35話 諦めない者。それを圧倒するということ
二つの異なる打撃音が響き渡る。
私とオーガの命のやり取りは依然として続いている。オーガの顔付きは変わり、己が存在を思い出したかのように晴れ晴れとしているが、それでも今になって出力が上がるということもなく、すっかり軽くなってしまった拳を振るい続けている。
「負けられねえんだよ……」
人々に対する憎しみによる殺人衝動を持っているかと思えば、今のように守護神としての矜持も忘れていない。
「全く、訳が分からない男ね」
その瞳には強い輝きが灯されている。
肉は裂け、骨は折れて砕けて今も血液を足元に垂れ流す。蓄積したダメージは回復の目処が立たず、まともに動くことさえままならない癖にまだ戦意は失われていないようだ。
だが、悲しいかな。
もうこの流れは決して変わらない。
カエデのこともある。
出来ることならば殺してしまわないようにしたいところだが、僅かな油断が死を招きかねない。
「オォォォォォォォォォォォッ!!!!」
決死の攻撃が迫る。
柄でそれらを捌く。
気付けば回避より、しっかり受け止める方の比率が上昇している。オーガが示しているのは空元気に過ぎず、漫画のような逆転劇が発生するようなことはほぼ無い。
「ハァッ!!」
黒龍一閃。
確かな手応えと共にオーガがバケツ一杯程の吐血をし、倒れそうになるところを踏み止まる。
「ったく、俄かには信じ難いわね」
「ま、まだまだぁ」
ヨレヨレなクセに一丁前の闘志を見せられ、気付けば一、二歩と後退してしまっていた。
なにを馬鹿なことを–––––––––。
被りを振って過ぎった考えを追っ払う。
息を吐いて手の甲で頬を擦ってギョッとした。これだけ動いているにも関わらず、一滴も汗が流れていなかった。
背中が冷たい。
「参ったわね」
白状する。
私は今死に体同然の男に得体の知れない恐怖心を抱いている。どれだけのダメージを受けても、決して折れず立ち向かおうとする者の恐ろしさはよぉく分かっているつもりだ。
オーガが駆ける。
足をもつれさせながらも必死に掛けて振り上げた拳を思い切り打ち下ろす。全体重が乗った捨身とも取れる一撃は、中々には強烈ではあるが動作が大きく当たることはない。
受けた手が痺れ、指が緩み掛けるのを堪えて柄を握り直す。
「グゥッ!」
「自身の空振りでよろめいてちゃ世話ないわねッとぉ!!」
返す一撃では倒せないことは分かっている。
であれば、幾重にも攻撃を重ねて強引に意識を絶つしかない。
横、縦、斜めと角度を変えながら仕掛ける攻撃は問題無く通るが、私自身の踏み込みが浅くなっているせいで威力は数割減となっている。
「俺は、負けないッ!!」
空気が震えている。
「まだ、これだけの力が………」
私の優勢は揺るがないと思っていたが、ここに来て気圧されてしまいほんの一瞬集中が切れてしまった。
だが、その集中が切れたことで傍で戦況を見詰めている存在を思い出す。
「カエデ……そういうことか」
手を組み必死になにかを願う姿。言葉にしなくとも、願う内容が手に取るように分かるようだった。
オーガが懸命に捨て身の一撃を繰り返す。
思い切り振り被って過剰な程の大振りで、当てる気概云々の前に自暴自棄になっているのではないかと思える。
だがこの耳元に届く真空を切り裂く音。
「怖気が走るわね」
避ける動作が大きくなってしまっている。
これでは反撃に転じることが難しくなる。
だったらといっそその間合いを保持し、私も渾身の一撃を放つ様子を伺う。今は大きくも嵐のような連撃が飛び、カウンターを狙うにはリスクがある。
「……………ッ」
オーガの体力が底を尽き、激しく息を切らし身体を震わせて力無く項垂れてしまった。
「いよいよ限界ね。悪いけど、これで決めさせてもらうわ!」
落ちて無防備となった後頭部に、最高火力の一撃を見舞う。
「オーガさん!!!」
カエデが叫ぶ。
その想いの丈の叫びに呼応したか、オーガが打ち下ろした黒龍を受け止めた。
「ようやく捕まえたぜ」
顔を上げたオーガが笑みを浮かべる。
振り払おうともどこにそんな力があったのか、オーガは黒龍を掴んで離そうとしない。
「俺の勝ちだ!」
私の頭蓋を砕かんとするオーガの一撃が迫る。
ずっとこのタイミングを狙っていたのか。
その為にわざと大振りを繰り返して、私の渾身の一撃が繰り出されるのを待っていたのか。
つくづく思う。
何度打ちのめされても立ち上がってくる存在は怖いと。
だが––––––––––––………………。
「………え?」
向けられた銃口。
全く予想だにしていなかったという反応が見て取れる。
「惜しかった。本ッ当に惜しかったんだ。だけどあと一歩届かなかったね」
魔武器銀獅子。
そこから放たれる爆炎弾は、今度こそオーガの意識を刈り取るには十分だった。
諦めない者は強く、いつだって脅威であり軽んじたことは無い。それはかつて戦った者やオーガにも該当することだった。
だが、私はそんな相手を圧倒して捩じ伏せて来た。
カエデの願いがエネルギーに転じたのだろう。
「微力じゃ、私には届かないよ」




