7 殺し合いなんてできない! 僕達は島を脱出する!
俺と藤沢はデスゲーム一日目の夜を漁村の外れにある公民館で明かした。
藤沢が狭くてカビっぽい民家に泊まるのは嫌だと駄々っ子吸血鬼になったため、一日目の午後一杯は漁村で一番広い建物である公民館の清掃と近所からの物資搬入に費やした。
ちなみに俺が公民館内の清掃整理を担当し、ゴリラパワーの藤沢が物資を運んだ。昼間にノコノコ目立つ場所を歩いてたら狙撃一発で死ねるからな。通りの真ん中を堂々と歩いてソファを運ぶなんて俺にはできない。
旅の道連れ・渕くんは公民館整備に不参加だ。
両足を折った渕くんはシーツを割いて作った紐で縛り上げ鍵をかけた倉庫に閉じ込めてある。藤沢は途中にあった診療所に寄って全身の血を抜き取って殺そうと言い出したのだが、俺が止めた。
渕くんは気絶から覚めた直後に藤沢を見て悲鳴を上げたため、顎を殴り砕かれて喋れなくなっている。事情は聞けないが、藤沢だけでなく渕くんにとっても災難な事だったろう。
これは一人しか生き残れないデスゲーム。協力し合っても結局最後は殺し合いになる。話し合っても交渉しても最後は殺し合いだ。それなら最初からいっそ……という事だったのではないだろうか。俺も藤沢と事故を起こさなければ殺しにいく事はなくても遭遇は避け、協力し合う事もなかった。
小柄で弱そうな藤沢を狙って確実に殺しておくというのは間違ってはいない。決して正しくもないが。
悪いのはこんなデスゲームに俺達を閉じ込めた運営であって、精神的に追い詰められて思い切ってしまったのだろう渕くんには情状酌量の余地がある。
藤沢は渕くんは殺人鬼だと言うが人外生命体の主張は到底鵜呑みにできない。殺人鬼と形容できるほど人をバカスカ殺してたらとっくに警察に捕まっているに決まっている。渕くんが捕まったという話は聞いた事がない。
しかし一方でクラスメイトに命を狙われた藤沢のショックと怒りも理解できる。許せはしない。
俺もどんな事情であれ自衛ではなく積極的に殺人を選んだ渕くんを無条件に解き放つほど楽天的ではない。
だから折衷案として渕くんは予備の命として生かしておこう、と提案した。
丸一日誰も死者が出ず「3. 二十四時間連続して死亡者が出なかった場合、生存者は全員首輪が爆発して死にます。」のルールに引っかかりそうな時に殺せばいい。
それが俺にできる最大限に平和的で現実的な提案だった。
執行猶予期間中に何か事態が動いてデスゲームが中断される事を祈るばかりだ。
半日を丸々整備に充てただけあり、島民がいなくなり放棄されていた公民館はちょっとガタが来ている民宿程度の住み心地になった。俺は夜襲が怖く、正直護衛的意味で藤沢の傍を離れたくなかったが、まさか怖いから一緒に寝てくれとは言えない。
藤沢視点だと俺は不死者仲間なのだ。命を守るために護衛する意味がない。一緒の部屋がいいと言い出せば下心を疑われるのがオチだ。
俺は風の音や動物の鳴き声で何度も浅い眠りから起きる落ち着かない夜を過ごす事になった。
二日目の朝。
早朝の放送を聞いて死者の確認をした後、俺は災害時用非常食の缶詰と有り合わせの調味料で鍋を作った。昨日森を歩いている時に採ったキノコと山菜も入っていて栄養バランスもいい。
ちなみに猫缶は部屋の隅に積んである。アレを食べるのは最後の手段だ。
「ん、悪くないね。山菜採りなんてどこで覚えたんだい?」
「本読んだ。でも実際に採るのは初めてなんだよな。見分けやすいやつだけしか採ってないし毒草は混ざってないはず」
「まあ致死性の毒が入っていても死にはしないさ」
藤沢は自分の器からキノコを箸でとって除けながら呑気に言った。
いや藤沢が大丈夫でも俺は死ぬんで。不死者みたいに扱われたら死ぬぞ。すぐ死ぬぞ。
でも不死者じゃないから大切に扱って下さいと頼んだら足を折られるジレンマ。
この島で藤沢と会ってからドキドキしっぱなしだ。銀髪紅眼の嘘みたいな美少女だし、死が隣で汁物すすってるみたいなもんだしな。
もそもそ朝食を食べながら雑談をしている中で変人グループの話になった。
