9 全部ナチスってやつの仕業なんだ!
俺は三日目の朝も藤沢と共に公民館で迎えた。
二日目は逃亡に失敗して死ぬ二人を見届けた後、カルロスが残した信号探知機を充電するために漁村で発電機が無いか探し回っていた。カルロスは信号探知機のバッテリーが切れている事を黙っていたのだ。狡猾!
藤沢は、
「河戸を見つければ充電できるけど、河戸を見つけるためには充電が必要。ままならないものだね」
と言って笑っていた。
笑いごとじゃないんだよなあ。こっちは死活問題だよ。
三日目朝6時になり、今日も島内放送と共に一日が始まる。窓際で二人揃って時計を見ながら耳を澄ませていると、ピン(↑)ポン(↑)パン(↑)ポン(↑)と人生で一番馴染みのあるチャイムが聞こえてきた。来た。
『マイクテスト、マイクテスト。本日の天気は曇りのち雨。はい。皆さんおはようございます。ゲーム運営です。生きている方はお疲れ様です。死んでいる方はくれぐれも死んだままお聞きください。今朝までの犠牲者を発表します。
出席番号15番、中間 我太くん。
出席番号19番、灰木 公山くん。
出席番号27番、藻内 権くん。
出席番号28番、六出 カルロスくん。
以上4名が死亡しました。生存者は22名です。
女子の皆さんは頑張って生き残っているようですね。男子のみなさんは少し死に過ぎです。自分の命を第一に殺しましょう。
生存者が三分の二になりましたので、一時間後にゲームエリアの縮小を行います。地図に描かれた大きな赤い円の外側は消えます。急いで内側へ移動しましょう』
ピン(↓)ポン(↓)パン(↓)ポン(↓)、と馴染みのあるチャイムで放送は締めくくられた。
俺と藤沢は顔を見合わせた。
「消える? 消えるってなんだ」
「伏見くんもそう聞こえたか。ふむ、ちょっと見に行ってみよう」
「は? どこに?」
「円の端に」
「なんで?」
「それはもちろん、面白そうだからさ。ね、行こう?」
藤沢が俺の制服の袖を引っ張って首を傾げ、可愛らしくお願いしてくる。
その仕草があまりにも可愛くて、俺はたまらなくなって衝動的に抱きしめた。
「わ」
藤沢は小さな声を上げた。
あれほど恐ろしい藤沢は華奢で、腕の中に簡単にすっぽり収まった。
なんだこの可愛い生き物は? クソッ、好きになっちまうだろ。
意識しないようにしてたのに。こんな美少女と一つ屋根の下で暮らして意識しない男子高校生なんていねーよ!
「んー、伏見くんは人間みたいな匂いがするのだね」
「…………まあな。匂いには気を使ってる」
腕の中でふんふん鼻を鳴らしていた藤沢が呟き、一瞬で激冷えして体を離した。
今死にかけたんじゃね? 頭も全身の血もヒエッヒエだ。冷や汗凍ってない?
「えぁー、その、なあ藤沢、俺達不死者仲間だよな」
「もちろんだよ」
「人間は?」
「足を折る」
「OK」
完全に理解した。
もう忘れない。
適切な距離を保って一生お友達でいような。
「それで今のは一体なんだったんだい?」
「いや、なんとなく」
「ふーん? 乱暴にしないならまたしてもいいよ」
藤沢は悪戯っぽく笑った。
い、一生じゃないかも知れないな。
「ごほん、話を戻そう。円についてだが」
俺は咳払いをして無理やり話題を変え、手持ちの地図を広げた。
七丈島の地図には二重の赤い同心円が描かれている。俺達が拠点にしている公民館は外側の円と内側の円の間あたりにあり、内側の円のド真ん中には学校を示す地図記号が描き込まれていた。
島内放送によれば生存者三分の二でエリア縮小、円の外側が消える(?)。地図に描かれた円は大小二つだけだから、パターン化すると三分の一でもう一度エリア縮小があると推定できる。
つまり残り11人になったら二度目のエリア縮小。確定で生存する不死者が10人分の枠を取っているから、二度目の縮小が起きる時にはもうデスゲームは終わったようなものだ。11人目の枠に入ったらもう運営がゲーム終了宣言してくれたりしないかな。
運営がどこまでデスゲームの状況を把握しているか分からないからなんとも言えない。死者の名前をカウントしているだけなのか、不死者が混ざっている事に気付いているのか……
相談の結果、公民館の屋根の上から外側の円のラインに相当するあたりが見えるので、そこから見物するだけで済ませる事になった。見物が終わったら内側の円の中心である学校を見に行く。この立地に誰もいないという事はないだろう。
藤沢は堂々と、俺はゴミ袋を被ってなけなしの迷彩をして伏せながら屋根に登り、時間が来るのを待つ。
