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20 全力攻勢デスゲーム! 中

 最も早く動いたのは堀田だったが、最も早く死んだのも堀田だった。

 背負っていたリュックサックから骨董品を宙にばら撒き浮かせた瞬間、核となる古い紅茶カップを撃ち抜かれたのだ。

 紅茶カップを撃ち抜いたのは当然木立に潜んで狙撃銃を構えていた渕である。


 殺人鬼達は何よりも堀田を最大の脅威とみなしていた。単純にスペックが高い不死者ならば堀田を凌ぐ者もいるのだが、堀田の場合は道具を操る能力の性質上殺人鬼の暗器を逆利用される危険性がある。そうなれば殺人鬼陣営の戦力は激減。ゆえに堀田は真っ先に抹殺しなければならない。


 古武士は心霊現象であるポルターガイストは核となる憑依物を持つ事を知っていた。ポルターガイストはその核を破壊されない限り不滅である。核とは即ちポルターガイストの魂の器だ。

 堀田の核は普段持ち歩いているガラクタのどれかと思われたが、特定は困難だった。しかし魂の入れ物はそう簡単に変えられない。幾多のガラクタの中で常に持ち歩いている物があるはず。

 それがなんなのか、殺人鬼達は過去の記憶を総動員して特定した。記憶力の高い鰐春と渕を中心に、残りの三人が捕捉し、「常に持ち歩いていたガラクタ」を二つにまで絞り込んでみせた。


 いや、ガラクタというには語弊があるかも知れない。一つは古い紅茶カップで、もう一つは精巧な人形だと思われる堀田の身体そのものなのだから。

 

 渕が的が大きく狙い易い堀田の身体ではなく、小さく浮いて動いている狙い難い古い紅茶カップを先に撃ったのはなんの確信も無いただの勘だった。『どちらを撃てば殺せそうか?』と自身に問いかけた時、己の殺意は紅茶カップだと答えた。ゆえに紅茶カップを撃った。


 堀田も全く無防備に弱点を晒していたわけではない。魂の器である紅茶カップはポルターガイストの心霊能力により障壁が張られていた。生半可な物理攻撃は通さないはずであった。事実、狙撃銃の弾丸は効かなかった。

 それでも紅茶カップは壊れ、魂は散逸し、堀田は死んだ。

 何故か?


 渕の卓越した殺人鬼としての才能が古武士から学んだ殺意を攻撃に込める業を短期間の内に昇華し『弾丸に殺意を込め魂を攻撃する』という離れ業を可能にしていたからだ。

 殺意を肉体に乗せるだけでも長い修行を必要とするのにも関わらず、それを射撃武器で可能にするという荒業は、かの高名な殺し屋メッチャー=ツヨ=ソウに匹敵する偉業であった。


「見つけたにゃ!」


 長ずれば必ず裏社会に名を轟かせる脅威の芽を摘み取るべく、弾道から瞬時に発射地点を見抜いた猫塚が四足で駆ける。普段手を食べ物の汁以外で汚すのを嫌う猫塚が土汚れを許容するほどの大事でのみ見せる、本気の走行姿勢であった。その速度は二足時の実に三倍に至る。


「させるか――――六界殺拳ッ!!!」

「ぎにゃん!?」


 そのチーターより速い猫塚の前に古武士が立ちはだかり、必殺の拳撃を叩き込んだ。魂に突き刺さる殺意の拳を受けた猫塚は悲鳴を上げて即死し、吹き飛んだ。


 不死拳皆伝に求められる極意が一つ、六界殺拳は仏教の六道輪廻の概念を中国拳法に取り入れた事で生まれた全く画期的な技である。

 仏教では生きとし生ける全てのモノは現世で六つの道を歩むとされている。即ち「天道」「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」である。例え不死者であろうとこのどれかの道を歩んで生きている。死なないだけで生きているからだ。生きている以上は六道六界のどれかに属する。