「堀田は世界で唯一自我に目覚めたポルタ―ガイストなんだ」
「やばそう」
「いや、特別に強力な不死者ではないよ。動かせるのは物だけ。生き物は無理。今操ってる人型人形は河戸に作ってもらったとか言っていたかな。ただ波長の合う道具の声を聞く事ができるから、上手く服飾品の声を拾えれば人探しに役立てる。道具以外に興味が薄い奴だが、まあ、手伝ってくれると思うよ」
やばそう。
なんだよ波長って、ラジオかオメーはよぉ。俺の制服とかぱんつが「伏見って不死者じゃないんだぜ。ただの人間なんだぜ」とか言ったらそれ聞かれちゃうって事だろ。はわわ! 絶対会いたくない。
「堀田が見つかれば他の皆も見つかる。堀田も積極的に探しに行こう」
「ソッスネ」
会いたくないっつってんだろーが! 心の中で!!!
会いたい不死者なんていねーよ。吸血鬼だけでもうお腹いっぱいだよ。食いすぎてゲロしそう。
朝食を終えた藤沢は昨日に引き続き猫塚と河戸を探しに行くと言った。俺は一人で公民館に立てこもる案と藤沢についていく案を天秤にかけ、後者を選んだ。不死者ではないと気付かれた時を思うと恐ろしいが、藤沢のモンスターフィジカルは頼りになる。くっついていた方が生存率は上がるだろう。たぶん。
出発前に渕くんの様子を確認すると、なんと倉庫から姿を消していた。拘束に使っていた紐は解かれて落ちていて、這いずったような跡が森まで続いている。倉庫の扉は閉まったままだったが、どうやら窓の格子を外して脱出したようだ。
藤沢はぷんすこ怒って落ちていた鉄格子を地平線の彼方に投げ捨てた。
「余計な事を。どうして大人しく死を待てないのだろうね」
「無茶言うな」
クラスメイトの女子が豹変し不死の怪物としての本性を現し襲い掛かってきて、保存食(?)として閉じ込められたのだから恐怖の一晩だっただろう。誰だって逃げる。
逃がさないために縛り上げて閉じ込めたのだが、両足を骨折しているのに縄抜けして窓の格子を外して這って逃げるとは全く恐れ入る。手品師か何か?
とはいえそう遠くには逃げられないだろうと追跡した俺達は森に入ってすぐに痕跡を見失った。漁村から来た足跡が這い跡に合流し、どうやら背負うか抱えるかしてもらって機動力を上げたようなのだ。足跡も小川に差し掛かったところで消えてしまっている。
獲物を逃がした吸血鬼が怒り狂いはしないかと戦々恐々だったが、少し不機嫌になっただけだった。
「悪運の強い奴だ」
「どうする?」
「んー、いずれ始末するが……今はみんなを探そう」
大人しいな。いつも学校で話す時とほとんど変わらない。藤沢にとってはデスゲームはデスが取れた単なるゲームだ。いつもと調子を変える理由も無いか。
俺達は漁村を離れ、海岸沿いにある灯台へ向かった。灯台のてっぺんに「HELUP!」と書かれた旗が挙がっていたのだ。間違いなく誰かいる。
たぶん助けてと書きたかったんだろう。綴りが違いますね。
「少なくとも河戸と有留場ではないね」
呆れる藤沢に頷く。
河戸の学力はぶっちぎり学年トップ。中学英語は間違えない。有留場なら英語じゃなくてドイツ語を使う。
灯台に着くと、入り口からちょうど二人の男子生徒がでてくるところだった。
出席番号28番、六出カルロス
出席番号27番、藻内権
の二人だ。何やら大きな荷物を運び出している。
二人は俺達に目を留めるとビクっとして固まったが、何も持っていない藤沢とマシンガンを地面に置いて両手を上げた俺を見て安心したようだった。
安心しちゃったよ。核ミサイルのスイッチに手をかけたままゴム鉄砲を置いたようなもんなのに。
「六出! 藻内!」
銀髪紅眼の美少女藤沢に嬉しそうに駆けよられ、二人は荷物を降ろして満更でもなさそうに手を振った。変人だが見た目はアイドル顔負けの美少女だ。笑顔を向けられ喜ばない男はいない。
そして二人に駆け寄った藤沢は嬉しそうにローキックした。
「がぁあああああ!」
「ぎゃあああああ!」
ぺきん☆ぽきん☆と二人の右足をへし折った藤沢は満足気に頷いた。
有言実行~! 容赦無し!
