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 ナインは、その場に崩れ落ちる。

 取り落した銃が音を立てて床を転がった。


「俺が、アンドロイド………?」


 そんなはずがないという言葉を、銃声がさえぎる。銃弾が、彼の首を抉った。

 ニアが、ゆっくりと彼に近づいてくる。


「『自動兵器』。

 外の世界で帝国軍が使用している、戦車やヒューマノイドなどにAIを搭載した無人の兵器、兵士のことです。

 今までの型には高度な人工知能は搭載されておらず、単純な地形での敵殲滅、兵力の水増し、肉壁のような役割が主でした。あくまでも主力は兵士による有人戦闘で、自動兵器が戦争の主役に置かれることは無い、そう考えられてきたんです。

 特にヒューマノイド、つまり一型、二型アンドロイドは自動戦車と比べても性能が悪く、開発コストも他とは比べものにならないので第二次東岸戦争以前は開発も控えめでした。

 それでも、三型アンドロイドの開発が成された理由。

 それは、『アンドロイドの見た目が子供だったこと』です」


 ナインは首元に手を当てる。傷は急所を外れていた。破れた皮膚が指で擦れ、少し捲れる。


「軽量化のため、アンドロイドは極めて小柄な体型で製作されました。

 それが敵兵の目には子供のように映り、第二次東岸戦争では精神的に追い詰められる共和国兵も少なくなかったそうです。

 それを利用できると考えた帝国軍は、高性能な『人造の少年兵』の部隊を作ろうと画策した。機体のコストは大きいですが、AIは一度完成すれば複製は容易です。本来の目的以外でも、AIの開発は有用でした。

 まさかここまで人間に近いとは、私も予想してはいませんでしたが……」


 ガチャリ、と撃鉄を下ろし、ニアは再びナインに銃口を向けた。

 少年と少女の見た目をした二人が、正面から向かい合う。


「記憶が無い、と言っていましたね。ずっとこの施設にいた、とも。

 きっと、人間は体を損傷すると血が出る、ということも知らないのではないですか?

 人間は活動に水以外に食事を要するという事実も、知らないのでは?」


「……違う………」


「不眠不休で活動をして、突然意識を失うことはありませんでしたか?

 身体に異常があったとき、どこかの部屋に隔離され、意識を失っているうちに手術を受けたことはありませんか?」


「……違う…って……」


「貴方は、『人間』がどういったものか知らない。ただ、AIのもとになった人間の記憶の再現データと、『自分は人間だ』という知識があるだけ。

 貴方は………」


「違うって言ってんだろ!!!」


 ナインの叫び声が、だだっ広い部屋に虚しく響く。床に叩きつけた拳が、ミシリ、と音を立てた。


「俺は!!

