14話 魔具士の本領。そして狂気との再会
「うへぇ……」
薄暗く異臭漂う汚染された空気。
雨が降っている訳でも無いというのに何故か湿っている足元。
昨晩散々歩かされることでそれらに慣れたつもりでいたのだが、他所での数時間を挟むことで、折角出来ていた免疫が虚しく消え去ってしまっていた。
「夢瑠、ここ凄いね」
魔道具セーブフラッグ。
私が昨晩最後にいた場所に降り立つのだが、同行することとなったバクが早速吐き気に苛まれてしまっている。
「それになんだか暑いし。この辺に工場とかでもあるの?」
「いや全然。ちょっと栄えた街が広がっているだけだわ」
「えー、じゃあなんの悪臭なんだか」
バクは着いて早々不満を露わにしまくっている。
「よぉ、来てくれたか」
薄暗闇から現れたのはカケルだった。
後から来るものだと思っていたが、意外にも早かったようだ。
私以外の二人は初顔合わせとなっており、特にカケルの方は前情報が無かったことで露骨に警戒心を高めている。
「あぁごめん。カケル、コイツはバク。一応私の元配下の一人で、今回の仕事の協力者になるわ」
簡単な紹介をしてしたところでカケルの警戒心が解ける。
バクの方は全く無警戒で暢気に手をヒラヒラさせていて、この温度差はきっと性格の違いによるものだろう。
「さて、早速なんだけどどんな感じ?」
バクには昨晩の話は伝えてある。
「そうだね。夢瑠が言っていた通り、この道には間違い無くなんらかの魔道具が絡んでいるかな。でも、詳細については現段階ではなんとも言えないわ。少し歩かせて欲しいわ」
そう言われて従う以外の手は無い。
カケルと目を見合わせて、殆ど躊躇い無く歩き出す。
相変わらず視界が不明瞭であり、数分歩いてみたところで景色の変化が乏しい。この時点で魔道具に囚われてしまっていると言われても疑わないレベルだ。
バクはキョロキョロと辺りを見回し、時折足を止めては手を伸ばしたりしている。まるで犬のように鼻を鳴らして悪臭を吸い込んでいる。
「ところでカケル、蛇塚って男のことを知ってる?」
「……あぁ」
短い返事。
そこには確かな苛立ちが込められている。
表情は窺い知れないが、その名を出したことでカケルがどう反応するかは分かっていたことだ。
「アイツ等がなにか仕掛けて来たのか?」
「牽制と脅しって感じかな。カケルに関わるとどうなるかってね」
「そう、か」
苛立ちで膨らんでいた感情が萎んでいく。
その一件により、私がこの仕事から下りてしまうことを恐れているということか。
「そう心配しなくても良いわ。あの程度私にとっては些事でしかないから」
「夢瑠。分かっているとは思うけど––––––––」
先頭を行くバクがやんわりと釘を刺す。
「分かってる。騒動なんて起こさないわ」
現実世界で私がなにかをやらかす、ことを恐れているのではなく力量差によって起きることを指している。
だが、言われたことに対して望まれている答えを出したのだが約束は出来ないと思う。
このままちょっかいさえ出して来なければ大人しくしているつもりではあるが、そうではなかった場合は––––。
「っと、この辺りかな」
バクが足を止める。
何気無く手を伸ばして、数回握っては離すを繰り返してはウンウン、と頷いている。
それに倣って私も同様にしてみるがなんの変化も感じられない。
魔具士。
それがバクに付いている二つ名だ。
「なんにも感じないんだけどな」
「アイツには、私達には見えていないものが見えるのよ」
仕事柄もあるのだが星の数程あるとされる魔道具を知り尽くし、時には精製まで行うまさにエキスパート。
「配下にいた時は正直かなり重宝したわ。なにせ、私が指示を出す前に用意しているくらいなんだから」
それだけにいざ敵に回すと厄介極まり無い。
「よいしょ」
バクがなにも無い宙空に手を伸ばしたまま、ギュッと拳を握り締めると目の前の景色がまるで陽炎のように揺らぐ。
まるでなにかを引っ張るかのように腕を引くと、目の前の景色が一変した。バクが掴んでいるものは透明なベールのようだった。
「ブラックカーテン。ランクで言えばCってところかな。これを使うことでこの先の道を隠していたのね。なにか条件付けがされていて、それをクリアしない限りは越えられない境界線を作るんだけど、それが分からないしクリアも出来ない場合はこうして破ってしまうしかない」
道幅は少しばかり広くなっただろうか。
両端には灯籠が立てられ、淡い橙色の明かりが道を照らしている。
あっという間の出来事に呆気に取られていると、先行したバクが振り返って先を促す。
「俄然雰囲気が変わったわ。これはなにかあるわね」
バクを連れて来て大正解だった。
まさかこれ程覿面に効果を齎すとは思わなかった。
バク、カケルに続いて私も境界線を越えようという時だった。
「……………」
「ん?夢瑠、どうしたの?」
「どこに行ったのかと若干気にはなってたんだけど、まさかここで現れるとはね」
姿は未だ見えなくても、そこにいるのは分かっている。
本能ままに漂わせている突き刺さるような殺気。
「まさか……」
ドスドス、と体重の乗った重そうな足音と共に薄暗闇から這い出たのは、やはり殺人鬼オーガだった。