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ムエタイの美女

作者: 弘せりえ

ボクは、先日、友達と

大阪ミナミのど真ん中にある、

小さなムエタイ・ジムに

見学に行った。



一応、名前と生年月日と、

見学でも怪我をした場合の保険、

数百円をかけさせられる。



「足立史人ふみと、どっち?」


 

タイ人のインストラクターが

ボクの名前を呼ぶ。



「はい、ボクです」


「じゃ、こっち、松本翔也しょうや。

漢字、むずかしいね」


 

ボクらは、高校生だけど、

タイ人のインストラクターも

20才ちょいくらいだろうか。



「ワタシ、ニポン。NIPON。

日本じゃないよー」



皆に言っているフレーズのようで、

ボクもショウも、黙っている。



「ムエタイ、やったことある?」



ニポンはまず、ボクに尋ねる。



「いえ、実際やったことありません。

ボクシングは、中学生のとき、

ちょっと習いに行ったけど、

1ケ月でやめました」


 

ニポンは、日本語があまり

わからないのか、

理由も聞かず、ボクのために、

奥からもう一人のタイ人を連れてきた。

こちらは30半ばで、このジムの

オーナーかもしれない。


ニポンはタイ語で、

何か彼に相談している。


 

年上のタイ人は、ニポンの話を

聞いたあと、ボクのほうを向いた。



「私は、ラーといいます。

昔、タイで、ムエタイの選手を

してました。

ボクシング経験があるのは、君?

どれくらいやってたの?」


 

ちょっと言葉が優しいのは、

たぶん奥さんが日本人で、

奥さんの日本語をまねているからだろうと、

ラーさんの結婚指輪を見て、

勝手に想像する。

 

それにしても、ニポンは、

ボクにボクシング経験がある、

ということしか聞き取れて

なかったのだろう。

で、日本語がわかる先輩を連れてきた。

大丈夫か?


 

自動的に、ボクの担当が、ラーさん、

ショウの担当がニポンになるが、

体格的にいったらショウのほうが

上級ではないか、と思う。

ショウは結構マッチョなのだ。


 

ボクらが見学に訪れた5時過ぎ、

まだ誰もいなかったが、

6時を過ぎると会社帰りの人たちが

三人来た。

二人が男性、

そして、一人が女性。


 

ボクたちは、しばらく休憩と

いう名目で、

会員さんたちのムエタイを

見学することになった。

 

女性は、ムエタイというよりは、

ヨガをするような格好で、

長い髪を後ろで束ねていた。


しかしその格好とは裏腹に、

ホステスさんでも

通用するようなメイクをしている。


ジムの場所柄、夜のお仕事前に、

ここでひと汗流してから

ご出勤なのかもしれない。


 

ボクとショウは、ムエタイの

ことなど、すっかり忘れ、

彼女に魅入っていた。

 

コーチはこれまたボクらと

同じくニヤついたニポン。

そりゃ、男子なら、男相手に

マジ・キックを受けるよりは、

かわいい女の子から

猫パンチを食らう方が、

どれほど楽しいだろう。


 

ボクとショウは妄想にふける。



「若く見せてるけど、

結構いってんで。

30は過ぎてると思う」


 

ショウの言葉にボクは驚く。



「そんなにいってるか?

オレらより、オカンのほうが

年近いんちゃうん?」



「それはないやろ。それに

オカンと比べんのやめろ」


 

しばらく、ボクとショウは沈黙して、

その女性を見ていた。



リングの上ではラーさんが、

一人の男性とスパークリングし、


ニポンが女性とじゃれている。


もう一人の男性は、黙々と、

柔軟体操をしていた。


 

ボクは女性を見ていて、

なんだか人形みたいにきれいだな、

と思った。


 

しばらくすると、女性は疲れて、

リングから出てくる。


ニポンは仕方ないと行った様子で、

ストレッチしていた男性と

スパークリングを始める。


仕事だ、当たり前だ、

とボクは憤然とする。


 