「うむ。そのまま這いつくばって聞け。二人は猫塚と河戸を見ていないかな?」
「あああああ足ッッッがぁ!」
「い゛……あ゛……ッ!」
二人は悶え苦しんで質問が聞こえているかも怪しい。
すまないカルロス、ゴン。見ている事しかできない無力な俺を許してくれ。
「うーん、残念ながら藤沢家では黙秘権を認めていないんだよ。どれ、喋らないなら左足も」
「待て待て待て両足逝ったら喋れるものも喋れなくなるだろ。そこまでにしとけ」
「そう? 伏見くんは優しいなあ。天使の血でも入っているのかい?」
藤沢は本気で感心したようだった。本当に優しかったら最初から足折るの止めてるよ。
人間庇って藤沢に怪しまれるのも、クラスメイト達が藤沢に足を折られるのを見ているのも嫌だ。
なんだこの板挟み。胃が痛ぇよお。でも俺は俺の身を護るだけで精一杯なんだ。
公民館の救急箱から持ってきた痛み止めを飲ませてやると、ひぃひぃ浅い呼吸をもらしていた二人は落ち着いた。
「それで猫塚と河戸は? 見たかい?」
「み、見てない」
「見てないです……」
カルロスとゴンは首を横に振った。藤沢は舌打ちして俺の手を引っ張る。
「使えないな、全くこれだから人間は。無駄足だったね。行こう」
「まあ待て。ちょっと聞きたい事がある」
二人は『お前もか、お前もなのか』という怯えた目で俺を見上げてきた。傷つく。
確かに藤沢のモンスターキックを黙って見てた俺も怪物一味に見えるんだろうけどさ、そんな目で見ないでくれよ。文化祭の打ち上げのカラオケで一緒に国歌斉唱ロック歌った仲じゃん。逆にいえばそれ以外に大した思い出ないけど。
暇そうに腕にぶら下がってじゃれてくる藤沢は子供のように軽く、どこから怪力をひねり出しているのか想像もつかない。お転婆吸血鬼藤沢を適当にあやしながら、二人が運んでいた大荷物を顎で指して聞いた。
「ありゃなんだ? 二人の武器か?」
「え……」
「えーと……」
「取り上げたりはしないからさ。何か事情あるんだろ? 話してくれれば助けになれるかも知れない。俺は二人を絶対傷つけたりしない。な?」
言い淀んだ二人は優しく促すとすぐに口を割った。藤沢が「良い警官と悪い警官……」と呟いていたがそんなんじゃないからな。
「あれは楽器ケースだ」
「楽器ケース?」
尋ね返すと、カルロスの言葉をゴンが引き継いだ。
「灯台で見つけた。灯台は物置になってたみたいなんだ。気密性が高くて人が十分入れる大きさもある。それが二つ。これを舟にして島の外に脱出しようと思ったんだよ」
「ええ……」
楽器ケースに入って脱出? 無理では?
