15話 元魔王の一撃
殺人鬼オーガが、私を撲殺せんと振るった拳が建物の外壁を破壊する。衝撃もさることながらその威力は折り紙付きで、頑丈である筈の外壁がまるで豆腐のようだ。
「ったくもう。これで元守護神だって言うんだから信じ難いわ」
後方に控えるのはバクとカケル。
バクはあらゆる魔道具を駆使することは出来るが、戦闘能力としては殆ど皆無に等しい。
支援は欲しいが、迂闊に動かしてオーガの殺意が向かうこととなれば守り切れない。
相当に硬い物質に対して何度も拳を衝突させているというのに、オーガは全く怯む様子も無く我武者羅に攻撃し続ける。
形なんて度外視。
ただただ溢れる殺意に任せていることで動作は読み易く、躱すこと自体はそう難しくない。
だが–––––––––、
「夢瑠!」
バクが一際大声を出す。
言わんとすることは分かっている。
それに対して軽く手を上げることで意思表示をする。そのまま口頭で返しても良いのだが、正直かなり余裕が無くなっている。
全意識を傾けていないと危険な相手だ。
返答如きでそれを分散させては、次の瞬間にお陀仏になりかねない。
背筋が凍る。
今の私には、この体重差を跳ね返す程の防御力を持ち合わせてはいない。つまり直撃すれば即致命傷だ。
「あんまり調子にぃぃ、乗るなッ!!」
振り被って繰り出した拳には確かな手応えがあった。
にも関わらずオーガは平然としながら、殴られた腹部をポリポリと掻いている。
「蚊に刺されたみたいな反応ね……ッとぉ!!」
すぐさま飛んで来た反撃を躱す。
明らかに感触が重くなっている。
それに大通りで戦った時はダメージを与えることが出来ていた私の拳が全く効かなくなっている。
「どうなってんのよ」
拳を数度握り直す。
折れてはいないが、痺れてしまっているせいで攻撃力が落ちてしまう。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
オーガが叫ぶ。
ただ、それだけに過ぎないというのに三半規管にダメージを受け、急激な眩暈に襲われる。
私の機動力が奪われたところでオーガの攻撃が飛ぶ。
まともに躱すことを諦めて、転げ回ることで辛うじて回避に成功する。そこから追撃せんと隕石のように拳が降り注ぐ。
みっともなくも回避に専念する。
その間道には大きな増えていく。
「こんなもん喰らえば死んでしまうわ!!」
ダメージが回復したところで間合いを詰めて重ねて打撃を加える。
「ガァァァァァァァァッ!!!!!」
全然効いてない。
「…………ッ。だらっしない腹してる癖にとんでもない固さだわ」
アイスナーガなんて比にならないくらい強い。
これ程の敵がいたなんて世界は広いものだと、この期に及んで知ることになろうとは。
壁に向かって走る。
短いながらも助走を付けて壁を駆け上がる。
流石のオーガの身体能力でもこれは真似出来ないようだ。
だが、これの目的は逃げにある訳ではない。
一定の高度に達したところで壁を蹴って宙空を舞う。見下ろした先には間抜けにも口を開けて私を睨むオーガがいる。
「喰らいやがれッ!!」
落下速度と身を翻した回転力で、現状用意出来る勢いを以って、その無防備な脳天に全力で拳を打ち込む。
「……………ッ」
着地に失敗して足を捻ってしまった。
それだけじゃなく、人体で最も固い部類に入る部位に全力で拳を撃ち込んだだけに無事じゃ済まず、今度こそ折れてしまったかもしれない。
痺れが先行して痛みはまだ未到着。
「ア、ア、アァァァ……」
オーガはよろめいてこそいるが、意識を途切れさせるようなこともなく依然立ち続けている。
痛みに表情を歪めながら頭部を手で押さえてはいるが、流血もしていないしそれどころかコブすら出来ていないか。
思考にノイズが混ざり始める。
これ以上戦闘を長引かせる訳にはいかない。
「あんまり使いたくなかったけど仕方無いわ」
取り出したのは銀と黒のリボルバー銃。
魔王だけが使用を許された最高ランクの魔武器「銀獅子」
オーガが大口を開けながら一直線に迫り来る。
死が迫る。
外せばそれが現実のものとなるが、一瞬過ったところで薄っすら笑みを浮かべてしまう。
「外すかよ」
一寸の躊躇いも無く引き金を引くと込められた魔弾が放たれる。
高速で駆け抜けるそれをオーガは避けるどころか、防御すらする素振りを見せない。
魔弾が対象に触れた瞬間、それは爆音と共に真っ赤な炎が炸裂することとなる。
「爆炎弾。そいつは伊達じゃないわよ」
オーガの全身をあっという間に炎が包んでいく。
灼熱に焼かれ、最初こそ断末魔とも取れる悲鳴を上げてはいたものの徐々にそれは萎むこととなる。
炎は外皮だけでなく内臓まで焼き、やがて取り込もうとする酸素まで奪う。
暴れて炎を取り払おうと壁に激突しているが、そんな程度で消えてしまう程優しいものではない。
やがてオーガの動きが止まり、ゆっくりと倒れる。
それを見てようやく緊張の糸が切れる。
炎は依然として燃え続けている。
かつての守護神としての最期としてはあまりに悲惨なものだ。原形を失なっていくそれを見て憐憫の眼差しを向ける。
何故か私はそれを見てかつての自分と重ねてしまった。