3 一転攻勢デスゲーム!
藤沢カミラは人間社会の闇に潜む代表的な不死者である吸血鬼だ。
吸血鬼は五感鋭く身体能力に優れ、知能も高い。再生能力を持ち、10~30歳の間で肉体の成長が止まり、それから悠久の時を生きる。
カミラはルーマニアのドラキュラ家跡取りと日本の藤沢家一人娘が大恋愛の末に駆け落ちして生まれた子供で、混じり合った異国の血が為せる業なのか、陽の光に当たっても灰にならない特異体質だった。
体質が発覚した当初は不死者業界で結構な騒ぎになり、当時の騒ぎに便乗してカミラの両親は実家と復縁した。今では毎年正月になるとカミラは親戚巡りをしていそいそとお年玉集めをして、ちょっとした町の年間運営費用並の金額を計上するほど。
藤沢家のカミラといえば不死者界隈では非常に有名だ。ひっそりと闇に潜む不死者の中では例外的にそこそこの地位と金を併せ持つ吸血鬼の名家の生まれで、親戚一同から可愛がられ、本人の素質も飛びぬけて高い。
お近づきになっておいて損はない、という親の意向の下、カミラが府通高への進学予定を表明すると様々な不死者の子供達が同じ高校に集まった。それまでは間違いなく普通だった府通高が不死者の巣食う特異点と化した理由だ。
府通高の普通科はA~Cの3クラス編成なのだが、催眠術が得意なカミラの父によって学級主任の女教師に催眠がかけられ、クラス分けにテコ入れして不死者は1クラスに集められている。
親の意向や思惑はどうあれ、カミラを中心とした不死者グループは一般生徒に煙たがられ距離を置かれつつ、身内で集まりほのぼの学生生活を送っていた。
カミラは普通に修学旅行を楽しみにしていた。友人達と水着でビーチバレーをして、海鮮バーベキューをして、たくさん写真を撮って、夜はトランプをして、布団を被って恋バナをして、楽しみ尽くす気満々だった。
それをデスゲーム開催によって邪魔され、カミラはちょっとおこだった。爆弾で首を吹っ飛ばされたぐらいでカミラは死なないが、決して愉快な事ではない。
世の中を斜めに構えて見る不死者の中には何かあるとすぐに「これだから人間は」と言い出す者もいて、カミラはそう言う者をいつも諫める立場だったのだが、今回ばかりは同意だった。人間は馬鹿げた手間暇金をかけて悪質で迷惑な事をする。
カミラはとりあえず友人達と合流して、ひとしきり遊んで苛立ちを解消してから事態の解決に取り掛かろうと考えた。
その矢先に頭部を消し飛ばされ、カミラはブチ切れた。
「親から人の頭を吹き飛ばすなと教わらなかったのかな?」
頭を再生したカミラは低い声で呟き、自分を殺そうとした殺人鬼に襲い掛かった。
なお、カミラは幼い頃に父の頭を無邪気に蹴って吹き飛ばしてしまい、人の頭を吹き飛ばしてはいけないと叱られている。
藤沢は俺の目の前で吹き飛ばされたはずの頭部を再生し、ブチギレながら早送りじみた超スピードで森に消えた。
10秒後に身の毛もよだつ恐怖の悲鳴と身も世も無い命乞いが聞こえ、更に10秒後には気絶した転校生の渕くんの変な方向に曲がった足を持って引きずりながら戻ってきた。肉食獣のように尖った犬歯を剥き出しにして紅眼を血走らせ、ぷんすこ怒っている。むせかえるような濃すぎる血の臭いが鼻をついた。
やべぇよこれ。
デスゲームに巻き込まれたってだけで異常事態なのにこれ以上異常事態をガン積みしないでくれ。常識壊れる。
「全くこれだから人間は! クラスメイトを殺そうとするなんてクズしかいないのか! なあ!?」
「えっ、あ、いや……良い人間も……いる……んじゃないですかね……?」
藤沢は白目を剥いた渕くんを地面に投げ捨て同意を求めてきた。辛うじて弁護の言葉を絞り出す。
完全に人間に裏切られ失望して闇堕ちした化け物の台詞じゃん。こういうの漫画で読んだ事ある。
藤沢は鼻で笑った。
「私も今日までは伏見くんと同じ意見だったがね。見ただろう、人間の本性なんてやっぱりこんなものなのさ。同じクラスで笑い合った仲間を平気で殺しにかかる。いや騙されたよ、いくらデスゲームが始まったとはいえこんな事をする人だとは思いもしなかった」
藤沢は渕くんが気絶してもなお手放していないゴッツい銃をもぎ取り、針金のように曲げて丸めて後ろに放り捨てた。
ひぇっ。その小さいお手手のどこにそんなゴリラパワーが?
