21 全力攻勢デスゲーム! 後(完結)
慈衛・古武士VS藤沢の戦いは殺人鬼劣勢で続いていた。
古武士は不殺拳の達人であり、慈衛は異常発達した筋肉と宇宙的チェーンソーを持つ巨漢である。
対して藤沢は華奢で小さな可愛らしいお嬢様だ。が、種族的スペック差で全てをひっくり返している。
まず速過ぎて攻撃が当たらない。体術も何もない攻撃であるため予備動作が見やすく、藤沢側の攻撃もチェーンソーで力任せに受けたり体術で回避したりできるのだが、一発貰えば即死する。一発受け損なってカスった慈衛の太ももが負傷しているのではなく抉れているあたり全く人智を超えている。
また、体力も無尽蔵で全く力任せの暴力が衰えない。
古武士は単純な暴力の嵐に殺されかけていた。
吸血鬼の弱点は日光。理不尽な強さの代償に日の光に少し当たるだけで当たり所に関係なく即死するという弱点を抱えているのだが、どういう理屈か藤沢カミラは当然のように日の光の下を歩いている。日向ぼっこしてうたた寝している場面すら見た事があった。
致命的弱点を抱えた理不尽の塊から致命的弱点を取ればそれはもうただの理不尽の塊ではないか? 全く常軌を逸している。
不幸中の幸いで、殺人鬼陣営は善戦していた。堀田の初手殺害に成功したし、危険視していた伏見も鰐春が命と引き換えに朦朧状態にしたようだった。
不死者はバタバタ死んで藤沢に増援はない。だが、殺人鬼側にも増援がない。
スタミナ差でじりじり追い詰められている殺人鬼に追い打ちをかけたのはまたしても理不尽な暴力だった。よろよろしている伏見にヨダレを垂らしながら触手を伸ばしたり引っ込めたりして首を傾げていた宇津が激闘中の三人に気付いて突っ込んできたのだ。
何の捻りもない突進だったが、足を抉られていた慈衛は回避できず為す術もなく呑み込まれた。宇津の巨体はチェーンソーでは受け止められない。
慈衛はものの数秒で溶かされて骸骨になった。宇津の半透明の粘液の中で骸骨に寄りそうようにチェーンソーの刃が浮いていた。
「慈衛ィーッ! ……くっ!?」
「手こずらせてくれたね、殺人鬼! 灰は灰に、塵は塵に。殺人鬼は大人しく殺されるが良い!」
藤沢は古武士に悲しむ間も与えず牽制の連続パンチを放った。今まで二人で捌いていた攻撃量が一人に集中し、回避に精一杯でその場を動けなくなる。そこに再び宇津が突っ込んできて、二人同時に呑み込まれる。藤沢はすぐにペッと吐き出されたが、古武士は宇津の体内に取り残される。
そして強力な酸による消化が始まった。
だが、古武士には秘策があった。
それは不死拳皆伝に求められる極意が一つ。不死の巨獣や軟体に取り込まれた際に最も効力を発揮する、低威力ながら無動作、かつ全身より殺意の衝撃を迸らせる浸透勁の奥義――――煉獄波動撃である。
「殺ァ!!!!!」
「ア゛ーッ!?」
裂帛の殺意と共に衝撃が迸る。内部から発動された魂を破壊する攻撃を余すところなく吸収してしまった宇津は、渕の狙撃によるダメージの蓄積もあり、汚い悲鳴と共に木っ端微塵にはじけ飛んだ。
古武士は無傷で脱出し、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
全身の服を全て溶かされてしまったが、髪や肌に酸が及ぶ前に助かった。間一髪であった。技の発動が一秒遅れていれば命が危うかっただろう。
「お前……お前ぇ!」
「おーおー、負け犬の遠吠えが気持ちいいなぁ!?」
藤沢が殺意で魂を攻撃する術を知っていたなら十回は死んでいただろう。それほどの殺気を叩きつけられてもなお古武士は笑って強がった。
実際、奥義を何度も使い、長時間打ち合い、死線を潜りに潜り抜けた古武士は限界だった。あと一発。攻撃できるかどうか。
逆上した藤沢ががむしゃらに突っ込んで来る。元々技も何もない素人の力任せの攻撃だったが、怒りの余り完全に冷静さを失っていた。素人なりに考えていた攻撃が本当に何一つ考えの無い愚直な突撃になっている。
「死ね……!?」
頭に血が上った藤沢は失念していた。足元には宇津の死骸が、つまり粘液が広がっている事を。そんな場所で全力疾走すればどうなるか自明である。
藤沢は無様にも転び、なめらかに滑ってありがたくも古武士の目の前に配送されてきた。
これなら当たる。友情と努力が必然の幸運を呼び込んだ。あとは勝つのみ。
殺人鬼全員で作り出した、最初で最後の攻撃を当てるチャンスだ。
古武士は覚悟を決めた。使うしかない。あの自らの命と引き換えにして放つ最強にして禁断の不死拳最終奥義を!
一撃で決める―――――――――!
