試練と覚悟
試練と覚悟
その日の午後、国会議事堂では参議院の決算委員会が開かれ、野党の自由安心党の質疑が続いていた。閣僚席で答弁用のメモを読んでいた菅原隼人首相は、一瞬、委員会室の照明がまたたいた気がして、怪訝そうな表情で顔をあげた。
そこへ激しい揺れが襲った。菅原はイスの背を掴んで揺れに耐えた。揺れが収まるまで、1分近くに感じたが、実際はそれほどではなかったかもしれない。揺れが収まると、駆け込んできた秘書官が一枚のメモを差しだした。
「宮城 震度6」
眉を顰めた菅原は、すぐに委員長席を見やった。頷いた秘書官が委員長に耳打ちし、委員長が発言した。この時、午後2時50分。
「地震の緊急対策本部立ち上げのため、総理は退席されます。委員会は、暫時休憩します」
菅原は立ち上がって一礼すると、すぐに委員会室をあとにした。秘書官が続き、前にSPが走る。エレベーターで1階に降り、中庭へ。いつも以上の速足だ。しかし、急な出発で運転手が総理大臣車を回すのに手間取り、菅原の眉がピキッと吊り上がる。
「官邸へ。全閣僚を集めろ」
車に乗り込むやいなや、短いがはっきりした口調で指示が飛んだ。車は議事堂の中庭を疾走し、南門を出て右折、首相官邸へと坂道を駆け上がる。
近づく首相官邸を眺めながら、菅原の脳裏に浮かんでいたのは、自社さ政権の村田富市元首相が退陣後に閣僚や与党幹部を招いて開いた慰労会の席での村田の一言だった。
「皆さんのおかげでいい仕事はできたが、一つだけ心残りがある。阪神淡路大震災の時に、すぐにヘリを飛ばして現地を確認できていたら、初動の対応がもっとうまくできたかもしれない。それだけが今も心残りなんじゃ」
俺は、村田さんのような心残りは作らない。やれることは何でもやってやる。ヘリでも何でも飛ばしてやるぞ! 車を降りで、首相官邸に入る菅原の目は。すでに戦闘モードに入っていた。