while(beside == you){devote(3, life);}
この施設は幾つかの建物から成り立っていて、その間の行き来は厳しく制限されている。
今いるエリアには管理室らしきものは無く、四方向にそれぞれ別のエリアへと向かう扉が付いていた。ナインたち収容者が自由に通ることができるのはそのうちの一つだけで、主に軍事訓練、戦闘訓練のために使用される。
その他の扉は硬く閉ざされ、彼らに通過の許可が下りることは無い。
ニアは外部から侵入してきたようだが、内部構造の詳しい情報までは得ていないようだった。内部コンピューターへの侵入は出来ず、手元にある情報は衛星写真から得られた3Dマップくらいだという。
そこからわかることは、二人のいるこの建物と同じ構造のエリアが複数存在し、それらが円形に並んでいるということくらいだ。
情報は少ない。だが、最低限はそろっている。
「このエリアは俺たちの生活エリアだ。数人の収容者がまとめて入れられる大部屋があるだけで、他の部屋が設置できる空間は無い。
そして、それと同じ建物が円形に並んでるってことは恐らくその建物は俺たち以外の収容者のエリアだと考えられる。
となると、管理室は……」
ナインの後ろを歩くニアが、その答えを引き継ぐ。
「円の中心、というわけですか。
それならば、施設や収容者を監視・管理するのに便利ですからね」
ニアの言葉に、ナインは頷く。
「さっき言った訓練エリアは円形じゃないし、このエリアよりも広い。マップを見る限り、あれが円周上の建物の一つということは無いだろうし、広さから考えても円の外側に位置するはずだ。
つまり、訓練エリアとは反対に位置する扉が中央の建物へ繋がっているはず」
そうこうするうちに、二人は目的の扉の前まで来ていた。壁と同じ、白い陶器のような不思議な材質の扉にはモニターが埋め込まれていて、軽く触れただけでも警告のメッセージが浮かび上がる。
「通れないようですね」
「まぁな」
「どうするんですか?」
「どうするも何も、俺にはどうもできない。
というわけで、頼む」
「………なるほど、そういうことですか……」
ニアは呆れた様子で、ナインの前に出る。ナインは逆に後ろに下がって扉から距離をとった。
ニアは何度か感触を確かめるように扉を触っていたが、やがて準備ができたのかゆっくりと腰を落とし、正拳突きの構えをとる。
数秒の静寂。
刹那、それを引き裂く轟音。
「ヒュウ、乱暴だな」
先ほどまで扉のあった場所には瓦礫ができ、壁には大きな穴が開いていた。大きく開いた穴の先には、またもや変わり映えのない通路が続いている。
ふぅ、と息を吐きだしてニアは構えを崩す。
「さすが」
「リミッターを外しているので、何度も使える技ではありません。
使用が許可されているのは、あと二回だけです。整備費用の桁が三つほど変わってしまいますので」
「なるほど、あとぶち抜ける壁は二枚だけか」
軽く茶々を入れながらも、ナインは奪ってきたライフルを構え、辺りを見回す。
ナインたちのような警備は配置されるが、最終防衛線で動くのはAIによる自動警備システムだ。ナイン自身も詳細は知らされておらず、自然と動きは慎重になる。
先の方に見えた監視カメラを撃ち抜きつつ、ニアに良しの合図を送る。
ぶち破った扉の向こうは下り坂の通路になっていた。割とすぐに別のエリアに着くと考えていたナインだったが、通路は予想以上に長く、下り勾配の無くなった先は通路の天井が邪魔でよく見えない。
「面倒な構造してんな。
カメラを見つけたら教えろ。それか自分で撃て」
「……意味はないですよ、そのようなことをしても」
ナインの警告など気にも留めずに、ニアは無防備な姿をさらして通路の真ん中をつかつかと歩いていく。
「あ、おい、ちょ、バッカ!! 撃たれたらどうすんだ!?」
「ジャンプで避けます」
「出来たら俺も苦労しねぇんだよ!!」
小声で悪態をつくナインだったが、彼の心配をよそに何事もないまま通路は終わり、また先ほどと同じような扉が現れる。
「……なんもなかったな」
「あの扉を壊してしまったので、退路を塞ぐことを優先したのでしょうね」
ナインは腑に落ちない表情だったが、ニアの方は全く表情が変わらない。冷淡にすら聞こえる口調で、淡々と現状を分析していた。
「……要するに、罠か」
「ええ」
「大丈夫かよ……」
「私の同胞は優秀ですから。
レイ、聞こえますか?」
ザザッ、という音とともに、ニアの方から誰かの声が聞こえた。
ニアの“耳”が何処にあるのかナインには見当もつかないが、ニアは人間で言う耳のあたりに手を伸ばす。ナインも耳を澄ませてみるが、さすがに彼のところまで通信の声は届かない。
ニアが二三言話すと、丁度目の前の扉が開く。
「ありがとうございます。
え? 違う?