そして島内放送が宣言した一時間後の朝7時になると、耳をつんざく爆音と共に円の境界線の外側が爆発・崩落していった。
白と灰色に濁った粉塵を上げて大地が崩れ、波にもまれ海に沈んでいく。
嘘だろ。『円の外側が消える』って物理的にかよ。
「正気か……?」
「むう。運営は気に入らないが、エンターテイナーとしては認めざるを得ないようだね」
藤沢が何やら悔しそうにほざいている。
地形を変えるエンターテイメントがあってたまるか。やべーぞ、七丈島の形が真ん丸になっちまった。 無茶苦茶しやがる。エリア制限っつっても絶対こんな大掛かりにする必要なかっただろ。
デスゲーム運営の常軌を逸した仕掛けに衝撃を受けた俺達は、爆音と振動が収まってから屋根を降りて島の中央の学校へ向かった。
こんなデスゲームさっさと終わって欲しい。切実にそう思った。
出席番号4番、有留場凛は改造人間である。金髪碧眼、高身長。完璧に均整の取れたしなやかなスタイルと厭世感が滲む美貌を併せ持つ。テストの点は悪くないが、サボりや居眠り、飲酒、喫煙の常習犯で内申点は最悪の一言。
そんな有留場出生の秘密を語るためには第二次世界大戦中のドイツにまで遡らなければならない。
1945年、ドイツの実権を握っていた国家社会主義ドイツ労働者党――――通称ナチスはアーネンエルベと呼ばれる研究部門を擁していた。アーネンエルベは俗に言うオカルト研究機関であり、魔術や呪術、超能力を大真面目に研究し兵器転用を目論んでいた。
当時の彼女は熱心なナチ党支持者であり、学生ながらアーネンエルベの門戸を叩き危険な人体実験に志願。熱意と健康で頑丈な体、ナチスが提唱した完璧な人類・アーリア人の特徴を備えた容姿を評価され、超人計画の被験者として採用された。
彼女はそこで「Waffe X」のコードネームを与えられ、様々な人体改造手術を受けた。
ベルリン大聖堂に安置されていた吸血鬼のものと伝わる怪しげな紅い液体を血液に注入し、隕石から採取した金属で全身の骨を換装。爪は死神の鎌を溶かしたと言われる奇妙な材質の物質に置き換えられる。
新開発の様々な変異薬を立て続けに投与されてなお、Waffe Xと呼ばれ元の名を失った彼女は生き延びた。Waffe Xを除く他の被験者は全員過酷な実験に耐え切れず死んだ。
果たして無理に無理を重ねた無謀な実験は奇跡的に成功した。
Waffe Xは生来の生命力を飛躍的に増大させ、機関銃で全身を穴だらけにされても数秒で再生する超常的回復力を手に入れた。
隕石由来の金属骨格は頑丈さと身体能力を飛躍的に引き揚げ、戦車をひっくり返しロケット砲の直撃に耐えるほどの性能を見せた。
正しくWaffe Xは不死身の超人兵器となったのだ。
ところが、Waffe Xの実戦投入直前にドイツは降伏した。
アーネンエルベの手引きでドイツ降伏と共に同盟国であった日本へ亡命するも、間もなくして日本も降伏。
第二次世界大戦は終結し、Waffe Xは拳を振るう先を失くした。
途方に暮れたWaffe Xを拾ったのが藤沢家当主・藤沢ヴラドであった。
ヴラドは終戦直後の混乱に紛れ、Waffe Xに有留場家の戸籍を用意した。数年の間精神的に不安定であった有留場の面倒を見た。
藤沢家に逗留する間に有留場は自分が年を取らない事に気付いた。鏡に写る変わらない自分の姿と見つめ合い、不死者になった事を受け入れた。
それから有留場は世界中を旅した。長い長い自分探しの旅だった。若い見た目の女性の一人旅だったが、有留場に危険などなかった。
ある日、有留場は旅先で大恩人であるヴラドからの手紙を受け取った。なんでも娘が高校に入学するという。
有留場の学生生活はアーネンエルベの門戸を叩いたあの日に中退で止まっていた。有留場は学校を卒業して自分の中に区切りをつけよう、と考えた。長い自分探しがようやく終わる予感がした。
結局、年齢も価値観も違い過ぎ、不死者特有の人間から畏れられる性質もあってクラスに馴染めなかったが、悪い生活ではなかった。歳の離れた不死者の友人達もできた。
そして有留場凛はデスゲームに巻き込まれた。
デスゲーム三日目の昼前、有留場は校舎裏の自転車置き場の軒下で打ち捨てられたバイクを修理していた。有留場は旅先の移動手段に大抵バイクを使っていて、バイクというものに親しみを持っていた。走った方が速いのだがそこはそれ、風情が違う。
作業中汚れても良いように有留場はジャージに着替えている。校舎の保健室に置きっぱなしになっていた古いジャージだ。
