「ベントはマニュアル通りに」
「ベントはマニュアル通りに」
「ベントの準備をしろという指示が菅原首相からきていますが、どう対処すればいいですか?」
日米首脳の電話会談が行われていたころ、東電本社では、社長室長が経済産業省の地下シェルターに問い合わせをしていた。
「官邸の意向を確認したが、ベントをやる場合は、緊急事態対応マニュアルにある通りに進めるようにとのことだ。それでやってくれ」
経済産業省から返ってきたのは、事務次官直々の指示だった。もちろん、事務次官は、オバマ大統領と電話していた菅原首相の意向を確認したわけではない。
結果的に、ベントの準備をしろという首相(原子力災害対策本部長)とベントはマニュアル通りの手順で行えという経済産業事務次官(原子力災害対策本部事務局)の「二つの指示」を受けた東電側は対応に苦慮する。経営トップの社長は、関西出張から引き返す途中で高速道路の大渋滞に巻き込まれ、実質的に経営を牛耳っていた勝間恒久会長は、中国・上海に出張中だった。
困った社長室長は、国際電話で上海の勝間会長にどう対応すればいいか伺いをたてた。労務畑出身の社長よりも原子力・立地本部長を経験している勝間会長の方が、原発に関して社内での発言力が圧倒的だったからだ。
「首相といっても政治家は、すぐに変わる。役所の言うとおりに、きちんとマニュアル通りにやれ」
首相ではなく原発官僚の指示に従うように、勝間会長は指示した。もちろんこの指示は、法律に違反している。
指示を受けた社長室では、経営企画室など役員直属部門で残っていた社員十数人が集められ、大熊町と双葉町の電話帳のコピーが配られた。1枚づつ担当が決められ、電話で避難状況を確認する作戦が始まった。緊急事態対応マニュアルが、「電力会社はベント実施前に住民の避難が完了したことを確認しなければならない」と定めていたからだ。
しかし、始めてすぐにほとんどの社員が気付いていた。この確認作業には終わりがないことに。