34話 恐怖を克服する
つい先程まで恐怖で逃げようとしていた男とはまるで別人だ。
体格、顔付きから始まり目に見えない纏う雰囲気でさえも段違いとなっている。なんだったら狂気に溺れていた時よりも数段強くなっている気さえする。
「さぁ殺し合おうか」
「そうね。良い加減しつこいし、ここらで幕引きといこう」
私が手に取るのは銀獅子ではなく、漆黒の大槌「黒龍」を選択する。威力は勿論折り紙付きではあるが、銀獅子以上に燃費が悪く使い続ければ先の二の舞になりかねない。
「なんだよそりゃ。まだそんな隠し玉があったとはな」
「嬉しそうね」
「まぁな。どうせ戦るのなら、全力の相手を捩じ伏せる方が楽しいだろ。なんなら、俺がその武器を扱いたいくらいだ」
「残念ながらお前の希望には応えられないわ。これは魔王だけが使いこなすことが出来る魔武器だからね。お前が持ったところで扱うことは出来ないわ」
能書きはここまでにしておこう。
オーガが迫る。
浮かべて見せる表情は、先のそれとは比べ物にならないくらいに狂っている。もしやメアは有り余る狂気を抑え込む為に、敢えてそれに飲み込ませていたのかもしれない。
私の首を捻じ切らんと歪んだ笑みを浮かべて手を伸ばす。
だが、
「––––––––––––––ッ!!」
音速を超える、私の一撃の方が遥かに早く届くと強烈な手応えと共にオーガを吹っ飛ばす。
コンクリートの摩擦でも勢いは止まらず建物に叩き付けられると、衝突箇所がガラガラと崩落してしまう。
本来だったらまず無事では済まない筈だが、まぁ立ってくるわな。
「カケル!」
「うぉッ!!な、なんだぁ?」
私自身突然の魔王化と、戦闘に酔っていたこともあってかなり忘れかけていたことがあった。
それはバクとカケルも同様で、名を呼んだだけでしどろもどろになっているのが目に見えているようだ。
「私を信じて!!」
それはここに来た当初の言葉だった。
「おぉ、そんなこともう言われなくても分かってる。俺は、夢瑠を信じてる!」
力が漲って来ているようだ。
穴の空いた容器から徐々に水が漏れていくように、ゆっくりと虚脱感が迫っていたのが堰き止められ、またそれが溜まっていく感覚がある。
「最期の挨拶は終わったか?」
立ち上る白煙から出て来たのはオーガだ。
流石に無傷とはいかないが、それでもまだかなり余力を残しているようだ。
二度目の命のやり取りが始まる。
オーガは殴殺せんと固めた拳で、対して私は黒龍を以って重量級の一撃を放つ。手数はオーガ、威力は私に分があるのだが形勢は早々に傾いていく。
迫る岩石のような拳を躱し、防御しながら反撃に転じる。
「な、なんでだよ!!」
オーガが歯を食い縛り、目を剥いて苛立ちを露わにし始める。
私自身の魔王化の余韻がまだ残っていることもあるが、かなり目が慣れてしまったというのが大きい。
黒龍の試運転が終わり、徐々に繰り出す回転率が上がっていくと手数すらも勝り始めてオーガの攻撃が入る余地が無くなってしまう。
「ッアァァァァァ!い、痛えぇぇ………」
「そりゃ黒龍の一撃を受け続けているんだから当然よ。なにせ防御ごと破壊する力があるからね」
私の攻撃が全弾直撃しているということはない。
確率で言うのならそう高くはないが、打撃を与える口の面積が大きいことで回避は難しく防御を余儀無くさせる。
オーガの腕が赤紫に腫れ上がり、だらしなくもぶら下がり関節で繋がっているだけの状態になる。
「調子に乗るなよ。まだなにも終わってはいない。この腕だってすぐに回復して………え?」
オーガはこれまでは街の人々が発する恐怖を主なエネルギー源としていた。
故に幾らダメージを受けても、メアの助力はあれど瀕死の状態からも完全復活を遂げることが出来ていた。
だが、今はもうその後ろ盾は無い。
「もうエネルギーが枯渇しているのよ」
「そんな馬鹿な。街の住民こそいないが、そこに権限者がいるじゃないか」
「カケルはもう恐怖を克服したわ」
これで私が劣勢であるのならそうはいかなかった。
私がオーガを追い詰めたことで、カケルは希望を見出してくれた。
「大した強さだけど、供給源が断たれればこんなものか。所詮はただの殺人鬼に過ぎない存在が、元とは言え魔王たる存在に勝てる道理は無い」
小雨と化していた雨が止むと、空を覆っていた埃のような雲が散り散りとなって大きな晴れ間を見せることになる。
幕引きは近い。
これでもかという実力差を示し、劣勢を跳ね除ける為の供給源すら失いここから先は弱っていくばかりとなる。
オーガ自身、行き着く先は見えていることだろう。
それでもなお、オーガの闘志は揺るがない。
「悪いがまだ折れることは出来なさそうだ」
また顔付きが変わった。
開き直りや、諦観がそうさせるのか最後の最後に見せた表情はまさに守護神に相応しい勇ましいものだった。
そうしたところで現実は変わらない。
精々、いつの間にやら傍で見守る存在に格好を付けたくなったか。
自嘲気味に笑って、また大槌を振るう。