 六界殺拳はどの道を歩んでいるモノであろうと問答無用で殺す技だ。

 天道を歩むモノを殺す拳。

 人間道を歩むモノを殺す拳。

 修羅道を歩むモノを殺す拳。

 畜生道を歩むモノを殺す拳。

 餓鬼道を歩むモノを殺す拳。

 地獄道を歩むモノを殺す拳。

 この六種類の拳の勁を一つにまとめて放つ事で、相手は必ず死ぬ。それだけではなく、複数の命を持つ類の不死者には命のストックを六回まとめて削る効果が発揮される。


 容姿と慈衛の体験談から、猫塚は「シュレディンガーの猫」であると推測された。九つの命を持ち、未観測状態になると復活する化生だ。命のストックは一日で回復する。死んでいる間は殺せないため、殺すたびに視線を切って未観測状態にして復活させてからまた殺す、という手間のかかる厄介な工程を繰り返し、合計九回も殺す必要がある。現実的ではない。


 その手間を省く技こそが六界殺拳であった。

 一撃で六回殺す事ができ、技名を叫ぶ事で追加で一回、カウンターを決める事で更に一回殺害回数が加算されるため、猫塚は一気に八回死亡した。


「猫塚ーッ!」


 親友の危機に藤沢が駆け付ける。御名語を見つけいそいそと大鎌を取り出し刃の刃こぼれチェックをしていた死神でさえびっくりして飛び上がるほどの魂の咆哮だった。

 大技を放った直後の硬直状態にある古武士の背に藤沢が迫る。回避も防御も不可能であった。


 しかし、藤沢の爪は割り込んできた慈衛のチェーンソーによって受け止められた。激しく飛び散った火花が一瞬廃校を燃やす大火より激しく輝き、周囲を昼間のように照らす。


 古武士は驚いた。慈衛は寡黙で、身振り手振りとチェーンソーでしか話さない。感情が読みにくく、あまり仲良くはなれていないと感じていた。少なくとも、一歩間違えば二人まとめて殺されるような際どいタイミングで助けに入ってきてくれるほどには。


 自分を庇う逞しく大きな背中を呆然と見上げる古武士。

 慈衛はちらりとだけ背後を振り返り、無骨で歪んだ顔の唇をぎこちなく動かし、たどたどしく言った。


「お、おで、ともだち、まもる」

「慈衛、お前……ッ!」


 古武士の胸にアツい物が込み上げる。たまらなくなり、古武士は凶悪な邪笑を浮かべ腹の底から叫んだ。


「ああ、()ったろうじゃねぇか! 俺達が力を合わせりゃ()れない奴はいねぇ!!!」

「殺人鬼が友情ゴッコなど見せるな! 虫唾が走るッ!」


 戦場の友情と、友を理不尽に奪われ傷つけられた怒りが激突した。


 一方、少し離れた校庭のサッカーゴール近くでは鰐春と二ノ影姉妹、伏見の四人が対峙していた。メスを持った鰐春を割れたガラス片を持った二ノ影姉妹とマシンガンを持った伏見が包囲している形だ。が、伏見はふらふらと頼りなく揺れ、脂汗を垂らしていた。

 鰐春のメスに塗られた即効性の毒の効果だった。


 鰐春は優れた医者であり、薬学・化学・薬草学にも精通していた。ありあわせの道具と野草で毒を精製するのは十分に可能だった。死に至らしめる毒を精製できなかったのは残念であるが、不死者をただの毒如きで殺せるとは考えにくい。むしろ毒で死ねば復活して復調してしまう危険性がある。体調不良を引き起こす毒はそういう意味で丁度良い。そしてそれは想定外にも伏見に上手く刺さった。


 二ノ影姉妹は全く同じ容姿をして双子にしても動作が同調し過ぎている事からドッペルゲンガーであると考えられた。ドッペルゲンガーは本体と影に分かれている。本体が生きている限り、影は何度殺しても無限に蘇生し、殺しきる手段も存在しない。負傷しても即座に再生する。しかし本体を殺せば影も合わせて即死する。本体は単なる人間であるから、傷は再生せず、死ねば蘇らない。

 また、ドッペルゲンガーは影も本体も身体機能そのものは全く普通の人間と変わらない。つまり、二ノ影姉妹は見た目通りの褐色の少女の身体能力しかもたないという事だ。怪力でもないし念力も使えない。


 伏見維人は唯一正体が全く不明であり、不死者の王と目される脅威である。

 だがわざわざマシンガンを持ち歩いている事から、攻撃能力は低いのではないか? と推測された。伊達と酔狂で足枷にしかならないオモチャ同然の火器を持ち歩いている可能性は否定できないが。

