9話 魔道具の影響下。ループする裏道
息が切れてくる。
もうどれだけの時間歩き続けただろうか。
「おかしいわね」
カケルの方は消耗し切っていて、私が言うことに反応することすら出来なくなっている。
これだけ歩いているにも関わらず、依然として目的の場所に辿り着くどころか大通りにさえ出ない。
香林という街の規模がどれ程であるかは定かではない。
もしや滅茶苦茶に広いのかもしれないが、大通りでは早い段階で行き止まりに遭っていた以上、裏通りについても大差は無い筈だ。
ここまで幾度となく、分岐が現れて都度適当に選択していたが正解には辿り着けていないようだ。
「カケル、大丈夫?」
「……あぁ」
返事はおろか、顔を上げることすら辛そうだ。
裏通りに漂う空気。
毒は無いのだろうが、酸素濃度が低くなっているのかもしれない。
私にしても本来ならなんとも無い筈なのに、普段の数割増で疲労が溜まっている。
「これ絶対おかしいだろ」
「……だね」
薄暗い道であることで景色の変化が分かりづらい。もしや同じ道を歩かされているのか。
先を見据えるが、なにも見えない。
あと少し進めば、なにか変わるかもしれないと言う期待感や縋りたい気持ちはあるが、カケルの方は限界が近い。これ以上消耗させれば現実世界に戻った後にも影響を及ぼしかねない。
「戻ろう」
「そうだな。でも仕方ねえよ。これ以上進んでも好転するとは思えないし、体力的にもかなりキツイ」
後ろ髪を引かれるような思いはあるが止む無し。
私達は踵を返して元来た道を歩き始める。
「稼いだ距離を無にするのはかなり虚しいな」
「そう言わんで。今夜はこのまま時間切れになりそうね」
「時間切れ?」
「そ。カケルは今、現実世界では眠っている状態だからね。ボチボチ目が覚める頃だろうし」
この時点でカケルは一時的にこの世界から抜け出すことになる。オーガに殺された訳ではないから、持ち込むダメージはかなり小さくなるのが幸いだ。
「おい夢瑠。あれ……」
それに気付いたのはカケルの方が先になった。
疲労感から来る震える指が指し示すのは、グッタリと横たわっている二人の男の姿だった。
「あれってさっき夢瑠がぶちのめした男達だよな?」
「間違い無いわね」
思わず苦笑いする。
私達が退却をし始めてからほんの数分でしかないにも関わらず、随分前に返り討ちにした男達がいた。
「やられたわね」
「つまり、俺達は同じ道を延々と歩かされていたってことかよ」
事象に対する衝撃と、あれだけ歩いたことが徒労に終わったことを理解し、カケルは力が抜けてしまったように尻餅をついてしまった。
「でもこれで一つハッキリしたわね」
「………え?」
「多分私達は今魔道具の影響下にあるわ。どんな代物であるかは分からないけど、ここまでの範囲に効果を及ぼすんだから相当ね。」
少しだけ希望が見えた。
状況が飲み込めていないカケルが見上げて、私の次の言葉を待ち続けている。
「でも、これだけの仕掛けを施しているということは、ここに闇市が存在している可能性はかなり高くなったわ」
「おぉマジか。それは良いな。で、その魔道具の影響から出るにはどうすれば良いんだ?」
そう、問題はそれだ。
これについても小気味良く即答してあげられれば良かったのだが、そうは行かない。
私は低く唸りながら頭を掻く。
「分からないわ。少なくとも現状では手立てがないわね」
つまりどうしようもないということだ。
「なんだよそれ。そこに可能性があるのに、詰んでしまっていることか」
「詰んでないわよ。少なくとも現状の話だからね。これをどうにか突破する方法を知っているかもしれない奴がいるわ」
あまり頼りたくはないのだがこの場合仕方が無い。
「さて、そうと分かれば–––––」
ただここに留まっていても埒が明かない。
私は懐から緑の旗を取り出す。
「なんだそれ?」
「魔道具セーブフラッグ。これを刺しておけば、次にこの街にやって来た時にそこからスタート出来るのよ。また大通りからここまで来る手間が省けるってこと」
少し戻っただけで男二人が倒れている場所にやって来れたということは、この辺りまでは魔道具の影響から外れているということになる。
問題はこの先にあるということだ。
どこからか鐘の音がする。それは一度だけでなく、暫くの間鳴り続けている。音量自体はかなり大きいが、不思議と三半規管に刺激を与えるような類ではなく不快感も生じない。
「お?なんだこれ?」
カケルの姿が徐々に薄らいでいく。
突然のことにカケルは驚いてアタフタしているが特に心配するようなことはない。
「もうすぐ起床時間ってことね。とりあえずこの続きは今夜に持ち越しとなるわ」
「久しぶりに殺されなかったな。良かったということにしておくよ」
カケルはそれだけ言って、その姿を霧散させた。
「さて、私も帰るか」
依頼人を見送ってから私用の鍵を取り出す。
眼前に現れる無機質な扉を開き、さぁ現実世界に戻ろうという時だった。
「ん?」
ビリッと鋭い視線のようなものを感じて半身の状態で辺りを見回す。
だが、男達が起き上がるということも無く、目を凝らして見てもなにも見えない。
「気のせいか」
こうして私も香林という街から一時退出する。
このまま休みたいところではあるが、もう一仕事が待っている。