24話 金眼の女
火憐と二人、一室内にて向かい合う。
「……残念そうね」
「ん、まぁね。ダメ元ではあったから仕方無いけど」
火憐は肩を竦めて息を吐く。
火憐からの提案に対してカケルは多少迷ったものの、結果としてそれを蹴ってしまっていた。
労働を強いられることもなく、三食不自由無く過ごすことが出来る上に昼寝付きだ。それに加えて闇市を統括する火憐の側近扱いになるのだから権力も手にすることが出来る。
まさに高待遇ではあったが。
「まぁ良いさ。なに、これで終わった訳じゃない」
「どういう意味?」
火憐は被りを振る。
「情報だって立派な武器だ。おいそれとは明かせない」
情報、ね。
「一応聞いておくわ。鍵を買って行った女ってのはどんな奴だった?」
苦労してここまで辿り着いたのだが、結果として目的の鍵はそこに無かった。ここに入った段階で気配が感じなかったから可能性はあると考えていたが、まさかすれ違いに近いタイミングで買われてしまっているとは。
「良いよ。それくらいなら答えようか。金の眼をした長い髪の女とだけ」
「分かった。それだけで十分」
「良い顔をしている。当時の姿を見ているようだ。なにやら因縁があるような感じだが合っているかな?」
そう言われ、両手で顔を覆って一旦視界を閉ざす。
いけない。
湧き上がる感情に飲み込まれては……。
「必ず殺す。奴とはそんな関係なのよ」
「怖い怖い。それは穏やかでないね」
さて、外で待たせていることだしあまり長居する訳にはいかない。話は終えたことだし、さっさとお暇するとしよう。
短く挨拶だけ済ませて踵を返そうとした時だった。
火憐が構える背後のカーテンが僅かに揺らいだ気がした。
「火憐、そのカーテンの向こうにはなにがあるの?」
そう問うと、火憐は目を見開いた後に神妙な面持ちを見せる。
常に余裕ぶったそれを保持していただけに、ゆっくりと考え込む姿を見るのはなにやら新鮮味すらあった。
「済まないが、まだ教えられない」
そこに重要ななにかがあるのは、その反応を見るに明らかだった。力づくでどうにかすることは出来るが、それをしていてはまだ元に戻ってしまう。
「分かった、それで良いわ」
「………助かる」
「もう一つ知っていたら教えて欲しいことがあるんだけど」
「良いよ。限度はあるが、代価として出来ることはしようか」
向こう側の話をしたのは、火憐にとって負荷の掛かることだったのか少しばかり消耗しているように見える。
「世界樹について」
「あの、世界の中心にあるとされている世界樹のことで間違い無いよね?」
是、として頷くと火憐は腕組みをして唸ってしまう。
「恥ずかしい話だが、全く情報が無いな。そもそも存在しているのかさえ分からない」
「闇市や、ここにしたって同じようなこと言われているんだし実在している気はしているんだけどね」
「私達と世界樹じゃ比にならないよ」
それは孤島に一本伸びている大樹であるそうだ。
陸路は論外、海路は周囲に大渦が合って近付くことすら出来ない。空路に至っては雲に巻かれて消息を絶ってしまうそうだ。
要するに普通のルートでは辿り着けないとされている場所。
火憐の元を後にして外に出るといつの間にか大粒の雨が降り注いでいた。
「遅かったな」
「ん、ちょっと軽く話をしていてね」
ここでも鍵が見つからなかっただけに、カケルの表情からは落胆の色が濃く滲んではいる。
「なにか分かったことはあるの?」
「まぁね。アイツが絡んでいる可能性が高いわ」
その名を出さなくてもバクには伝わるものがあったようだ。
やや面倒そうに後頭部を掻いている。
「だったら、私達がってよりは向こうから仕掛けて来そうね」
「そういうこと。ただ問題は……」
アイツがなんの策も無しに仕掛けて来るかどうか。
表の大通りに向けてゆっくりと歩いているが、倒した筈のオーガの姿は消失してしまっている。
災いとなって人間ではなくなった以上、そうなってもおかしくはない。魔獣同様、命を断てばその身体は霧散する。
「………………」
ここに来て引っ掛かったことがある。
「なぁ夢瑠。ちょっと気になったんだけどさ。確かオーガって香林の守護神をしていた人物なんだよね?」
「そうだけど?」
「この街にやって来る災いとやらが強かったとして、守護神たる存在が容易く飲まれてしまうものかな?」
まさにそこだった。
バクは私と同様の疑問を抱いているようだ。
尤も、今となってはその答えは出ない。
私達にとって、見せられた姿だけしか判断材料が無いし本人はもういないのだから。
雨は一層強くなる。
この裏通りは道幅が狭いこと、見上げると誰かの洗濯物らしき布がぶら下がっていることもあってか、幾分か雨粒を避けることが出来ていたようだ。
先に見える仄かな光。
それは表の大通りから発せられるものに違いないが、この雨の影響でかなり曇って見える。
「やっと表通りに出られるな。息苦しくてしんどかったんだ」
カケルはそう言って一足先に駆け出す。
落胆しながらも心が折れていないことに感心すら覚える。早い内になんとかしてやらないといけないのだが、よく頑張ってくれているものだ。
この街にアイツがいる。
それは近々の決着を予感させる。
「おーい。そう慌てなくても良いって。今夜はもう終わりに近いしゆっくりしよう」
そう言った先のことだった。
私達は大通りに出た瞬間に肉塊に変わってしまったカケルを見た。
なにが起こったのか。
まるで分からなかった。




