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37話 守護神としての矜持

 思わず息を飲む。


 黒い靄でしかなかった存在がかつての配下達の姿となって現れた。どれも私と長い時間を共にして来た者達ばかりだ。


「お前達………」


 かつてを懐古してしまった。


 未練がは残されていないと思い込んでいたが、心の片隅にあった僅かなそれを引き出されたような感覚に陥る。


 だが、数十年ぶりの再会を祝している場合では無さそうだ。


 向けられるのは強い敵意。


「今の気分はどうかな?」


「そうだね。もうこれ以上無いくらい最悪だ」


 彼等が私のことを憎んでいることは知っている。


 だからこそ王座を追われてしまった。


 だが、こうしていざ相対して憎しみの感情をぶつけられると精神への負荷がかなり大きい。


「あれからもう随分と経っているのに、私は未だ憎まれているんだな」


 メアが浮かべていた表情は無と化している。


「ここに来てまだ理解し切れていないのね」


 呆れるように紡いだ言葉を唾棄して私の足元に投げたのは一本の短刀だった。それを拾って矯めつ眇めつ眺めてみるが、なんの変哲も無い低ランクの魔武器にしか見えない。


「これは?」


「これからの新しい時代に、古い支配者は不要なのよ。私達に隷属するというのならまだしも、なにも考えずにブラブラと世界を回られては迷惑なのよ」


「なるほど、これで自害しろってことね」


 私は不要な存在、か。


 言ってくれる。


 渡されたのはなまくら刀ではあるが、今の弱体化した私なら刃を通すことが出来るだろう。


 だが–––––––––––––––––


「夢瑠、メアの言うことに耳を傾けなくて良い。そんなもん捨ててしまえ」


「バク、余計なことは言わないで。大体バクはコイツのこと、なんとも思わないの?過去の行いからして恨みを持っていない訳がないと思うんだけど」


「さぁてね。私は商人だからね。過去がどうこうより、今と未来で金の生る木となってくれるか。それしか興味無いわ」


 バクが事も無げに答えるとメアが露骨に不快そうに舌打ちをする。


「夢瑠。さぁどうするの?罪を償うのならやるべきことは分かっているわよね?」


「罪……」


 私がかつて自身の為、皆の為であると勝手な大義名分の元に大量の虐殺を行ってきた。


 どれだけ懇願しようと容赦無く潰した。


 涙して命乞いをしようと躊躇い無く狩り続けた。


 これはその報いだ。


 私を必要としている存在なんているのか。


 数十年経った今でも、私を見て恐怖する者もいるくらいだ。


 いっそのことここで楽になるのも一つなのか。


 その考えに辿り着いた時、まるで次なる行動へブレーキを掛けるかのように思い浮かぶ映像。


 かつて一緒に旅をし、最期まで味方でいてくれた存在。


「死ねない」


「誰も味方なんていないわよ。お前がしたことは決して消えやしない。世界がお前の敵となるわ。それで良いの?」


「知ったことじゃないわ。消えやしないからこそ、私はその罪と向き合う道を選ぶわ」


 世界が敵になる。


 それは決して大袈裟なことではない。


 きっと私は今後憎まれながら生きていくしかないし、その覚悟はとっくに出来ていた筈だ。


「そう。だったらここで死ね」


 メアの背後に控える者達が前傾となり動き出す。


「かつての配下達に殺されるのなら本望でしょ?」


 悔しいが一理あると思ってしまった。


 だが、まだ死ねない。


「バク、カケルを連れて逃げて」


「分かった。夢瑠もすぐに逃げてよ!」


 手を上げて了解の意を示すが、果たして向こうがそれを許してくれるか。


 鍵を渡し、直後に気配が薄らいでいくのを感じながら前方に意識を集中させる。壁となることで二人は脱出を図れたし、メア自身も興味が無かったのだろう。だが、私がそうしようとするのなら全力で妨害に出る。


 ほんの数秒で脱出は出来るが、その猶予は与えられない。


 であれば、向こうに隙を作らせるしかないのだがそれが至難の業だ。


 もう私に力は残されておらず魔弾一発撃つことすら叶わない。


「ここまでかな……」


 将棋で言う完全に詰まされている状態だ。


 攻め込む敵ばかりが増え、自身を守る駒がいないのでは策なんて打ちようがない。


「ここは俺が食い止めてやる」


「は?」


 いきなりそう言って前に立つのはオーガだった。


「いや待て。そんなことをしたら確実に死ぬわ。カエデのことはどうするの?」


「さぁ。どの道一緒にはいられないだろ。所詮俺は朽ちた殺人鬼に過ぎないのだから」


 目だけ動かしてカエデを見れば諦めて力無く項垂れてしまっている。


 この先になにが待っているかもはや分かり切っている。


 ただ、ここで犠牲を出してでも縋りたい命が私にはある。


「なにか出来ると思っているの?」


 向こうの誰かがそう言っているのが聞こえる。


「どうだろうな。腐ってもこの街の守護神だったんだ。あんまり舐めない方が良いぜ」


 オーガの咆哮を合図に、私は鍵を以って裏世界から脱出する。


 最後に見たオーガの背中はこれまでにないくらい力強さが感じられた。だが、前方から押し寄せる圧倒的な戦力差。


 せめて目を逸らさないまま世界を後にする。


 今の私には精々これくらいのことしか出来ない。


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