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施設中に響き渡るように、聞きなれない警報が繰り返される。シミ一つない清潔ながらも無機質な壁、その中に埋め込まれたスピーカーから聞こえる合成音声は、非常事態とは思えないほどに淡々と同じ文言を繰り返していた。
「警報。警報。侵入者三名。
全収容者の武装、戦闘行為を許可する。速やかに対象を確保、または殲滅せよ。
繰り返す………」
その放送を尻目に、少年は壁に設置されたモニターに手を当てる。手は小刻みに震えてはいたが、マニュアルの内容までは忘れてはいない。
「申請。コードA319。
武装の支給、一時的使用の許可を求める」
「コード認証。光彩、ICデータ一致。
銃火器を含む、一切の武装の使用を許可する」
ガコン、という音とともにモニターが二つに割れ、その奥からアサルトライフルとハンドガン二丁が顔を覗かせる。
銃の隣に吊るされていた防弾ジャケットに袖を通し、マニュアル通りに弾丸などの装備品を確認すると、ハンドガンをホルスターにしまう。アサルトライフルを手に取った瞬間に、ピッと何かの機械音が聞こえたが、既に一切の権限が許可されているのか何も起きない。
随分と、マニュアルの手順が飛ばされていた。本来なら、こんなにも手放しで権限は与えられない。それだけの緊急事態、それだけの相手だとでもいうのだろうか。
少年は不安を押し殺すようにブンブンと首を振ると、担当の区域の巡回に入る。
無機質な通路はどれほど歩いても代り映えのしない光景で、しっかりと数えていないと曲がるべき角もわからなくなってしまう。正しい道を巡回できているか不安になるこの状況で、別の収容者とすれ違う時間までしっかりと設定された巡回のマニュアルは逆に少年の不安を取り除いていた。
殺風景な通路をしばらく歩くと、少年の巡回路で唯一他と景色の違う場所に出た。放射状に延びる通路が交わる、ひときわ大きな円形の広間。窓など一つもない他の場所とは違い、ここだけは天井に日の光を通す曇りガラスが張られている。
少年と同時に他五人の収容者も顔を見せた。
みんな、少年と一つ二つほどしか年の違わない少年少女ばかり。お互いの顔を見て敬礼をすると、円形の壁に沿って全員の収容者が同じ速さでぐるりと回る。次の通路にたどり着き、もう一度広間の中心を向いて敬礼をした。
その時だった。
ガシャン、と大きな音を立てて天井の曇りガラスが割れる。
突如差し込んだ日の光を遮るように、何かの影が一つが広間のど真ん中に落ちてくる。
広間の中央に綺麗に着地したそれは、ヒトの形をしていた。
ふわりと揺れる、黒いフレアスカートと白い髪。真っ白で汚れ一つないブラウスと、その上からベルトで括り付けられた無骨なナイフと拳銃の数々。
ゆらり、と彼女は立ち上がり、緋色に煌めく瞳が少年を睨む。
広間にいた六人の収容者が、同時に銃を構えた。全員が迷うことなく、即座に引き金を引く。だが銃口が火を噴くよりも一足先に、彼女は動いていた。
一瞬、少年は何が起こっているのかわからなかった。
目の前の、十代半ばといった年頃の少女は踊るように跳び上がったかと思うと、六発の弾丸を全て紙一重で躱して元の場所に降り立ち、そして姿を消した。
いや、姿は消えていない。
視界の隅で、宙を舞う一人の収容者の姿と、先ほどの少女の姿が映る。
だがそれも一瞬、すぐさま彼女の姿は消え、次の瞬間には別の収容者が壁に打ち付けられる。
あまりの速さに照準も合わず、少年は銃を乱射するが、一マガジンを撃ち終わるよりも前に、彼は他の収容者と同じように吹き飛ばされていた。
どうやら、彼は広間の中では最後の一人だったらしい。白髪の少女はもう他の誰かを狙いにはいかず、ただ彼のことを見下ろしていた。
特徴的な彼女の姿、そして人間離れした戦いの様子。少年は彼女が何者かを一瞬にして悟る。
「黒鉄の乙女……?」
その名前が嫌いなのか、少女は僅かに顔をしかめる。
五年前のことだ。この煌鳳帝国と、海の向こうの星華共和国、東岸二国の間で続いていた第二次東岸戦争に直接介入した民間団体があった。
通称“黒旗”。一切の手段を択ばず、戦争・紛争の被害を最小限に抑えることだけを行動理念とする、どの国色にも染まらぬ黒い旗を掲げる集団。
だがその実態は多数のために少数を切り捨てるという行動も多く、彼らのせいで生まれた犠牲も少なくない。彼らは両国に数多の犠牲を出した上に、帝国が戦況有利だった戦争を強制的に終わらせることになる。
彼ら黒旗の戦いの中心には、一人の少女がいた。
彼らの戦力の一角を背負い、単騎で一個小隊すら相手にすると言われた少女。彼女についてのデータは、彼も受け取っている。
ニア=アイデント。
第一級警戒対象。黒旗の最高戦力。その姿はいつしか「黒鉄の乙女」と呼ばれ、戦場では伝説とまで言われる。
銃火器ですら傷一つ付けられない、最強最悪の兵士。
怯えた様子を見せていた少年だったが、ふとあることに気付くとそれは驚愕に変わる。
バチバチと火花が散るような音、何かが回るような駆動音、不自然に揺れるナチュラルボブの髪と、その間から見える、丁度耳のあたりに埋め込まれた空冷ファン。
「まさか、機械……?」
その言葉に、彼女はさらに嫌そうな顔をして見せた。