 殺人鬼達の中で最も直接戦闘力に劣る鰐春は同じく直接戦闘力に劣ると思われる三人を同時に相手取る事になった。流石に三人に勝てる訳がないだろうと思われていたのだが、どっこい一つの幸運と一つの誤算が釣り合いなんとか立ち回れている。


 幸運は伏見がマシンガンの取り扱いに全く不慣れであった事だった。

 腰が引けていて、マシンガンの射線に二ノ影姉妹を入れないようまごまごした挙句、ようやく撃った弾は外れ、連射の反動を思いっきり肩に受けて痛みに呻いていた。その隙にメスで一刺しして今はフラついている。


 二ノ影姉妹も似たようなもので、初めて包丁を握った箱入り娘より危なげな構えでおっかなびっくり襲い掛かってきたのだが、こちらはどうにも妙だった。

 まず、姉妹の一方をメスで切りつけた。すると、傷口は一瞬で消えた。なるほどこちらが影だったか、ともう一方をメスで切りつけた。すると、そちらの傷口も一瞬で消えた。

 もうおかしい。

 何かの間違いかともう一度一回ずつ切りつけるも、やはり傷口は消えてしまう。


 どちらの負傷も瞬間再生する――――どちらも影? そんな馬鹿な。それでは無敵ではないか。

 ド素人三人相手とはいえ不死者は不死者。鰐春も決して体術に優れているわけではない。考えた鰐春は二つの可能性に思い至り、一つの可能性に賭けた。


 考えた可能性の一つは、本体がどこか全く別の場所にいるというものである。

 二ノ影姉妹の本体である未知の三人目がどこか安全な場所に(日本本土か?)にいて、二ノ影姉妹はそのドッペルゲンガー。どちらも本体ではないから、無敵。単純にして最悪の可能性だ。しかしその可能性が真実だとすると完全にお手上げであるため考えても無駄として除外する。


 もう一つは両方が本体で両方が影であるという可能性だ。

 一体何をどうすればそんな状態になり得るのか分からないが、そう考えれば一応説明がつく。解決策も見える。


 考えた可能性が正しいならば二ノ影の殺害は一人では不可能だ。

 そこで鰐春は仲間を信じる事にした。正確には絶対に不死者を殺すのだという殺意の一致を信じる事にした。それは友情ではなかったが、間違いなく信頼だった。

 片手を挙げてハンドサインを送り、ふらふらしながらブレる銃口の狙いを定めようとしている伏見を邪魔に入れないよう遠くへ蹴り転がしてから、二ノ影姉妹の片割れに襲い掛かる。

 鰐春は素早く右手のメスを首から差し込み正確に大後頭孔を通して脳を抉り、同時に左手のメスで心臓を一突きに切開してのけた。超一流の医術を殺しに応用した妙技による即死である。


 本来ならば即死しようが即復活するところだが、ハンドサインは正確に伝わり、応えもまた完璧だった。二ノ影姉妹のもう一方の頭が吹き飛び、数拍遅れて銃声が響く。

 渕の狙撃だ。


 素早く二ノ影姉妹から離れ、再生を警戒した鰐春だったが、二つの死体は動かなかった。

 完璧に同時に死亡したため再生する事ができなかったのだ。

 鰐春の推測は正しかった。両方が本体であり影であるなら、両方同時に殺せばいい。困難だが単純明快だ。


 素晴らしい、人生で初めての殺人にも勝るかつてない達成感に包まれるがまだ終わっていない。殺すべき不死者を全て殺し尽くすまで終わりではない。


 次は伏見だ、と振り返った鰐春は、横から突っ込んできた宇津の巨大な粘体に呑み込まれ、あっという間に溶かされ死んだ。


 鰐春がほとんど交通事故で死ぬのをスコープ越しに見ていた渕は宇津の厄介さを再認識した。ちょっとした小屋ほどもある巨体が人間の全力疾走並みの速度で突っ込んでくるだけでも悪夢なのに、それが常識外れの強酸の塊だという。しかも太く長い複数の触手のオマケ付き。不死者というより生物兵器という言葉が相応しい。


