28話 少年の命を脅かす者達
耳元で金属が擦れ合うような音が聞こえる。
周囲を見ずとも、それがどこから発せられているものかは分かっている。
足を止めてゆっくりと手首を見詰める。パッと見るだけではその目になにも写りはしないが、魔力を込めることで結果は変わる。
「……………」
それは鎖だ。
手首だけでなく、ほぼ全身にそれは絡み合って四肢を引き裂かんとしている。触れることは叶わず、自力でそれを外すことが出来ない。
表の現実世界に来てもそれは変わらず。
「慣れたもんだけどね」
一人ポツリと呟くと、前方に人だかりが出来ていることに気が付く。
もはや見慣れた光景となっているのだが、その渦中にいるのは誰なのかと覗き込めばやはりカケルが集団から暴行を受けていた。
引き攣った表情を浮かべ、どこか被害者面している野次馬の輪をこじ開けながら進んで割って入る。
「あ?」
先日顔を合わせた蛇塚、細野とその他に数人いるのだがその中で一際厳つい体格をした男が一人。
「誰だぁ?」
男がそう問うと、蛇塚が一瞬にして背筋を伸ばして声を張る。
「あ、アイツです!前に話したカケルに関わろうとしている女です!」
ほぉ、と男が眉間に皺を寄せながらこちらを睨む。
どうやらあの男が以前聞いた鬼龍であるようだ。こうやって騒ぎを起こしている辺り、町ではさぞ有名な人物であることだろう。
あの体格ならそうそう相対しようとする輩は現れないだろう。
私には関係の無いことだが。
「カケル、大丈夫?」
「馬鹿。こんなことしたら夢瑠にも……」
どれ程痛め付けられたのか、顔には複数の新しい傷や痣がある。裏世界での消耗度合いもあって、かなり弱ってしまっている。折角昨夜は魔道具で別の地に逃がして回復を図ったというのに、この馬鹿共のせいで台無しになってしまった。
「おい女。これは俺達の問題なんだよ。だから消えろ」
「消えるのはお前だよ」
私が言い返す。
ただそれだけで辺りが一層ザワつく。
ここで鬼龍という男に反抗をするということが、どれだけの意味を持つか、どんな意味を持つというのか。
「良い度胸だな。言っておくが、俺は相手が女だろうが容赦しねえぞ。その顔面が原型を留めなくなるくらいぶん殴ってやるよ」
鬼龍は目を剥いて、早速拳を向けるがそれよりも先に襟首を掴んで引っ張ってやった。
「–––––––––ッ」
紙切れかと思った。
それくらい鬼龍は容易く地面に不細工な顔面を叩き付けられることとなった。少し力を入れ過ぎたか、硬いアスファルトに小さなヒビ割れが発生してしまった。
「テンメェェェェェェェェッ!!ぶっ殺すッ!!!!」
それなりの衝撃を与えた筈だが、意外にも即座に立ち上がり憤怒の表情を見せている。
こめかみに浮かぶ血管はまるでミミズのように蠢いている。
「はいはい、分かった分かった。返り討ちにしてやるからサッサと来なよ」
ニヤニヤしながら手招きをしてやると、鬼龍の怒気は一層高まることになるのだが、ここで誰かが呼んだであろうパトカーのサイレンが遠くから聞こえ出す。
それは間違い無くここに向かってくることになる。
鬼龍は舌打ちをして踵を返す。
「逃げるの?」
「警察を相手にすると面倒なんでな。心配なんてしなくても、お前のことは俺がキッチリぶっ殺してやるよ」
「楽しみにしてるわ」
鬼龍を筆頭に他取り巻き達も矛を納め、撤収を始めている。怒号により野次馬達の輪をこじ開けて離れていくのを見て、私達もその場を離れることにする。
カケルが自力で立ち上がることさえ難しそうだと判断し、肩に担ぐとそのまま走り去る。
その機動力に驚く声もしたが、今は構っていられない。
「夢瑠。もう大丈夫……下ろしてくれ」
「あ、そう?」
手近な日陰内にゆっくりと下ろして、壁によし掛かるようにしてやるが依然として調子が悪そうだ。
息を切らし、苦しそうにしているのを見て気付いたのは顔に流れる汗が無いということだ。
唇は赤黒くなっており、その異変がありありと表に出てしまっている。
これは裏世界でオーガに殺されたことだけが起因している訳では無く、鬼龍達から受けた暴行も大きい。
「飲み物でも買って来るから待ってて」
そう言って自販機に向かう。
もうあまり時間が無い。