………なるほど」
ニアが扉の向こうを見て、すっと目を細める。
どうやら、これは勝手に開いたらしい。
扉の向こうは真っ暗だ。所々に小さな緑の明かりが見えるが、広さに対して明らかに照明の量が釣り合っていない。
ナインとニアは互いに目を見合わせ、そしてうなづくと二人同時に仲に飛び込んだ。
ガチャン、と手元で何か音がした。
扉から数歩進んだところで、二人とも立ち止まる。
「何の音です?」
「あぁ、くっそ。
………発砲禁止エリアだ。施設の銃火器全てに遠隔操作でロックがかかる」
「外せます?」
「無理だ。警備システムにハッキングしないと」
「……私のを貸します。ハンドガンですけれど」
「済まない。弾以外はあとで返す」
「弾もちゃんと返してください。新品で」
そうこうしているうちに、今度は後ろの扉が閉まる。
聞きなれた開閉音に混じり、何かロックがかかるような音もナインの耳には聞こえた。
「あ」
「想定内です。どのみち脱出経路は別ですから」
閉じた扉を見て、ナインは軽く唇を噛む。何かを呟こうと口を開きかけたが、それを必死に飲み込んでニアの方を振り返って、その背中を追いかける。
ナインを置いて先に進んでいたニアだったが、何かの機械の前で立ち止まっていた。辺りが真っ暗なせいで機械の全体像などまともに見えやしないが、ガラス張りになった前面の方は後方から緑色のランプで照らされていて僅かに明るい。
「……暗いな。おい、何かあったか?」
何やら機械を見上げたままのニアの肩をたたく。
ニアの顔にははっきりと、驚愕の表情が浮かんでいた。
彼女の視線を追い、ナインは機械に目を移す。
それを見たナインは、驚きのあまり言葉を失った。
「………C3……0…6……?
シックス、なのか……?」
ガラス張りの機械の中には、一人の少女がぷかぷかと浮かんでいる。
眠っているのか、彼女はこちらが近づいても微動だにしない。だが確かにそれは、彼と同室の収容者の一人だった。
「……見つけました」
ニアが、何やらぽつりとつぶやく。
ナインが彼女に何か訊こうとするが、彼の伸ばした手は空を切る。ニアはそのまま、ところどころ翡翠色の光が照らす暗闇の中を慌てた様子で駆けていく。不安げな表情を浮かべながらも、ナインもまた彼女を追った。
やがて二人は円形の建物の外壁までたどり着く。鉄製の無骨な螺旋階段が、壁に沿って上まで続いていた。
カンカンカンと二つの足音が響く。建物の天井は高く、なかなか上の階に辿り着かない。
二人の足音が、次第に離れていく。ナインが一抹の不安を感じ始めたところで、唐突に足音が一つ消えた。
一拍おいて、暗闇の中に突如、小さな穴が開いた。夜空の星のように小さな光が見える。ナインは遅くなり始めていた歩調を早め、その小さな光の中に飛び込んだ。
明るさに目が慣れるまで、しばらくかかった。
そこには、一面が真っ白の、無機質な風景が広がっていた。
他の部屋と同じ、陶器のような質感の白い壁と床、そしてドーム型の天井。
目立ったものと言えば、さらに上の階へと向かうエレベーターらしきものと、だだっ広い部屋の中央に設置された大きな機械。
その機械の前で、ニア=アイデントは銃を構えて立っていた。
しっかりと、照準をナインに向けている。
「………どういうつもりだ?」
「貴方は下に戻った方が良い」
「情けのつもりか?」
「いいえ、警告です。
ここから先は、連れていけません」
ナインも、静かにニアに銃口を向ける。
「言っただろう? 俺は外に出る」
「無理です」
「いや、そんなことは………」
「無理なんですよッ!!」
白い髪の下の鉄仮面が、苦しそうに歪んだ。
ナインは銃を構えたまま、ニアとの距離を詰めていく。
「無理なんです……。貴方は………」
ニアはそう言って目を伏せる。
その時、ニアに隠れて見えなかった後ろの機械が彼の目に映った。
下の階にあったものと同じだ。前面にガラス張りの水槽が設置された、大型の機械。
そして、その中に。
「………俺……?」
ナインと瓜二つの少年が浮かんでいた。
あたりに銃声が鳴り響き、硬直して動けないナインの頬を弾丸が掠める。
苦痛と悲愴をかみ殺したような顔で、静かにニアは言った。
「………ごめんなさい。
でも、仕方がないのです。
対象、新型兵器『三型アンドロイド』アタッカータイプ19番、これより破壊します」