみに今の私はE〜Fってところかな。全盛期は言うまでも無くSだけど」
自慢気に言って誇らし気に胸を張るのは良いが、ギャップが酷過ぎてしんどくなってしまった。
あの時、意図せずして呪いが緩んで魔王化を果たして、それでやっとAに届くかどうか。
反動も大きい。
だが、この先もメアが私の命を狙うのならなんとかしないと。
「夢瑠はこれからどうするんだ?」
「そうねこの町に仕事は無さそうだから、もう数日したら次に向かうことになるわね」
そうか、とカケルは伏し目がちになる。
出会いと第一印象は最悪だった。
だがこうして一緒に行動を共にしたことで惜別の想いくらいは生まれたか。
「…………ッ」
カケルが口元をギュッと結んでいる。
なにかを言おうか迷っているようだが、なんとなくその内容は分かる。
「カケルはカケルの道を進むことね。今度こそ曲がらないように」
そう言うと、目を見開いて椅子にもたれ掛かる。
このやり取りを最後にカケルとお別れになる。
それから話した内容は仕事とは関係の無い雑談になってしまった。下らない内容だったが、それを惜しむように一言一句大事にした。
私とカケルとは生きる軸が異なっている。
「次に会うことになるとしたら、カケルはもうお爺ちゃんになっているかもね」
揶揄ってやると、カケルが困ったように笑う。
ここに来て見せた年相応な笑顔だった。
先のことなんてどうなるか分からない。
今はただ、目の前の少年の未来が明るいものだということを祈るばかりだった。




