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33話 絶望を越えて青年は覚醒する

 オーガが纏わり付く恐怖を振り払おうとするかのように、懸命に腕を振り回す。私はそれを欠伸でもしながら軽く捌き続ける。


 一撃に力を込めたところで栓無きことであると理解してか、手数に重きを置く辺り獣のような気性であっても知性はあることが分かる。


「ほらどうしたどうした。もっと頑張ってくれないと殺せないよ?」


「ガアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 戦意はまだ衰えてはいない。


 だが、悲しいことに疲労の色が滲み始めている。


 敵を屠らんと全力で攻撃し続けているのだから、息も切れ始めているし動きも鈍くなっている。


「アァ?」


 顔面に軽い衝撃を受ける。


 もはや避ける動作すら面倒に思えた。


 だからこそ敢えて喰らってやったというのに、碌にダメージを受けやしない有様だ。


「……………ッ」


 オーガの動きが止まる。


 肺が破裂するかと思えるくらいに懸命に拳を振るい続けても悉く躱され、ようやく直撃したかと思えば無傷で済んでしまうのだ。


 絶望感を与えるには十二分に過ぎる。


 短く息を吐いて拳を振り上げると、オーガの腹部は波打つように変形し血反吐を道路に撒き散らす。


 落ちて来た後頭部に拳骨を落とすとそのまま顔面が叩き付けられる。


「ヴァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


「おぉ?まだ元気あるのね」


 咆哮と共に即座に立ち上がるオーガの鎖骨を掴むと指先に軋む感触が伝う。間違えて折ってしまわないように、微妙に加減をしながらそのまま腕を振るとまた地面を転げ回ることになる。


「ガガガ……」


 衝撃と痛みで四つん這いとなり、立ち上がろうとする前に迫る。


「–––––––––––––––––––––ッ」


 オーガの無防備な顔面に前蹴りをお見舞いすると頭蓋が歪み、血飛沫が上がる。


「ア、アァァァァァァ………」


 今度は首根っこを掴んで持ち上げる。


 オーガは締まる気道により苦しそうに呻き、その手を振り払おうと手だけでなく全身をバタつかせて抵抗するがビクともしない。


 このままへし折ってしまっても良いが。


「ホラよッと!」


 その選択は取らずまた顔面をコンクリートに叩き付ける。


「随分とボロボロになったわね」


「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……………」


 メアから受けた鍵の影響か。


 ひしゃげた頭蓋が元通りになり、傷はみるみる塞がり出血もピタリと止まってしまった。


 身体は元気なのはなによりだが、精神の方はさてどうか。


 そこからは私の想像通りの展開となった。


 オーガが怯えて繰り出す攻撃を躱し、気まぐれで当たってやってもダメージは無い。


 反して私の攻撃は悉くが致命傷に届き、瀕死に追い込まれては回復しまた死に近付くの繰り返し。


 折れた関節が回復したところで、オーガは踵を返して逃亡を図ろうとするが手首を掴んで阻止する。


「逃げんじゃねえ」


 恐怖に溺れ、すっかり戦意を失ってしまったオーガを殴りまくる。一撃毎に鈍い感触が伝い、夥しい血飛沫が舞い上がる。


「ガァァァァッ!!」


 オーガの顔面から流れる透明な液体は汗なのか、はたまた涙になるのか。


 大口を開けて私の首筋にその鋭い歯を立てると、また大量の血液が足元を流れることとなる。


「ア、アァァァァァ………」


 当然私の薄皮さえ傷付けることは出来ない。


 流れ落ちる血液はオーガのもので、突き立てた歯は軒並みへし折れて転がる。


 怯んだところで、顎を跳ね上げてやると仰向けに倒れて後頭部を強打する。そして鳩尾を思い切り踏み付けて内臓を圧迫する。


 ミシミシと音を立てて苦しむオーガの姿を見て思わず笑みを零してしまう。


 この構図を見てもはやどちらが悪なのか分からなくなる。


「哀れだね。もう怖くて戦いたくない。いっそ死んでしまいと思えるくらいの痛みを感じながらも、無理矢理に回復させられ幾度となく地獄を見せられるなんて」


「………………」


「本当にそれで良いの?」


「??????」


「また逃げるのか?」


 オーガはこの街の守護神として襲い来る災厄と戦って来た。


 寄せられる周囲の期待。


 頼んでもいないというのに……。


 徐々に湧き上がる憎しみと責任感との葛藤の中で、際限無く災厄と戦い続ける日々に嫌気が差して来た頃に悪魔の囁きがした。


 悪夢のメア。


 心身が摩耗し、限界を超えていた守護神は容易くその手を取ってしまった。


「戦えよ。お前が倒すべき災厄はここにいる」


 それが覚醒の切っ掛けになったのかは分からない。


 だが足を掴んだ手には確かな力が込められていた。


 オーガの全身からは真っ黒な靄が噴出し始める。


 手を振り払い一旦距離を取って様子を見るが、ゆっくりと立ち上がるオーガのサイズが少しずつ小さくなっていく。


 脂肪で膨らんでいた身体が締まり、現れたのは中肉中背の若い男でまるで別人だった。


 狂気と殺意に飲まれていた時とは別で知性のようなものさえ感じさせる。


 見た目、その辺りにいる好青年とも言えるが、やはりその眼差しには強い殺意が込められている。


「ありがとう。ようやく目が醒めたよ」


 オーガはまさに晴れ晴れとした様子で、つい今まで自身を痛め付けていた張本人に向かって礼を言う。


 漂うオーラは今までの比ではない。


 対して私の魔王化は解け始めている。


 残された時間は短い。


「最終ラウンドだな」


 オーガに刻まれたダメージも甚大だ。


 お互いにそれを自覚して最後の攻防に命を懸ける。


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