汗だくになった彼女が、

ボクらのとこにやってくる。



「ごめん、ちょっと、

グローブ取ってくれへん?」


 

自力で取れないわけではない

であろうグローブの片方を

ボクが取ってあげると、

もう片方はさすがに自分で外して、

タオルで汗をぬぐいながら、

ゴクゴク、ミネラルウォーターを

飲んでいる。


 

ボクらが、ぼんやりそれをみていると、

彼女は化粧の乱れをちょっと気にしたように、

遠くにある鏡を見ながら尋ねてきた。



「見学の人?」



「はい、見学しにきました」


 

あまりにまじめな受け答えに、

ショウが声を立てて笑った。



彼女はボクらをじっと見た。



「高校生かな?どこの高校?」



あいにく、彼女の知らないマイナーな

私立高校だったが、

ボクらはついでに自己紹介をする。

ボクらが名乗ると、彼女も名乗った。



「私は、西崎みく。よろしくね」



「みく、さん?」


ショウが聞き返す。



「そう、ひらがなで、み・く」


 

ショウの目がボクに、

意外と若いかもな、と訴えている。



それにしても、近くで見るみくさんは、

汗だくでもきれいだった。

肌はファンデーションがしっとり貼りつき、

地肌もなめらかなんだろうと想像できる。

派手なマスカラも汗にながされることのない

ウォーター・プルーフなんだろう、

と後々、ショウが教えてくれた。

本当になんでもよく知っている

ヤツである。


 

ボクは、まさか今から仕事ですか、

とは聞けず、

逆にお仕事帰りですか、と尋ねた。


 

みくさんは、ボクたちをじっと見つめ、

笑った。



「うん、仕事帰り。

OLしてると、デスクワークばっかりだから、

ここで汗を流して帰ることにしてるの」


 

ええ、OLかい!?

マジかい?


とボクらは心の中で叫ぶ。



「ここら辺の会社ですか?」



「うん、そうよ」


 

みくさんはサラッと流した。


 

ラーさんに自分の生徒を

押しつけたニポンが、リングから出てきた。

最初、ラーさんとスパークリングしていた

相手はもう十分汗だくで、

帰りのストレッチを始めている。


 

ニポンは、さすが陽気な

お国柄だけあって、

元々、僕らの会話に入っていたかのように

話かけてくる。



「みくさん、すごいよ、

週に3回はここ来てる」



みくさんはニポンを嬉しそうにこづく。



「こらー、いらんこと言わんでいいの。

私、よっぽどヒマ人みたいやん」


 

ニポンはデレデレで、

みくさんに接している。


今日は男ばかりだからよかったけど、

他の女子の会員さんは、

常日頃この状況をどう見ているのだろう。


みくさんが来る日は、女性会員は

避けているのかもしれない。

で、また、ラーさんもニポンを

注意しないところがすごい。



「みくさん、そんなに汗かいても、

きれいですね。

きれいな人は何してもきれいや」



「すごいね、ショウ君、

そういうの観察してるんや」



ボクは何だかムッとして言う。



「ショウにはきれいな姉が二人も

いるからな」



「全然きれいちゃうやん」 



ショウは拗ねたようにきっぱり言い切る。


が、みくさんは構わず続ける。



「へーぇ、お姉さん、いくつなん?」



「上が22で、下が19です」



ショウの言葉に、

ニポンが大はしゃぎした。



「22歳、ワタシとみくさんと、

同じね~」



みくさんは本気でニポンに怒った。



「もー、なんで人の年、勝手にいうの?

そういうの日本では犯罪やねんで」



「は、犯罪?」

オタオタするニポン。


 

秘密厳守という言葉が

わからないであろうニポンに、

みくさんは意地悪を言ったのが

ニポンにはわからないらしい。


 

が、そんなことはよそに、

その間、ボクらの心は決まっていた。

今日から、ここの会員になろう、と。


                   了

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