17話 闇で蠢く者
夢瑠達がオーガを倒し、闇市へ向かった後のこと。
一人の女が災厄の街に降り立った。
黒く綺麗な長い髪をたなびかせながら平然と道を歩く。その佇まいは静か、且つ穏やかなものであり多くの人通りの中にあって、殆どそれに遮られないままゆっくりと真っ直ぐ歩いているようにしか見えない。
まるで自分を中心として波が避けていくように。
人目を引くような容姿をしており、すれ違い様に多くの注目を受けることになるのだがそれを心地良いとすら感じながら、敢えて無駄に道草を食う。
「今暇ですか?」
予想外だったのは声を掛ける人間がいたことだった。
なにがあったか頬には薄っすら傷が残っている上に、服の袖の方を見れば手首には刺青のような模様が見え隠れしている。
話し振りにしてもかなり手慣れているし、見た目からしても素行が良さそうには見えない。
正直この街中に於いて浮いているように見える。
「今から飯でもどうですか?」
口調については丁寧で好感持てなくもないが、対面している男の背後には複数人が控えている。
剣呑なことで。
危害を加えられる可能性は高いことを分かっていつつも、女は男の誘いに乗ることにする。
案内されて付いて行くのだが、男達は目配せをしながら徐々に裏通りに近付いていく。
「随分人通りの少ないところに向かうのですね」
「あぁ。知る人ぞ知るってやつです。この先に良い店がありますので」
女はこれ以上の言及をしない。
だが、薄暗く異臭漂うような道に連中の言う良い店、とやらがあるようには見えない。
女は僅かに口角を上げる。
良い加減なところで男達が足を止める。
「これは……?」
いつの間にやら女の背後にも複数人の男達が立ち塞がっている。連絡を取り合っている仕草は見られなかったが、それについては大した連携だと感心した。
「悪いな。お姉さん、この先に良い店なんてないんだ」
「と、言いますと?」
「良い店、ではないがここで俺達と良いことをしようじゃねえか」
男達がジリジリと距離を詰める。
似たような下品な顔が近付いて来るのは気持ちが悪くて仕方が無いが、その醜悪さが却って面白さを生み出している。
男達は自身の優位を微塵も疑わなかったことだろう。
この数十秒後には標的を堕として、慰み物として散々蹂躙した後は商売道具として金に変える。
それはいつものルーティーンと同じように、決まった筋書きが用意されていた。
だが、今回ばかりはそれが崩れることとなる。
相手が悪かった。
ただ、それだけのことで男達は漏れなく絶命させられることとなる。誰一つ傷を負うこともなく、内臓を破壊されるようなこともなく魂だけが抜き取られた殻の状態となっている。
「嫌がらせ程度にはなるかな。いや、要らないか」
女は手中に収めたそれらをさして迷うことなく放棄してから一人歩き出す。行き先は既に決まっている。
「いたいた」
そこには大口を開けたまま炭化してしまった災厄が倒れていた。かなり手酷くやられてしまったようで、もはや自力での回復はままならないことだろう。
「災厄の街、ね。オーガの次は私がそれに当たるのかも」
一つ終われば、また一つ災厄が訪れるとは実に面白い街だ。それだけで女は香林という街のことを気に入ってしまった。
「こんなことならオーガと共存する道を探した方が良かったかもね」
女は言いつつ、一人笑みを漏らす。
「起きなさい」
女の一声で命を失ってしまっていたオーガは急激に息を吹き返していく。新たな力の脈動をフツフツと感じさせる。
「良いわね。これを退けたとなると中々………」
オーガは女の前で傅く。
女は満足そうに笑って先を見据える。
「まだなにも終わってはいませんよ。魔王様……」