10話 港町とバク商会
真っ青な青空が広がり、ウミネコがどこか楽しげに鳴いている。
お日様の燦々とした陽光が降り注ぎ、歩いているだけで汗ばんでしまうものの海が近くにあることもあって吹いて来る風が心地良い。
港町ミクニ。
海沿いにあるこの町にはお洒落なカフェや飲食店が無い代わりに、多くの倉庫や商店が並んでいる。
塩害に遭って錆び錆びになってしまっている建物もあるが、今のところ崩落はしていない。
そんなボロボロな倉庫からはフォークリフトが頻りに出入りしている。傍に止まっているトラックも随分と大きい。
それはその倉庫だけでなく、どこも大なり小なりの差はあれど忙しそうにしている。
「なにかあったのかな?」
ここに来るのは久しぶりとはいえ、何度もやって来ているのだがこうも慌ただしい光景を見るのは初めてだ。
観光客らしい姿も見えるが、手元に握られている品々は少なくどことなく寂しさがある。
道の端で男達が集まってなにやら話をしている。
商人風情であり、私と同業でもあるのだが彼等から向けられるのは湿り気のある不快な視線だった。
「はぁやれやれ。まだこの手の慣習は改善されていないのか」
呆れるように息を吐いて頭を掻く。
要するに女である私を差別しているということだ。
どういう訳なのか、この商人という仕事は男のものであるという不可思議な常識がこの世界にはある。
現に私が旅をしていても同性の商人を殆ど見かけたことはない。
近寄るな。
男達は暗にそう言っている。
諦めて先へ進み、目的地に向かって歩くことにする。久しくミクニを訪れていなかったこともあり、周囲の景色自体はある程度変わってしまっている。
「あんな商店は無かったわね」
新鮮な気分を味わいつつ、歩いていく内に目的の商店が未だ存在しているかが不安になったものだが、幸い廃業しているということもなく今も元気に営業をしているようだった。
バク商会。
「うーん……相変わらずのセンスね」
古くから営業しており、もはや老舗と呼ばれる領域に達しているのだがそれでも手入れが行き届いているおかげで外観には清潔感がある。
ガラス戸を引いて店内に入ると、取り付けられたドアベルがスタッフに向けて来客の知らせをする。
「あれ?」
店内は静かなBGMは流れているものの、人の気配や物音についてはかなり乏しいものになっている。
今日は定休日とかではないのか、と出入口辺りを見回すが特別な記載は見当たらない。
気を取り直して店内を歩き回ってスタッフを探すのだが、誰もいないようでもぬけの殻状態だ。
「にしても……これどうなってるの」
誰も見当たらない寂しげな店内。
ポツリと漏らしてしまう程に、並んでいる品物が少なくなってしまっている。もっと沢山の商品があるのが常だっただけに、その有様を見て絶句してしまった。
天井にフワフワと浮かんで、ゆっくりと飛び回っている照明はまるで生き物のようだが、きっと商品とは別物だろう。
困ったな、と一旦外に出て次に向かうのは商会の倉庫。
近接にそれがあるのだが、久しぶりにそれを見て驚いた。
「めっちゃ大きくなってるし」
白で塗装された綺麗な倉庫。
そこもまた一段と忙しそうに人が出入りしまくっている。息を飲んで、気圧された後に倉庫内に足を踏み入れる。
「あ、ちょっと!ここは倉庫なので入らないで––––––って夢瑠さんじゃないですか」
私に気付いて声を掛けてくれたのはマサキだった。
気温の割に纏っている作業着は分厚く、流れる大汗を首に巻くタオルで拭き取りながら近付いて来る。
「久しぶりですね。もっとこっちに顔出して下さいよ」
「それはそうなんだけど、ホラまぁお金の問題とかね」
苦笑いするしかない。
魔道具はランクに応じて、その価値も変動するのだが安いものであっても懐事情を鑑みるとキツいものがある。
「にしても随分と忙しそうね」
辺りを見回しながら聞くと、今度はマサキが苦笑いする。
「今はどこもそうですよ。その中でもウチはまだマシな方かもしれません」
「……なにかあったの?」
「北の大陸の方で戦が始まっているんです。なので今はそっちの方面からの発注が絶えない状態でして」
「戦……」
「大丈夫ですよ。夢瑠さんが関係しているとかではないですから」
私の表情の変化から、なにかを察してくれたマサキが笑って手を降る。
「ところで今日はどうされたんですか?」
「ん?あぁ、アイツいる?」
「夢瑠さん運が良いですよ。つい先日から戻って来ております」
それは幸先が良いのかな、とやや複雑な感情を抱いていると私を見付けて女が駆け寄って来る。
「夢瑠じゃん!久しぶり!もっとこっち顔出せよ〜」
アンタ等、二人して同じことを言うのね。
褐色の肌に綺麗な黒髪、そして如何にも快活そうな顔つき。
コイツがこの商会の長であるバクである。
「バク、なんて顔をしているのよ」
「いやいや。元魔王御用達のって謳い文句があればもっとウチの商売が繁盛するのになってね」
かつての私の配下であり仕入れ部門を統括していただけあって商魂逞しい女だ。
そんなバクが悪い顔を浮かべている。
きっとまた悪巧みをしているのかもしれない。
私は懐かしさを覚えながらそう思ったのだった。