6 一転攻勢はやめましょう。デスゲーム運営からのお願いです
現在、私立府通高校普通科二年A組が絶海の孤島・七丈島で行わされているデスゲームは多国籍企業『Love&Destiny』によって開催されている。日本での通称を『ラブ&デス』というこの会社の起源は古代ローマの闘技場コロッセオにまで遡る。
二千年前のローマではコロッセオで闘技大会が行われていた。人と人、人と猛獣の命をかけた殺し合いに観客が熱狂し、ローマ市民最大の娯楽として絶大な人気を博していたのだ。愛と平和を説くキリスト教が広まるにつれて廃れていったが、原始的で根源的な娯楽は決して消える事はない。
時代が変わると共に場所を変え名前を変え連綿と続くコロッセオの系譜は現代ではデスゲームとして受け継がれている。
その証拠に、コロッセオは英語でColosseumという。これを途中で区切ると「Colos」「seum」となり、Colosは日本語で「殺す」、seumはフランス語で「怒りの発露」と訳せる。「殺す怒りの発露」……つまりデスゲームである。「コロッセオ」は「デスゲーム」という隠された意味を持つのだ。
ローマ最大の娯楽であったコロッセオを起源としているのだから、当然デスゲームも娯楽的性質を持つ。
かつてはコロッセオの観客席をローマ市民が埋め闘技場での剣闘士達の死闘に声援を送ったが、現代はインターネットによる映像中継がそれにとって替わる。
富裕層をターゲットにした会員制有料チャンネルの視聴料を主な収入源としてラブ&デスによるデスゲームは運営されていた。
鹿井新晃はそんなラブ&デスに勤める中堅営業職員だ。
鹿井は既に三回のデスゲーム司会進行をつつがなく終わらせた経歴を持ち、ゲーム中に顧客から寄せられる質問や要求への丁寧かつ迅速な対応により上司の信頼も勝ち得ている。上級役員への昇任も近いのではないかと噂されている注目株だ。
私立府通高校普通科二年A組をターゲットにした今回のデスゲームでも司会進行として鹿井が選ばれた。無難な人選である。
デスゲーム開始前、鹿井は七丈島から遠く離れた本部のビルの一室で事前情報をまとめていた。
デスゲーム司会進行の主な業務は、毎朝6時の島内放送の読み上げ、前夜祭・後夜祭番組の司会、そしてゲーム中の顧客対応である。
今回のデスゲームも通例通り一般人数十人に数人の殺人鬼を混ぜたオーソドックスなものだ。舞台も無人島であり、ロケーション的にも目新しくはない。
そこを面白く見せるのが撮影班と司会の共同作業だ。
司会をするにあたり事前情報の把握は欠かせない。今回のデスゲームで鹿井が注目しているのは二人。
出席番号22番、藤沢カミラ。
出席番号30番、渕頃須造。
この二人だ。
デスゲームは基本的に人モノ情報を消しやすい下流~中流階級の人間が参加者となるのだが、藤沢カミラは参加者としては珍しい上流階級の令嬢だ。
藤沢家は医療企業の古株で、特に血液ビジネスで知られている。世界の人工血液シェアの三割を占め、年々その規模を拡大中。
運営が藤沢家の娘をデスゲームに参加させる事を決定した理由は、藤沢家当主からの同意があったからだ。藤沢カミラの父である当主は参加者候補選定のために探りを入れていた運営のエージェントを捉え、拷問。事情を聴き出し、運営に接触し、娘の参加を推奨してきた。「良い経験になるだろう」とは当主の言葉である。
良い経験になるかどうかは生き残ればの話だ。デスゲームは一人しか生き残れないのだから。
富裕層には稀に異常な感性を持っている者がいる。異常な感性を持っているから富豪になったのか、富豪だから異常になったのかは分からない。
何にせよ運営にとっては幸運で、娘にとっては不幸な事に、藤沢家当主はそういった異常者の一人だったのだ。
鹿井も交渉で一度会った事があるが、家畜を憐れむような見下げた目で見てくるいけ好かない男だった。人の命をなんとも思っていないタイプなのだろう。鹿井はデスゲームに携わる中でよくそういう類の人間に会う。
地位があり、才能に溢れ、若く、見目麗しい、見るからに育ちの良い令嬢が死ぬ映像は視聴者にウケるに違いない。あっさり死んで儚さ無常さを出して良し。嬲り殺されても味がある。
渕頃須造は自発的に運営に接触し、自分を売り込んできた有能な殺人鬼だ。
通常デスゲームに参加する殺人鬼は全員運営が探し出し勧誘するのだが、渕はその例外に当たる。「生まれついての殺人鬼」「千年に一人の逸材」「一味違う殺戮」などなど事前情報でプッシュし、公開した渕の採用試験での鮮やかな殺人映像も大ウケ。
本番でもゲームの台風の目になるに違いない。殺しの腕が立ち過ぎて犠牲者の抵抗を楽しみにくいきらいもあるが、そこは撮影班と司会でカバーだ。
……この事前情報を、デスゲーム開始から24時間後の鹿井は破り捨てゴミ箱にぶち込んでいた。
ゲーム開始から一時間も経たない内に、運営は驚天動地のアクシデントに襲われた。
注目の二人である藤沢カミラと渕頃須造が早々に衝突し、早過ぎるクライマックスに湧いた視聴者は、期待の斜め上を行く衝撃の映像を目にした。
小金持ちの容姿端麗才色兼備のお嬢様が無残に散る殺戮ショーのはずだった。渕の学生らしからぬ潜伏・射撃術で一方的に藤沢は死ぬはずだった。
それが蓋を開けてみれば藤沢は人外の怪物で、吹き飛んだ頭を再生し、逃げようとした渕を叩きのめし、捕獲してしまった。
運営の目をもってもまさか藤沢カミラが不死身とは見抜けなかった。
いや誰の目にも見抜けるはずがない。この科学全盛の世に不死者などという空想が実在すると一体誰が予期できたのか?
