30話 崩壊が始まる
災厄の街香林には未だ大粒の雨が降り続けている。
ザーザーとテレビの砂嵐のような音で、周囲の気配が薄らいでいてもコイツの殺気は少しも紛れることはなかった。
「降り立った場所にいてくれるとはね。もしかしてずっと待ってくれてたとか?」
横にも縦にもデカい大男。
纏う雰囲気はやはり現実世界で会った鬼龍にかなり似ている。で、あればオーガの力の源に目星が付けられなくもない。
後方にバクに出来るだけカケルとその場を離れるように伝える。そしてカケルにもまた伝えたいことがある。
「カケル、私を信じて」
「––––––––––––」
か細くなった返事は雨音に掻き消されてしまい、耳元に届くことはなかったがそれを理解することは出来たつもりだ。
使い過ぎて傷んでいた拳が早速治癒されていることに気付く。
「さて、始めようか」
「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
オーガの咆哮は空気を波立たせる程に強烈で、周辺の雨が一瞬でも消し飛んだ気さえした。
銀獅子を手に持って銃口をオーガに向ける。
弾倉に込められているのはバクから受け取った水龍弾。これまで使ったことがない魔弾だが、さてどうなるかと好奇心を持ちながら引き金を引く。
出でたるはまさに龍の姿だった。
龍は一直線にオーガに向かって迫り、外れんばかりに大口を開けて標的を飲み込む。
この大雨の助力も受けて水龍はオーガに対して強力な圧を加えると、空に向けてうねりながら舞い上がる。
「ガ、ァ………………」
水龍が弾けて、残されたオーガは原型こそ留めているものの苦しそうに呻いてよろめいている。
さすがバクの特注。
その威力は折り紙付きだ。
ここで畳み掛けない手は、無い!
「次、行くわ」
次に向けるのは雷閃弾。
銃口を向けたことでオーガがあからさまに警戒心を示す。自由が利かなくなった状態であっても、放たれる魔弾を避けようとでもしているのか。
「無駄よ。だって、これは目に見えるものなんかじゃないから」
水龍弾に続く新弾。
私にとっても初見である筈なのに、これを装填する時点でその威力が伝わって来たくらいのレベル。
避けられるものなら、そうしてみろと引き金を引くとカメラのフラッシュでも焚いたかのように、一瞬辺りを照らしたかと思う間も無く高電圧の一本線はオーガを貫く。
「ァ–––––––––」
オーガが片膝を付いて足元の水溜まりが跳ねる。
行ける!
一気に駆け出し距離を詰める。
今の二発で水龍弾、雷閃弾は弾切れとなった。残る爆炎弾を全弾超至近距離で撃ち込む。
この雨とオーガの適応力を持ってしても一溜まりも無いことだろう。
「これで終わりよッ!!」
思いの丈叫んで引き金を引く。
これでオーガは絶命に至り、残るメアと対峙するだけとなる。
………筈だった。
唐突に襲う目眩や脱力感。
悪寒に伴って襲い来る全身への激痛が進撃を止めてしまう。
マズい。
あと一歩というところで身体がパンクし悲鳴を上げてしまった。今にも四肢がもげてしまいそうな程に痛むが、それを押して銃口を向ける。
馴染んでいる筈の魔武器が異常に重く感じる。
引き金が鋼のように硬く、どれだけ歯を食い縛ってもビクともしない。
「あーあ勿体無い。千載一遇のチャンスを逃したわね」
視界の隅に映るのは憎き相手だった。
「メ………ア……」
憎しみの感情を乗せてももはや話すことすらままならない。身体の崩壊は始まり、自力で止めることが出来ない。
パシャパシャと水が跳ねる音が近付いて来る。
「今の性能で使うには反動が大きすぎるのよ。新弾二発で追い込まれた時は焦ったけどね。それにしても元とはいえ、魔王だった女がこの有様とは」
メアがケラケラと笑いながら、指に掛けてクルクルと回しているのはまさに探していた鍵だった。
「あぁ、これが欲しくて堪らないようね。欲しければあげるわよ?ただし、オーガを倒すことが出来たらね」
その鍵にはメアによって黒い靄が掛かって見える。
それを適当に放り投げると、すぐに炭化してオーガの元へと吸収されてしまった。
「ヴヴ……」
オーガがあっという間にダメージを回復させてすんなりと立ち上がってしまう。
大雨は未だ降り続けている。
もはや身体は動かず聴覚は殆ど機能していないにも関わらず、それでも我が身を捉えて離さない鎖が擦れる音だけがやかましく聞こえている。
メアが笑い、オーガも笑う。
ここから先どうなるかは容易に想像が出来た。
オーガが動き出し、私の意識はブラックアウトした。