疑念がモロに顔に出た俺にカルロスが少しムキになってまくし立てた。
「昨日、起きてすぐに俺とゴンは合流して灯台に立てこもったんだ。てっぺんに旗立てて船が通りかかって助けてくれないか見張ってたんだけど、一隻も近づいてこなかった。おかしいんだよ、修学旅行の前に調べたけど、一番近い港町からこのあたりに漁に来る船があるはずなんだ。たぶん、このデスゲームの黒幕が何か手を回してるんだと思う」
「俺の武器は双眼鏡。それでみてたんだけど、近くまで来た船は別の船に何か合図されて引き返してた」
カルロスはゴンの補足に頷く。
「助けは来ないし、殺し合いなんて嫌だ。だから逃げようと思った。灯台にあった海図を調べたら七丈島から本土に向かう海流を見つけた。それで灯台にあった楽器ケースを見た時にこれだ! って思ったのさ」
「思っちゃったかあ。『ゲームクリア以外の方法で島から脱出しようとすると首輪が爆発して死ぬ』ってルール忘れたのか? 死ぬぞ」
作戦の穴を突いても二人は余裕綽々だった。
カルロスが這って楽器ケースに寄りかかり、内側の銀色の部分を手の甲で叩く。
「それも大丈夫。昨日徹夜で楽器ケースの内側にコイツを貼り付けた。五枚重ねのアルミホイルだ。中に入れば電波は遮断される。僕の武器は信号探知機でね、それで首輪が電波を送受信してるって分かったんだ。確認したんだけど、楽器ケースに入れば僕達の事は検知できないし、外から爆発信号を送る事もできない。電波が消えれば怪しまれる。でも、島の中をどれだけ探しても僕達はいないのさ。船で脱出したら絶対見つかるけど、楽器ケースぐらいの大きさなら見逃される可能性は高い」
「……なるほど?」
最初は無茶が過ぎると思ったが、聞いている内に上手くいきそうに思えてきた。
「双眼鏡と信号探知機はあげるよ。だから僕達を行かせてくれないか? なんなら僕達の後に続いて真似して脱出してもいい。なあ、頼むよ」
ゴンが懇願し、カルロスも頭を下げてくる。
いいんじゃないですかね。上手く行ったらこのデスゲームに突破口が見える。
「どうする?」
「いいよ」
腕遊びに飽きて灯台に張り付いたつる植物の花の香りを嗅いでいた藤沢にお伺いを立てると、あっさりOKを貰った。いいのか。
「六出と藻内からは血の臭いがしない。殺人鬼ではない。人間の原罪への罰はさっき与えたしね」
原罪って足折ればチャラになるんだっけ……?
まあいいや。
GOサインを貰って喜ぶ二人を楽器ケースに入れてやり、お互いの幸運を祈ってから留め金を閉めて灯台のすぐ脇の砂浜から海に押し出す。
しばらく波間を漂っていた二つの楽器ケースはやがて海流に乗り、どんどん島を離れていった。
それを双眼鏡で見送りながら、藤沢と二人で砂浜に立って成り行きを見守る。
「そういや吸血鬼は流水渡れないって話あるけど、藤沢は大丈夫なのか」
「他の吸血鬼は渡れないが私は平気だよ。そうでもなければフェリーに乗れなかったろう? 私は凄い吸血鬼なのさ。褒めてもいいよ?」
「えらい、えらい」
頭を差し出してくる藤沢を撫でたが今度は吹き飛ばなかった。長い銀髪は滑らかで触り心地がよく、手で梳くと仄かに甘い香水の香りがする。
人懐っこくしてる藤沢は本当に可愛いんだよなあ。香水に混じって血の臭いがしなければ血迷うところだ。
片手で撫でながらもう片手で双眼鏡を覗いていると、水平線の向こうから楽器ケースにクルーザーが近づいてきた。あー。
黒服覆面の男達が楽器ケースを引き上げ、中を開けて確認している。あーあーあー。
そして銃声が二発、海原に広がって消えて行った。
あー……
南無。
逃亡は無理っすね。島からも藤沢からも逃げられない。助けて!