……しかしゴリラパワーは置いておくとして、先程からどうにも藤沢との会話にすれ違いを感じる。
会話できているが、何かが噛み合っていない。
お互いの言葉を思い返した俺はハッとした。
藤沢、俺の事を不死身のナニカだと勘違いしてないか?
『君は殺したら死ぬんだっけ?』なんて聞いてきたし、俺を自分の同類だと思い込んでいるなら辻褄が合う。
探りを入れてみるか?
言葉選びを間違ったら酷い事になりそうだが、ここで確認しておかないと後々もっと酷い事になる予感がする。
「渕くんがたまたま頭おかしかっただけなんじゃないか? あー、人外だって人を騙したり殺しにかかってきたりする奴がいるだろ」
「おや、伏見くんはそんな経験が? 珍しいね。不死者が不死者と殺し合いになるほど仲違いをしたという話は聞かないが……ああいや、そんな事があったから私達と距離を置いていたのかな」
ほら!
ほらやっぱり!
やっぱり俺の事を人間じゃないと思ってる!
なんでだ! 俺ってそんなに人外っぽく見えます?
「まあそんなところだ。藤沢はいつ俺が不死者だと思ったんだ?」
「うーん、いつからだったかな。ホラ、人間は不死者を本能的に畏れるだろう? 伏見くんは普通に私達に近づいてきたから恐らくそうだろうと思っていたのさ。確信したのは身内のパーティで五十年ほど昔に沖縄で血筋が絶えた伏見家の話題を聞いた時だね。君、伏見家のぬらりひょんだろう? 道理で不死者の気配を隠すのが上手い訳だよ」
「ハハハ……」
愛想笑いが渇いていないか心配だ。
それは別の伏見さんっすね。伏見家はひいひい爺ちゃんの代からずっと静岡に住んでるんで沖縄は全然関係無いです。今は親父の出張に合わせて府通高の近所に移り住んでるけど。
話している内に落ち着いたのか、藤沢の牙はいつの間にか普通の長さに戻り、危険な紅眼の輝きも濃密な血の臭いも消えていた。
藤沢は片手でマシンガンを持ち、もう片方の手で失神中の渕くんを担ごうとしているが、馬力はとにかく体格差がありすぎて上手くいかない。ガタイのいい渕くんとクラスの女子の中で一番小さな藤沢では大人と子供ほども違う。
「伏見くん伏見くん、持っていてくれ。弾入りだから気を付けたまえ」
「おいおい、いいのか?」
藤沢は少し考えた後、マシンガンを俺に投げ渡し、両手で渕くんを担ぎ上げた。
頭消し飛んでも平気なんだからマシンガンでどうにかなるとも思えないが、だからといってこんな強力な銃火器をオモチャみたいにポンと投げ渡すか? デスゲーム中だぞ。
「不死者なら信用できるからね」
「人間は?」
「うーん、とりあえず会ったら足を折ろうかな。話はそれからだ」
可愛らしく小首をかしげて言っているが、二倍ぐらい体重がありそうな男を軽々と担ぎ持っている。
い、言えねぇー!
今更やっぱり俺人間なんですよ、なんて言えねぇー!
折られる! 足折られる!
「さ、行こうか」
「おお」
てってこ歩き出した藤沢に従者の如くついていく。
ここで離れる選択肢はない。マシンガンの持ち逃げになるし、勘違いとはいえ相当信頼されていて、打算的だがそのクソ強スペックで守ってもらう事も期待できる。
藤沢は人一人担いでいる事を感じさせない足取りで森の中をすいすい歩いていく。歩幅が違うので難なくついていける。
歩調に合わせて揺れる銀髪を目で追いながら聞いた。
「どこに行くんだ?」
「ん? 言わなかったかな、猫塚と河戸を探して合流するよ。伏見くんに何か予定があるなら合わせるけれど」
「いや、特に無いな。その計画で行こう……あー、その、猫塚と河戸も不死者なんだよな?」
「もちろんそうだ。私達、いわゆるA組変人グループは全員不死者さ」
「全員」
全員。
全員!?
全員って何人だ? 変人グループを指折り数えてみる。
えーと、まず藤沢だろ。猫塚、河戸、堀田、三途川、宇津。二ノ影姉妹を足して八人。あとは……有留場と大狼か。
合計十人。
多すぎぃ!
このデスゲーム開催前から破綻してるじゃん。クラスの三分の一が死んでも死なない不死者ってマジ? 不死者ってそんなにそのへんにゴロゴロしてんの? 俺が知らなかっただけ? ふぇぇ、こわいよお……
「合流した後はどうする? なんとかして外部と連絡取って助けを呼ぶのが良いと思うんだが」
提案すると、藤沢は肩越しに振り返った。
完全に据わった目で言い切る。
「いや、殺人鬼狩りをしよう。島にいる殺人鬼は一人ではないはずだ。許せん。奴らの首でビーチバレーしてやる」
ビーチバレーしようぜ! お前ボールな!