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27話 過去が敵となる

 怖気が走り、急激に全身が冷えていく感覚に襲われる。


 流れる冷や汗は今にも凍り付きそうな程だ。


「そう構えなくてもまだオーガは顕現していないわ」


「…………」


 メアが言わなくてもそんなことは分かっている。


 目の前にいる巨大なシルエットには実体というものはなく、現実世界に於いて影響を与えることは出来ない。


 あくまで現段階で……。


 だが、今発せられている狂気や殺気の波動というものは紛れも無く本物だ。その辺りの通行人がそれを浴びせられれば、最悪それだけで心臓を止めかねない。


「なにが目的なの?」


「決まっているじゃない。コイツの現実世界に連れて来るのが目的よ。その為に迷い込んだ人間の魂を喰らわせてるのよ。ここまで実体が伴うようになったし、もしや今の標的でそれは達成されるかもね」


 悪夢のメア、コイツの目的は裏世界の力を以って現実世界を支配することにある。


「そんなことをすればどうなるか。裏世界側の存在が表側、現実世界に大きな影響を与えるのはご法度でしょ」


「それは歴代の魔王達が作って来た古いカビの生えたルールだし。そんなものはもう現代では撤廃すべきだわ」


 今どんな表情を浮かべているだろうか。


 現実世界への進出というのは、私が王位に就いている時でも幾度となく浮上した案になる。


 目的は力の誇示と、新たな敵を探す為にあった。


「懐かしいですね。私達強硬派と、夢瑠達の穏健派はしょっちゅうぶつかってましたから。まぁ、最終的に夢瑠を恐れた強硬派を筆頭に離れた訳ですが」


「なにを言っている?当時の魔王軍が瓦解したのはお前が原因だ」


「もしや、まだ心残りがあるの?」


「無い」


 食い気味に答えておく。


 嘘は吐いていないし、紛れも無い本心だ。


 メアが小馬鹿にしたように息を漏らす。


「そうね。夢瑠の心残りはあの男にあるんだもんね」


 全神経が逆立つのが分かる。


 僅かに残った理性の糸が、目の前の敵に掴み掛かろうとする行動を踏み止まらせる。


「その様子じゃまだ世界樹を探しているようね。有りもしない存在を追い求めるだなんて、元魔王も堕ちたものね」


「黙れッ!そんなこと分からないわ!諦めければ見つかるかもしれない!」


 言っていて悲しくなる。


 私のそれはなんの根拠も無い、ただの根性論に過ぎない。それでも縋って歩き続けるしか道は無い。


 これ以上メアと話していても埒が明かない。


 今すぐにでも四肢を散り散りにしてやりたいという衝動を抑えるのも、徐々に限界が近付いて来てしまっている。


「夢瑠」


 ふいにメアは名を呼んで手を差し伸べる。


 なにかを仕込んでいる風では無い。


「どういうつもり?」


「私と一緒に来てよ」


「は?」


「私と共に行こう。そうすればまた裏世界の魔王に返り咲けるよ。かつての配下達も戻って来るし、情報量が増えれば夢瑠の目的を果たす近道になるかもしれない。世界樹なんて無くても、他に良い方法が見つかるかもしれない」


 メアがさぁさぁ、と大仰に手を広げてみせる。


 タネも仕掛けも無いよってか……。


 メアが言うことは私にとって魅力的なものに聞こえた。実際にコイツの力があれば、再び魔王の座に返り咲ける可能性が高いことだろう。


 支持されていた配下も戻る。


 少なくとも今よりもずっと視野が広がり、情報を集めやすくなることだろう。


 傍にいるバクは沈黙を貫いたままなにも言おうとしない。それは私を信じてくれているのか、それとも判断を完全に任せてしまっているのか。


「断る」


 私は迷った末に、メアの手を取らないという答えを出した。


「本当にそれで良いの?」


「そうね。魅力的な案ではあったけど、やっぱり気に入らないわ。なによりお前のことが信用出来ない」


「これから信用を取り戻すと言っても?」


「私はお前を許さない。いつか必ず、この手で引導を渡してやる」


「交渉決裂だね」


 そもそも交渉の域に達していなかったし、すべきでさえなかったのだ。


「少し残念だけど、まぁ良いか。私達は憎み合い殺し合いをする方が良いわ」


「今殺してやっても良いけどね」


「出来ると思ってる?」


「……………ッ」


 内心で舌打ちをする。


 背後にいるオーガが未知数過ぎて迂闊に近付けない。十中八九ハッタリになるのだろうが、それでも万が一を恐れるくらいには脅威を感じている。


「夢瑠は私には勝てないよ。私はお前と違って沢山の仲間がいるからね」


「操っているだけでしょ」


「そんなことはしないわ。それより夢瑠こそ分かっているの?私同様、かつての配下達もお前を憎んでいることを。お前が忘れたであろう過去が敵となって襲い掛かることになるわ」


 これ以上話しをしても不毛である。


 それはメアも同感だったようで、言いたいことを言って姿を消してしまった。


 過去が私を殺すか。


 身から出た錆びとはいえ、今後のことを考えればそれは重く伸し掛かることとなった。

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