「おや、凛か」
「お嬢」
のんびりお散歩してやってきた藤沢に、有留場はスパナを持った片手を上げて応えた。恩人の娘にはそれなりに敬意を払っている。
が、隣にいる伏見は別だ。有留場は親切心から警告した。
「お嬢、あまり人は信用するな」
「ああいや、伏見は不死者だったよ」
伏見に視線を移すと、マシンガンを持った両手を上げて降参のポーズを取った。
「そうか。なら言う事はない。よろしく、伏見」
有留場は納得して修理作業に戻った。思い当たる節は多かった。
恐らく、伏見は人魚だ。
現代に生き残った人魚は皆ヒレを隠し人間に化けて暮らす術を心得ている。
伏見は不死者である自分達に普段から畏れる事なく普通に話しかけてきていた。人間のような気配をしているが、昔旅先で会った人魚も人間そっくりの気配をしていた。
カラオケで綺麗な女声を出していたのも証拠の一つ。人魚は男でも生まれつき美しい女性の声で歌える。本人は息子と女性ボーカルの曲をデュエットしたがる母親に合わせてボイストレーニングをした、などと言っていたが、ただの誤魔化しだったに違いない。
人間がデスゲームに乗じて藤沢に近づき利用しているようならこっそり首をもぎ取って殺すところだが、不死者だというなら何も問題ない。
伏見はバイクの隣に転がっている死体を見下ろし、マシンガンの先で恐る恐るつつきながら言った。
「……あー、独野見が変な格好で寝てるな?」
「死んでる」
有留場は端的に答える。
伏見はスゥーッと息を吸って距離を取った。
「殺したのか」
「勝手に死んだ」
どうやら伏見は人間に気遣うタイプの不死者らしい。少し面倒だったが事情を説明する。
彼女は出席番号14番、独野見慧蓮。
独野見は男性恐怖症気味で、そのせいか女性を信用し過ぎる傾向があった。一日目に校舎にやってきた独野見は不良の有留場を怖がっていたが、偶然やってきた殺人鬼を有留場が一蹴するのを見て態度を改め、べったりくっつくようになった。
人間は信用できないが、独野見は食事を作り風呂を用意しジャージを探してきて、と何くれとなく有留場の世話を焼いてきて便利だったので好きにさせておいた。
関係性が変わったのは昨晩の事だった。全身金属骨格の有留場は見た目より遥かに重い。古い校舎の床板を踏み抜き、尖った木の板で足を裂いてしまった。
それを目撃し慌て駆け寄ってきた独野見が急速再生する現場を目撃してしまったのだ。
絶句する独野見に有留場は自分が不死者である事を明かした。
デスゲームのルール上、何もしなくても不死者以外は皆死ぬ。正体を明かしたところで自動的に口封じされる。言っても言わなくても大差ない。
独野見はショックを受けた様子で色々根掘り葉掘り質問攻めにしてきたが、有留場は全て無視した。独野見の態度は自分の正体を知った人間によくある反応の一つで、何を説明しても納得しない奴は納得しないし、納得する奴は黙っていても勝手に自己解決すると知っていた。
その出来事の翌朝、デスゲーム三日目。独野見は思いつめた様子でバイクを修理する有留場の元にスープを持ってきた。
私と一緒に飲んでくれる? と震えながら聞いてきたため、小腹が空いていた有留場は遠慮なく受け取って飲んだ。独野見は嬉しそうにして、有留場にすり寄り、もたれかかって、自分の分のスープを口にした。
そして白目を剥いて血の泡を吹き、痙攣して死んだ。
スープには毒が入っていたのだ。
有留場には毒が効く。が、すぐに回復するため事実上効かないようなものだ。
まだ少しお腹が空いていた有留場は独野見の服を漁り、ポケットから毒入り薬瓶とクッキーを見つけた。その両方を食べて腹を満たしバイクの修理をしているところに藤沢と伏見がやってきた、という訳だ。
「要するに無理心中か。メンヘラこえぇ」
事情を聞いた伏見はドン引きして独野見から更に距離を取った。
藤沢は別の事に興味を持ったようだった。
「凛、その殺人鬼って誰だい? 渕?」
「古武士剛だ。聞いてどうする」
「今ちょっとビーチバレーのボールを集めていてね。凛もやるかい?」
「私はいい」
有留場が断ると、藤沢は夜は公民館にいるから猫塚か河戸を見かけたら教えて欲しいと言い、顔色の悪い伏見の手を取って機嫌良さそうに立ち去った。
有留場は二人を尾行する殺気を押し隠した人間の気配に気づいていたが、特に何も言わなかった。
不死者は死なない。襲われても二人共問題ない。
有留場は再びバイクの修理に集中した。