「ウオオオオオオーッ! 命捨強強必殺拳ッッッ!!!!!」
命捨強強必殺拳とは! 命を燃やして殺意を増幅し放つ途轍もなく強い拳である!
単純な物理威力だけでも厚さ20mmの鉄板をぶち抜く!
極限まで高められた高純度の殺意は一撃でどんな不死者の魂も完膚なきまでに粉砕し死に至らしめる! 技を放った者も死ぬ!
その攻撃を!
ゲロを吐きながら必死に割り込んできた伏見が藤沢の代わりに受け止め、腹に風穴を開けた。
三人の目が見開かれる。
古武士の目は失望と一抹の達成感を残し、生気を失った。
藤沢の目は驚愕を一杯に映した後、泣きそうに歪んだ。
伏見の目は悟ったように細められ、満足げに閉じた。
「伏見くん!!!」
藤沢は悲痛に叫んだ。
無造作ながら常軌を逸した超威力の水面蹴りで生気を失った古武士の死体を肉塊を通り越し血煙に変え、蹴りの反動で滑っている自分の身体を急停止。倒れつつある伏見の身体をこれ以上ないほど優しく抱き留める。
藤沢は慌てて手のひらで伏見の腹に空いた風穴を塞ごうとするが、手のサイズが全く足りていない。血どころか臓物が溢れ出ている。
「これ大丈夫なのかい!? なんだか古武士の攻撃はすごく危ない感じがしたんだ。アレが噂の不死殺しの技なんじゃないかって、私は、」
「ああ……不死殺しの技なんて……ごほっ……効かないさ……俺は人間……だから、な……」
「え? 人間、って……ははっ、こんな時に冗談なんて」
藤沢は笑い飛ばそうとしたが、伏見の安らかな顔を見て血相を変えた。
「そんなっ……! じゃあずっと、最初から、私はっ! 伏見くん、伏見くん伏見くん伏見くん! 死なないでくれよ! 君が私を庇って死ぬなんてあんまりじゃないか!」
藤沢は伏見に縋りついて寄る辺を亡くした子供のようにわあわあ泣いた。
泣いて泣いて、大泣きしたが、伏見が何か言おうとしている事に気付くと無理やり涙を抑え、しゃくりあげながら口元に耳を寄せ必死に言葉を聞き取ろうとした。
「……死にたく、ない。けど、」
そこで一度言葉を切り、蒼褪めた唇を密やかに動かして最期の言葉を紡ぐ。
「藤沢が……カミラが、人間の俺が死んで……泣いて、くれるなら――――」
――――良い終わり方だった。
そう囁いて、伏見維人は人生に幕を下ろした。
伏見維人が目を覚ますと、藤沢カミラに膝枕をされていた。
腹の風穴は塞がっている。視線を動かすと、廃校とそれを囲んでいた森は焼け落ち、煙がくすぶっていた。
維人が目を覚ました事に気付くと、静かに美しい旋律の歌を歌っていたカミラはニッコリ笑った。
「おはよう。言っておくけれど、これは夢ではないよ? 現実さ。私達は生き残ったんだ」
「ああ、まあ、それは分かる、ような。なんだろう、現実より現実感が強い気がする?」
目を瞬き鼻を鳴らして困惑している維人に、カミラは悪戯っぽく自分の手のひらを振って見せた。
「感覚が変わったのさ。種族もね。説明しようか? あのだね、あの後私が手の平をザクっと切って血の霧化を抑えて血液を君に注いでね。すると君は吸血鬼の血に染まって吸血鬼になる。なった。当然、吸血鬼の再生力で復活して。あー、こうなった訳だけれど……」
途中から勢いが鈍り、自信が無くなっていく。カミラは不安そうに尋ねた。
「えーと、吸血鬼になるのは嫌だった、だろうか……?」
「…………。あー、悪いよく聞こえなかった。もうちょっと近くでもう一度言ってくれるか?」
「ん。すまないね、ええと――――!?」
維人は顔を近づけたカミラの唇を奪った。
カミラは一瞬固まったが、維人の手を握り、目を閉じた。
水平線上から顔を出した太陽の光に照らされた二人の影は、しばらく一つになったままだった。
――――――――【完】――――――――
多くの出会いと別れを胸にデスゲームを終え七丈島から日本本土に戻った藤沢カミラと伏見維人。伏見を父に紹介するために実家に戻ったカミラを待っていたのは、父・藤沢ヴラドの無残な死体だった! 悲しむ間も無く二人は不可視の襲撃者に襲われ命からがら逃げだす事になる。
カミラのスマホに入っていた謎の人工知能アプリによって辛くも窮地を逃れた二人は、彼女から衝撃の事実を告げられる。
「マスター。アトランティスデータベースによれば敵は太古の昔から100年に一度やってくる地球外生命体です。彼らは高度に発達した狩猟民族であり、標的を全て殺すまで止まりません。助かる方法はただ一つ。三体のハンターを逆に全て殺す事です」
宇宙からやってきた頂点捕食者との決死を超えた絶死の戦いが始まる――――!
【第2部 一転攻勢宇宙戦争!】2099年夏公開予定!




