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3話 さぁ仕事の話をしよう

 軽快なBGMが店内で流れている。


 それに気分が乗せられているのか、店員達は来客に呼ばれる度にテーブル間の狭い道を軽やかに弾むような足取りで進んでいく。


「あ、夢瑠ちゃん!来てくれたんだね〜!」


「ちゃん付けは止めてってば。一応これも仕事であって、決してサボりとかじゃないんだからね」


 私を見掛けてメニュー表を置いたのはサヤだった。


 見た目の問題なのか、はたまた本人の性格がそうさせるのかサヤは何度言っても私のことをちゃん呼ばわりしている。


 今だって注意はしたものの、誤魔化すような苦笑いを浮かべるだけできっと真剣に捉えてはいないだろうな。


 もうちゃん付けされるような年齢では無いんだけどなぁ。


 そんなサヤが私とジッと目を合わせた後、顔はそのまま視線を横滑りさせる。


 その先には件の少年が不機嫌そうに座っている。


「もしや……?」


 サヤが神妙な面持ちで小指一本を立てて見せる。それが意味することは分かっているつもりだ。


「違う」


 痛くもない腹を探られるのは面白くない。故に感情込めず、抑揚の無い声で回答するとサヤはなにやらニマニマしている。


「んじゃ、注文が決まったら呼んでね〜」


 あの感じじゃ絶対に分かっていないだろうな。


「おい」


「ん?」


「なんだよここは?」


 今の不良店員然り、コイツはコイツで押し黙っていたくせにようやく発した一言をこうも尖らせる必要があるだろうか。


「ここ、私のお気に入りなんだ。ちょっと店員はアレだけどね」


 カフェの内装は大都会でお金を掛け、凄腕のデザイナーや建築士の知恵や技術をふんだんに凝縮させたような近代的なものではない。


 小綺麗というよりは、雰囲気を醸す為に敢えて汚れの類を表現しているような感じだ。


「そうじゃねえよ。俺をここまで連れて来てどういうつもりだってことだ」


「ん、ちょっと気になることがあってね。少しだけお話を聞かせて貰うかなと思ってさ」


「話、だぁ?」


 少年は苛立ちを隠さない。


「そ、仕事の話よ。少年にとっても悪い話じゃないと思うわ」


 手を上げ、近くにいる店員を呼んでアイスコーヒーを二つ頼んでおく。私が飲みたいというのもあるが、店内で一番安いメニューがそれであるのが選択理由だ。


「仕事……いや待てよ。そういやさっきから思ってたけどお前一体いくつなんだよ?もう仕事とかしてんのか?」


「失礼な。こう見えて私は少年よりずーっと歳上よ」


「嘘だろ。その見た目で……じゃあいくつくらいなんだよ?」


「少年の十倍以上はあるかなっと」


 とりあえず正直に答えてやるが、少年は溜息を吐いて少し思案するような素振り見せた後にゆっくりと被りを振る。


「そういうお年頃なんだな」


「………………」


 完全に馬鹿にしている顔だ。


 早々に注文していたコーヒーが届いて各々それを口から喉元へと流し込んでいく。


 お互い暑さに負けて消耗していただけに、一口目の後の反応はなんの思惑も無い純粋なものとなった。


「い、言っておくが、聞かれたことに対して素直に話すとは限らないからな」


「はいはい分かってるよ。じゃあ早速聞きたいんだけどさ、最近なにか変わった夢を見ていない?」


 投げ掛けられた質問内容が死角の外にあるようなものだったせいで、少年の表情は固まってしまった。


 そしてもう一つは私の言葉が的を射ていたからだろう。


「なんでそれが分かるんだ?」


 少年の目元に浮かんでいる汚れた油のような黒。


 それを理由にするには説得力としては弱い。


「私には人が見る悪夢を見つける能力があるのよ」


 私の言葉に対して少年は飲まれているようだ。であるならば、変わっただなんて曖昧な表現ではなくハッキリ悪夢と言ってしまう。


「で、ここからが仕事の話。少年の抱える闇を解決する、その上で見ている悪夢を買い取らせて欲しいんだ」


「んん?いや、全然分からん。夢をって、一体どういうことだ?」


「そのまんまの意味よ」


「えぇ……」


 少年は露骨に戸惑いを見せる。


 腕組みをして天井を仰いで一応考えてくれているが、頓知を利かせているでもなく紛れも無い事実の話をしているだけに、どれだけ時間を費やそうともその思考は答えには辿り着けない。


「まぁそうなるわね。とりあえずそれを今から証明するわ」


 足元に置いてあるアタッシュケースを開けて、中にある小さな麻袋を取り出して見せる。


 縛った紐を緩め、中にある物を適当に手に取る。


「それはビー玉か?」


「似てるけどね」


 澄んだ青色をした綺麗な球体だ。


 少年が言う通り、パッと見た目はビー玉そのものではあるが当たる光の角度を変えてやると虹のように色を変える。


「手、出して」


「え、いやなんでだよ?なにをする気なんだ?」


 少年は露骨なまでに警戒心を見せ、矢鱈と早口に要求に対して疑問を投げる。反応自体は予想出来ていたが、何故か顔が赤らんでいる。


 店内は冷蔵設備が働いており、結構涼しいのだが。


「良いから良いから」


 押し問答をするつもりも交渉やお願いをするつもりは毛頭無い。


 不意打ちで手首を掴んで無理矢理球体を掴ませる。


「だだだ、だからコレって–––––」


「大丈夫だから。汗大丈夫?とりあえず落ち着いて、それを握り締めて目を閉じてみて」


 掴んだ手首。


 指先から伝う不自然な程に早まっている脈拍。


「不整脈とか?」


「うるせえよ。集中するから黙ってろ」


 少年がギュッと涙を絞り出すかのように目を閉じる。少し緊張しているのか鼻息が荒くなっている。


 数秒後。


 大事な関節が抜け落ちてしまったかのようにガタッと崩れ落ちそうになり、目尻が千切れんばかりの勢いで目を開ける。


「なんだ今のは!」


「当ててあげるわ。少年は今階段から落ちる夢を見た」


 犯人はお前だ、という感じにビシッと言い切ると少年は驚いて仰け反る。目を瞬かせながら、呆然としているのを見てニヤリを笑みを浮かべる。


「コレで信じて貰えた?」


「信じるしか……ないだろ。まさかこんなことが出来るなんて、お前一体何者だ?」


「元、魔王よ」


「魔王ってまたそんなこと……いや、もう訳が分からな過ぎて否定すら出来ねえよ」


 少年はすっかり憔悴し切っている。


 脳内回路がショートする寸前といったところか、頭を抱えて俯いてしまった。


 ここから先は実に簡単なものだった。


 少年の理解が追い付いていない内に交渉を成立させ、私の次の仕事が決まった。


「よろしくねカケル」


 それがこの少年の名だった。


 早速今夜からということになるのだが、先程から気になっているのは纏わり付くような視線だ。


 出来るだけ穏便に過ごしたいものだが、さてどうなるか。


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