13話 現実世界。虐げる者達
現実世界に戻って、一人町並を眺めながらのんびりと歩く。
今日も観光客達で賑わっており、適当なお土産屋に入ろうにも碌に品物を眺めることが出来ない。
吐き出されるように退店してまた歩く。
晴天の中、左手に見える川はキラキラと輝いて見える。
「あれが全部宝石に変わったなら……」
年中苛まれている資金難を拗らせ過ぎて意味不明な妄想すらしてしまう。河川敷では現地住民がペットの散歩をし、子供に至っては川に入って無邪気に遊んでいる。
流れ自体はそう早くはないが、見ていてヒヤヒヤする。
「全然違うわね」
ここに来る前に居た町は都心部に近かった分、住まう子供達にはどこかスマートな一面が見えていたのだが、そこから離れるだけでこうも行動が異なってしまうものなのか。
そして気に入らない視線を感じる。
大仰なケースを手に持っているのだから、時として好奇な視線を集めてしまうことはあるし、最初はその類だと考えていたがどうも違うようだ。
粘り気のある、纏わり付くようなそれに不快感すら覚えてしまう。
そういった視線から逃れる為に、この人混みというのは凄く便利だ。それに乗じて追跡者を撒いてしまおうと目論む。
サヤが私を見つけて手を振る。
それに合わせて手を上げるが、今日は足を止めている暇は無さそうだ。
「外れない……か」
この人混みに慣れているのは、なにも私だけに限った話ではない。それについて鑑みるなら現地住民の方が余程上手だ。
人混みに紛れて立ちはだかっている男が一人。
この流れの中で、塞き止めるようにしているのは不自然でありその男が視線の主と見て良さそうだ。
歩行速度を落として様子を見るが、既に私に的を絞っている。踵を返そうにも背後にもピタリと人を付けている。
「……………」
このままなにも知らない振りをしてやり過ごしてみるかと思ったが、
「おい女ぁ。ちょっと面貸して貰うぜ」
長身痩躯の男だった。
細い目に、ニタニタと口角を上げてなんとも嫌らしい表情を浮かべている。
背後からやって来たのは反対に太った男だった。目の前の方とはまた別の意味で目が細い。
「なんのことか分からないし、私にそんな暇は無いんだけど?」
素直に付いて行くのも癪だし、用件が分からない上に宜しくない展開が待ち受けているのは確実だ。
この視線と顔つきでボランティア活動が、とか言い出せばそれはそれで面白いがそれは無いか。
男二人にとって、私の言動は単なる強がりにしか見えなかったのか一層調子づかせてしまい卑しい笑みを見せられてしまう。
「良いのかなぁ?そんなことを言っていてよ。これはアンタの為になる話だ」
カカカ、と骸骨のような骨格から乾いた笑みを漏らす。
「だったらここで話してよ。悪い話じゃ無いんでしょ?」
痩身の男が気に入らなそうに鼻を鳴らしてゆっくりと歩き出す。どうやら私の要求は聞き入れられなかったようだ。
どうするか。
このまま逃げてしまうというのも一つの手になるが、後方にも仲間が控えているし難しいか。
殴り倒してしまっても良いのだが、あまり現実世界では騒ぎを起こしたくないというのも事実。
「分かった」
一旦言う通りにしてやるとする。
為になる、と言うのも気になっていることだ。
左手に綺麗な川を眺めながら、人の流れに乗って歩き続けたのはたった数分だった。
巨人を思わせるような鳥居があり、それを潜った橋上で男達は足を止める。
「カケルって奴のことを知っているよな?」
痩身の蛇塚と名乗る男が欄干にもたれ掛かりながら言う。
その名が出て来るのはなんとなく予想は出来ていた。先日のカフェでも視線は感じていたが、どうもコイツ等のものと見て間違い無い。
「知っているけどなにかな?」
「どういう関係だ?」
後方に控えていた細野という太った男が言う。
「どうもこうもないわ。彼が私の荷物を奪おうとしたものでね。懲らしめる意味合いで話をしていた。ただそれだけのことよ」
ある程度は正直に答えておいてやったが、それだけで合点がいったのか二人はクツクツと笑みを漏らす。
「悪いことは言わねえよ。アンタ、アイツには今後関わらない方が良いぜ」
蛇塚は現状が余程可笑しいのか、依然として締まりの無い顔付きのまま忠告めいたことをする。
酷く醜い。
カケルが負っている傷はコイツ等が付けたものなのだろう。酷いことをするものだ。
私が想像している以上に劣悪な行為を用いているのか。
この二人からは人間という枠から外れた気配すら漂っている。
「間違っても下手に助けよう等とは考えないことだ。そうすればどうなってしまうか分かるよなぁ?」
同じ目に遭わせる、とそういうことか。
賢明な者なら大人しく従って穏やかな道を選ぶことだろう。それだって間違いでは無い。
ただ––––––––。
脳裏に浮かぶ男の姿。
「……………」
この時私は一体どんな表情を浮かべていたのだろうか。
ニヤニヤと余裕を見せていた男達の表情が、途端に凍り付いているのが分かる。
「やれるものならやってみれば良い」
「なッ!テメェ……俺達に逆らえば鬼龍さんが黙ってないんだぞ」
「は?誰よそれ?」
「き、鬼龍さんはこの町の––––––」
「黙れ。誰に口を利いているのよ?あまり調子に乗っていると喰い殺すぞ」
どこまでが本心だったのか分からない。
気付けば蛇塚の首に向かって手を伸ばそうとしていたところで我に返る。
「………………」
幸いにも男達は臆してしまったのか、なにやらギャーギャーと捨て台詞を吐きながら足早に去ってしまった。
「危なかった……」
欄干にもたれ掛かりながら座り込む。
それにしても鬼龍、ね。
随分物騒な名前をした奴に睨まれているということは分かった。