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「撤退させてくれ」~吉田所長の覚悟
「撤退させてくれ」~吉田所長の覚悟
3月14日の午後、福島第一原発の免震棟は、野戦病院の様相を呈していた。3号機の爆発で自動車に放射性飛散物が直撃したりしたため、現場にいた所員7人が負傷していた。吉田所長をはじめ三日間ほぼ不眠不休の状態で疲弊しきった所員が大半だった。
たびたびベントを繰り返した3号機は、SR弁を開きっぱなしにしていた。それでも原子炉の内圧は下がらず、メルトダウン状態にあると想定されていたが、モニタリングポストで観測される放射能値が高すぎて防護服を着ても近づけないような状態だった。
14日夜、吉田は覚悟を決めて、所員を集めて淡々と語り掛けた。
「ことここに至っては、やれることは少ない。俺は残るが、俺と一緒に残れる奴だけ残ってくれればいい。家族がいるものは、一度家に帰れ。俺がそれを恨むことはないから」
それを聞いて、項垂れる者、涙を流す者、やっと家に帰れると密かに安堵する者。反応は分かれた。
「俺は残ります」
「私も所長とどこまでも一緒です」
十数人が前に出て残留を志願したが、大半は頭を垂れ押し黙ったままだった。
「皆の気持ちはわかった」
吉田は、東電本社とのホットラインをとると、おもむろに話し始めた。
「社長に伝えてほしい。現場が危険な状態なので、希望者を撤退させてくれと」