 再び弾丸を排莢・装填し、狙い、撃つ。

 弾は宇津に命中する。動きが鈍る。が、まだ止まらない。既に三発は当てているのに倒れる様子が無かった。

 単なる弾丸では事実上無効化されるはず。動きが鈍っている以上効いてはいる。

 しかし倒れない。まだ倒れない。呆れたタフネスだった。


 渕は四発目の狙いを付けながら心を研ぎ澄まし、集中し、殺意をより練り上げ弾丸に注いだ。

 慢心があった。

 堀田を一発で殺したのだから、という慢心だ。

 宇津も殺せるという無意識の侮りが殺意を鈍らせたのだ。


 次の一発で終わらせる。

 最大限の殺意と共に引き金に指をかけた渕は、背後に音もなく忍び寄っていた猫塚に心臓を掴み取りされて死んだ。


「ふいー。ぶっ殺してやったにゃ。あとはみんなに任せてちょっち退散――――」

「待ってたわ」

「にゃ!?」


 心臓をポイ捨てした猫塚は、渕の真横に積もった落ち葉に潜んでいた御名語の奇襲を受け、首を草刈り鎌で裂かれて倒れた。血の泡を吹きながら痙攣し、言葉も出せずもがき、動かなくなる。


「ふふ、ふふふっ」


 御名語は堪え切れず笑った。女子高生が他愛も無い冗談に笑いを漏らすような、ごく普通の笑みだった。


「貴女は速いもの。私じゃ捕まえらんない。だったら待ち伏せすればいいのよね?」


 九つの命を使い果たした猫塚は完全に息絶えた。念のため後ろを向いて目と耳を塞いでから振り返るが、まだ死体はそこにあった。復活していない。


 御名語は小躍りしたくなった。不死の怪物を殺してやった!

 幾つかの殺しを経験してきたが、一番自分に合った殺し方を見つけられた気がした。全てが上手く行き得意絶頂――――そんな相手を絶望の底に叩き落して殺す。それが最高だ。


 人生が輝かしい幸福の道で彩られたようだった。

 だから、落ち葉を踏む足音と共に忌々しい声が聞こえても、御名語の笑顔を消すには至らなかった。


「良かった、生きてた。大丈夫だったか? 死んだんじゃないかともー心配で心配でさ。いやあ間に合って良かった」


 人の良さそうな事を言ってノコノコやってきたのは御名語に憑いた死神、三途川(さんずがわ)冥道(めいどう)だった。

 ほんの少し前は怯え逃げ惑っていた相手だったが、不死拳を覚え、不死者を実際に殺し、実力的にも精神的にも一皮剥けた御名語は堂々と向き合い草刈り鎌を構えた。


 未だ実力的に劣る事は理解していた。勝ち目は薄い。しかしここで勝たなければ自分は先に進めないという確信があった。

 自分の「死」を超えてこそ、御名語は殺人鬼でいられる。今が殺人鬼として大成するかの分岐点なのだ。

 御名語は威勢よく啖呵を切った。


「私は御名語炉詩代、殺人鬼よ。私はサイッコーなの、例えアンタが死神だっ」

「うんうんそうだよな、わかるー。じゃ、時間だから。人生お疲れっ」


 三途川は人間の反応速度限界を数段超えた速さで大鎌を振るい、高ぶる御名語の首をコロンと落とした。

 大鎌を杖代わりに体重を預けダラダラと揺れながら、制服の胸ポケットから出した真っ黒な手帳を開いて確認する。唇を尖らせ数行を目で追った三途川はパッと顔を輝かせた。


「えっ、御名語で終わりじゃーん! お仕事完了~! みんなぁ、悪いけど俺帰るからぁ! 楽しかったぜー!」


 燃える校舎と夜空を背景に校庭で未だ死闘を繰り広げる者達に向けて叫んだ三途川は、死んだらまた会おう、と縁起でもない再会の言葉を最後にこの世から消失した。

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[一言] 死神の弱点:なし 死神に殺されない方法:死を克服する 不死者:普通に死ぬ もうだめぽ\(^o^)/
[一言] 三途川のドライさが超越者らしくて良い。
[良い点] 三途川帰るんかい!いやそのノリの軽さが好きなんだけど。 六道すこ。 [一言] 堀田…ニノ影姉妹…猫塚…つらたん。
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