11話 襲来。アイスナーガ戦
外が突如騒々しくなり始める。
酔っ払いがそうさせているのかと考えていたが、悲鳴が混じっていることからそうでは無さそうだ。
「なにかあったのかな?」
外を眺めると、観光客や商人達が逃げ惑っているように見える。
状況が掴めず眉を顰めていたが、バクは事情を察したのか面倒そうに肩を揉む。
「あーあ。だから言ったのに」
「へ?」
「夢瑠。悪いんだけどさ、ちょっと力を貸してくれない?」
事情の説明が無いまま外に出て海沿いの方に向かうと、そこにいたのは数体の魔獣だった。
「アイスナーガ……なんでこんなところに?」
青白く、蛇のような鱗と身体に伸びる両手からはナイフのように長い爪が伸びている。
だが、アイスナーガは北の大陸に生息しているのであって、ミクニのような南側に出現するのは異常だ。
「夢瑠。事情は後で説明するから、ここは任せても良い?」
「そうするしかないでしょ。ここでアイスナーガと戦えるのは私以外にいないし」
「ありがとね。久しぶりに魔王の力を見せて貰うわ」
「元を付けろ元を」
バクは何故か現状を嬉々としているように見える。
だが、直ぐにその理由が分かった。
張られているであろう結界を、自身の商会の仕事に取り付けようと目論んでいるのだろう。
魔道具で張られた結界は破られ、用意された守護兵は容易く倒されてしまったようだ。
大方慌てた様子で状況を眺めている男達の仕事だろう。
「さて、とりあえず小規模だけど新しく結界は張ったわ。これでアイスナーガは散らばることはないから」
私は手を上げるだけで理解を示しておく。
アイスナーガ達からは随分とゆったりとした余裕が見える。町の結界、守護兵を倒したことや、元いた住処と比べて穏やかであることから起因しているのか。
なんにしてもその余裕から消し去ってやらないと。
「さ、始めようか」
対抗する訳では無いが、私もゆっくりと歩きながら魔獣達との距離を縮めていく。
明確な殺気が集約される。
だがこの程度で調子に乗っていてはいけない。
一体が先陣を切って襲い掛かって来る。
鋭い爪を出して、私を串刺しにしようとしているのだろうがその蝿が止まるような攻撃を簡単に躱して、歩行時腕を振るかのような感覚で拳を突き上げる。
ただそれだけでアイスナーガは白目を剥き、血反吐を吐きながら地面を転がることとなった。
「漫画でよく見る、最も弱い四天王的な感覚かと思っていたけど結構動揺しているみたいね」
今の攻撃にしたって視認すら出来ていなかった可能性がある。
現に周囲の商人達はなにが起こったとザワついている。
「あ〜、この感覚久しぶりだわ」
魔王時代のことを思い出してしまった。あの頃はなにをやっても賞賛され放題で、自尊心が満たされまくりだったな、と。
退けないアイスナーガは私を屠らんと一斉に迫る。
だが有象無象が束になったところで結果は変わらない。
鈍重な動きは私を捉えることは出来ないし、鋭い爪は指で弾いただけでポッキリ折れてしまう上に、軽く小突いただけで吹っ飛んでしまう。
私にとってはそよ風が通り抜けていくようにしか感じない。
気付けばアイスナーガ達は全滅してしまっていた。
「ま、この辺にしておいてやるわ」
でないと後々大変だ。
なにせ周囲はドン引きだ。
最初は脅威を取り除いてくれることに歓声が上がっていたが、あまりに力量差があり過ぎてまるで私がアイスナーガを蹂躙しているようになってしまった。
「バクー?終わったし、素材の回収を頼んでも良い?」
顔に付いた僅かな返り血を拭いながら、後始末をお願いするとバクの目がキラリ輝いた。
「任せて!」
結界を破って侵入するくらいだ。
このアイスナーガは相応に強力な魔獣であることは間違い無い。と、なるとその希少性からして価値は上がるに違いない。
この後のことを考えるとワクワクしてしまう。
他の商人達もおこぼれを貰おうとジリジリと近寄ろうとしているのを、手で制して止めてしまう。
「悪いけど。この仕事はアイツの専任にさせて貰うわ」
日頃私を冷遇している連中に、ささやかな意趣返しが出来たかと思うと少しは溜飲が下がるところではあるが、それが目的ではない。
「悔しそうに歯噛みしているところ悪いんだけどさ。私とアイツはそういう契約なんだ。だから申し訳無いんだけど分かって欲しい」
契約。
それは商人の世界では絶対的な単語だ。
ましてや私の実力を見たばかりだ。
有無なんて言わせない。
これは如何ともし難い案件であるのだと、言外にそう言っているのだ。
斯くして連中は敢え無く退くことを余儀なくされてしまう。
ミクニに来たのは不本意ではあるが、臨時収入を得ることが出来た分良しとしよう。
アイスナーガなんて魔獣が南に流れて来るということは、向こうでなにか異常事態が起きているということだ。
「現魔王は一体なにをやっているのやら……」
ポツリ、と他人事のようなことしか言いようがなかった。