 ……俺は………」


 叫ぶたびに、喉の傷から何かがこぼれ落ちる。

 さらさらとした、透明な色をしたそれはしばらく流れていた。こぼれ落ちる雫を握り締める彼だったが、それは一分も経たずに枯れてしまう。

 涙を流すことすらできずに、彼はただ叫んでいた。


 やがて、彼は顔を上げた。


 悲しみと諦めの混ざった視線を、ニアが握る拳銃へと向ける。

 彼の目に、人形のような少女の姿が映る。


「………ほとんど何も、思い出せないけれど、うっすらと覚えていることがあるんだ。

 大切な、かけがえのない誰かの、隣にいる、あの日の記憶。どこかあんたに似た、あの子の隣で過ごす日々。

 嘘だと、言ってくれよ…………こんな閉じた世界の中で、これだけは、俺のものだと思っていたのに………。

 俺は………」


 その時だった。


 ドーム型の天井の中心が、音を立てて開く。

 開いた穴は大きくなり、そこから無数の棺のような箱が姿を現した。


 その棺が、同時に開く。中からいくつものの手が、足が、人の身体が現れる。


 いくつもの人型が、箱から切り離されて床に落ちる。不自然に重たい音を立てて床に着地すると、彼らは糸につられた人形のような不自然な動きで顔を上げた。


 銃火器で武装を固めた彼らを見て、ナインは顔をゆがませる。


「……シックス………トゥ……ゼロ………ファイブ………。

 ………お前ら……」


 そこには無数の、同じ収容者たちが二人に銃口を向けて立っていた。


 二人を囲む、百を軽く超えるアンドロイド。全く同じ顔も、一つや二つでは済まない。全員がまごうことなき敵意の視線を二人に向けていた。


「ナイン!!」


 ニアがナインを突き飛ばし、床に押し倒した。

 その刹那、無数の銃声が響く。


 いくつもの弾丸が二人を掠めた。ニアは素早く起き上がるとナインを小脇に抱え、天井まで軽やかに跳躍すると、天井を蹴って上から包囲を抜ける。


 このままでは、二人ともやられてしまう。ニアに抱えられたまま、ナインは包囲の中に銃口を向けた。トリガーを引き、ハンドガンが火を噴く。

 必死になって撃った一発は、偶然にも一番手前にいたアンドロイドのこめかみに命中した。こちらを振り向こうとしていた少年の姿をしたアンドロイドは、均衡を失って仰向けに倒れる。

 ちらりと見えたその顔は、ナインと同じ部屋に収容されていたD325だった。

 ナインが、兄のように慕っていた相手だった。


 苦しむ間もなく、ナインは床に放り出される。

 バキッ、と何かが割れるような音が響いた。彼が振り返ると、ニアが足を押さえて蹲っている。


「おい、今の音、大丈夫か!?」

「………左足のギアが……」

「…………ッ!!」


 ニアの負傷は足首の関節のあたりだった。ナインは、残っていた自身の拳銃をニアのブーツに縛り付けて固定する。動けなくはない状態になったが、ニアも今までのような動きはできないだろう。

 その処置の間にも、アンドロイドたちは、こちらに向かってきていた。ナインは手に持ったハンドガンをニアに差し出し、言った。


「ニア。

 先に行け」


 驚いた様子で彼を見上げるニアに、ナインは無理やり彼女のハンドガンを押し付ける。


「これも、返す。

 お仲間がハッキングできるんだろ? 連絡して、エレベーターを上げてもらえ」

「ですが………」


「いいから行けッ!!!

 あいつらの相手は、俺だ!!」


 ナインの叫びに、ニアは心を決めたようだった。エレベーターの方を振り返ると、首元の通信機に手を当てる。


 エレベーターの扉が開き、ニアが乗り込んだのを見計らったようにすぐさま扉は閉まった。

 ナインは満足と諦めの入り混じった表情でアンドロイドたちの方を振り向いた。



 全員、彼が見知った顔だ。


 そこには仲の良かった友も、馬の合わなかった相手もいる。

 だが、どの顔も、狭苦しいあの世界でともに過ごした、同じ「人間」だと思っていた。


 彼らは今、ナインという敵に対し、ただの「軍用アンドロイド」として銃口を向けている。

 そこにいるのは、仲間たちの顔をした、無機質な敵だった。


 彼らに向かって、ナインは走る。

 そのまま彼らの横をすり抜け、25番からサブマシンガンを奪うとがむしゃらに銃を乱射する。


 ナインにはもう、敵意も、闘志も、微塵も湧いてこない。

 ただ銃を撃ち、弾が無くなっては他の銃を奪い、そして撃つ。

 無数の弾丸が体を貫いても、足が動かなくなり、左手が半分吹き飛び、右目が潰れ、体がぐしゃぐしゃになっても、ただ虚ろに銃を撃ち続けていた。



 気づけば、壊れたアンドロイドの山が出来上がっていた。


 体もボロボロで動かない。視界も半分は暗転して、もう半分も色を失ってモノクロの世界が映るだけだ。


 終わったのだろうか。


 そんなナインの微かな期待を裏切るように、天井から再び音が鳴り響く。


 かすむ視界で見上げた先には、新たに開いた棺の中から覗く、見覚えのある姿があった。

 十、二十と無数に産み落とされる彼らに、ナインは引き攣った笑みを浮かべる。


 見間違うはずも無い。



 何十という数の自分自身が、彼に銃口を向けていた。


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