36話 悪夢が呼び出したるは……
ようやく決着が付いたことに安堵し、糸が切れたように座り込む。
真っ平らになっている場所が無く、臀部に伝わる鈍い感触がかなり気になってしまう。
僅かな首の動きだけで辺りを見回すと、所々隆起したり陥没したりとそれだけで戦闘の激しさを物語っている。
「よ、お疲れ様」
バクが労いながら差し出したのは怪しげな液体が入っているガラス瓶だった。内容物が揺らぐ様を見て思ったのはなにやらドロドロしているということだ。
「なにこれ?紫……いや黒か。随分とおどろおどろしい色合いをしているけど毒とか?」
「ま、そんな感じかな。でも今の夢瑠にはかなり効果があると思うから騙されたと思って飲んでよ」
「騙されたって……」
今はともかくとして、過去の素行を考えると毒を飲ませてでも私を殺したいと願う存在は大勢いる。
まさかバクも含まれているとは考えたくはないが。
眉間に皺を寄せながらそれを受け取って一気に飲み干す。
不思議と味は悪くないが、見た目からの抵抗感があって喉を通すには難儀してしまった。
「どう?」
「悪くないわ。いや、どころかかなり急回復したかも」
「ふむふむ、とりあえず成功ってことで。商会で作った超回復薬よ」
その名の通り使用者の体力を全快させるレベルに効力を発揮するのだが、それが災いして過剰反応による副作用も発生することもあるらしい。
「夢瑠が今なんとも無いのはそれだけ消耗していたってことね」
「そうね。もうボロッボロよ」
魔武器をふんだんに使用し、挙句魔王化で全盛期の力を使う羽目になってしまった。
「だけど、終わってみれば圧勝だったな」
カケルが嘆息している。
かなり疲弊しているようだが、今まで自身を存分に苦しめて来た難敵を圧倒していくというのはかなり痛快だったようで、その目は子供のようにキラキラとしている。
「まぁ、私がちょっと本気出せばこんなもんよ」
「よく言うなぁ。でも、そう大手を振って喜んではいられないかもね」
カケルがキョトンとしている中で、私は視線を倒れているオーガに向ける。
そこには最初私達を助けた謎のカフェの主であるカエデが寄り添っていた。
その表情から今抱いている感情は容易に想像が出来る。
「最後辺りに見せた姿こそが、真のオーガだったってことね。アイツもまた自身に巣食う感情に飲まれていたのよ。そしてそれをメアに付け込まれた」
倒れていたオーガがゆっくりと起き上がる。
カエデが制止するのを無視してやっとやっとで立ち上がる。甚大なダメージを受けているだけに、身体はまるで言うことを利かず風が吹けば倒れそうな拙い足取りでこちらにやって来る。
「お、おいまだ戦おうってのかよ」
「いや、もう向こうにその気は無いみたいよ」
「これを渡すのを忘れていた」
オーガが手を開いて見せたのは、ずっと探していた鍵だった。
「良いの?これがあれば少なからず力を得ることが出来るのに」
「今の俺には無用な代物だ。もうこんな悪しき物には頼らないさ」
オーガから受け取ったそれはメアによって真っ黒に染まっている。だが、その手を離れ暫くすると徐々に浄化され、元の色を取り戻していく。
「これからどうするの?」
「………………」
「それはまたこの街の守護神に……」
オーガが言葉に詰まっていると、傍にいたカエデが代弁するかのように口を出すがそれについては賛同してやることが出来ない。
カエデのそれは単なる希望に過ぎない。
「実際は難しいね。今までの功績と事の背景からして情状酌量の余地があるとも取れるし、問答無用で処断ということは無い……かもしれないけどそれでも街の住人を殺めたという事実は変わらない。さっぱり水に流して元通り、という訳にはいかないでしょ」
それにメアの影響とは別に、既に巣食ってしまっている憎悪と殺意の衝動はどこかで暴走するだろう。
今のはあくまで私の考えであり、一意見でしか無いがカエデにとっては不満が募り反論をしようとしたところでオーガが制する。
「俺もお前に同感だ。元通りにということは有り得ないし、俺自身も望んでいない。だから、少しの間旅にでも出ようかと思う。そうして見聞を広めることで、俺自身の衝動と折り合いを付けることが出来れば」
そうやって今後について前向きな話をしていると、近くで私達とは別の気配が現れたことに気付く。
「すっかり忘れていたわ」
そこにいたのは憎々しげに私とオーガを睨むメアの姿があった。
「全く、本当に役に立たないわね。オーガに力を貸してやったというのに無様にやられるなんて」
「所詮メアの力なんてそんなもんってことよ」
「言ってくれるわ」
解せないことがある。
鍵を持っていないメアがなんで今になって姿を現したのか。
私とオーガの戦闘についてはどこかで目にしていた筈。
「で、なにしに来た?まさかお前如きが私と一戦交えようって訳じゃないよね?」
メアの力は直接戦うものではない。
単純な戦闘力で言えば、今の私はおろかカケルに勝つことさえ難しいレベルだ。
「まさか……」
メアの背後に突如黒い靄が勢い良く湧き上がり、それは徐々に人型へと変わっていく。
そして薄っすら笑みを浮かべて告げる。
「出て来い」