人間が殺し合うデスゲームに、不死の怪物が紛れ込むというアクシデント。運営は組織を丸ごとひっくり返したような大騒ぎになり、ゲームの中断も検討された。
ところが、事情を知らない視聴者は藤沢カミラの存在を運営の仕込みだと思い込んだ。
過去のデスゲームでのそつのない万全なゲーム進行と驚きの演出や伝説の放送の数々がアクシデントをアクシデントと悟らせなかったのだ。
藤沢カミラが本性を表すと視聴者は湧き立ち、裏業界に一気に話が広まり、同時視聴者数が倍になり、会員登録者数もたった十二時間で1.5倍に膨れ上がった。
下手にゲームを中断すれば抗議で会社が危ういほどの熱気を受けて続行が決定され、鹿井の終わりのない顧客対応が始まった。
運営のメールフォームには問い合わせが殺到した。どれもが絶大な賞賛と殺人鬼――――藤沢カミラの正体を教えて欲しいという内容だった。
賛辞には感謝を述べ、殺人鬼についての熱心な質問をかわす鹿井の胃には穴が空きそうだった。
藤沢カミラに続き大狼湾が人外だと発覚した時はトイレに駆け込み胃液を全て吐き出した。
なぜ襲う側の殺人鬼が逆に襲われているのか。主客転倒もはなはだしい。
視聴者が殺人鬼だと思っている怪物達は犠牲者として配置したはずの生徒。
犠牲者だと思っている方が殺人鬼だ。
解説を要求されても分かるわけがない。むしろ鹿井が解説して欲しかった。
隠れ潜んでいた二体の怪物によって運営が用意していたテコ入れ・シナリオが木っ端みじんになる中、保健教諭である鰐春令太の生徒解体ショーは唯一心休まる殺人だった。
普通の人間が普通の人間を殺しているというだけで、どれほど残虐な殺し方をしていてもホッとしてしまう。
鹿井は映像班に指示して本放送の焦点を鰐春に当て、普通の残虐ショーで場を繋ぎ藤沢カミラと大狼湾の情報の再調査の時間を稼いだ。
スタッフ総出の再調査の結果は事前調査と全く変わり映えしなかった。
つまり、藤沢カミラはあからさまに吸血鬼で、大狼湾はあからさまに人狼だった。
どんなに信じ難くとも受け入れざるを得なかった。子供しか信じないような荒唐無稽な夢物語の住人は実在した。
胃薬をひと箱空にした鹿井は、藤沢カミラは吸血鬼であり、大狼湾は人狼であると公式チャンネルを通して発表した。
反応は概ね良好だった。「馬鹿にしているのか」「もっと合理的に説明しろ」「あからさまな虚偽は不快だ」といった反応もあったが想定よりずっと少なかった。大炎上からの放送中止という最悪の事態は回避された。
最大の山場を越えた鹿井はやっと体の震えが止まり、冷や汗を拭った。後は藤沢と大狼の動向を追っていればいい。二人とも不死者であり、生存者が一人ではなく二人になってしまう恐れもあるが、まだまだ日数はある。上手く仲違いさせ、最後に生き残った二人の不死者の殺し合いに持っていければ最高だ。最悪、例外的に二人の共同優勝という事にしてもなんとか許容範囲だろう。
三人も四人も生き残ってしまったら面白みが無いが、見目麗しい二人の少女の姿をした怪物が手を取り合い殺人鬼を含む哀れな人間達を蹂躙して終了、という筋書きも一度くらいは悪くない。
デスゲーム二日目の朝6時、鹿井はアドリブを混ぜた島内放送を終え一息ついた。
波乱の一日目が過ぎ、二日目こそは無事に過ぎますように、と祈りショウガ湯を一口飲む。
そこに部下の一人が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
嫌な予感がした。
「鹿井さん!」
「今度は何だ!?」
何かまたアクシデントが起きたらしい。これ以上悪いニュースはないだろうと腹をくくって先を促す。
部下は深呼吸をして、一気に言った。
「堀田ガイストが超能力で鰐春令太を襲いました!!!」
鹿井はストレス性急性胃腸炎で病院へ緊急搬送された。