2 そんな馬鹿な!? 豹変するクラスメイト!
俺は急いで屋根を降りた。本物のデスゲームならのほほんとしていられない。迅速に行動する必要がある。クソ目立つ屋根の上にいて良い事なんて一つもない。
小屋の中に飛び込んで改めて紙を見直すが、ルールはざっくり言って「殺し合わなきゃ殺す、最後の一人だけ助けてやる、ランダム武器あげる」だ。冗談じゃねぇぞ。
とりあえず俺は死にたくない。死にたくないが殺したくもない。
前向きに考えるなら最後の一人になりさえすれば誰も殺さなくてもいいから、運が良ければひたすら逃げてるだけで生き残れる。
『3. 二十四時間連続して死亡者が出なかった場合、生存者は全員首輪が爆発して死にます。』
のルールがあるからそんなに上手くはいかないだろうが。全員逃げに徹したら全員死ぬんだよな。積極的に殺しに行く必要がある。悪質ゥ! クソがよぉ……!
……いや待て落ち着け、怒っても何も進まない。冷静に状況を整理しよう。
えーと、今さっき相田が爆死したから、ルール上あと二十四時間は誰も死ななくていい。
最善はあと二十四時間の間に助けが来てデスゲームが強制終了する事。しかしこの修学旅行は元々三泊四日の予定だ。最低でも丸三日助けは来ない。三人以上、確実に死ぬ。その三人になるのは絶対嫌だ。
クラスメイト達はどう行動するのだろうか? 逃げ回るのか? それとも出会えば殺す行動派だろうか? 俺は広く浅く交友を持っていたから、コイツなら絶対俺を殺しに来ない大丈夫と思える奴がいない。考えているとみんな危なそうに思えるし、安全そうにも思える。
できれば今残っている全員で生還したいとは思うが……そのためにできる事はあまりに少ない。
情けない話だが、死にそうな人を助けて回るような英雄的行為は俺には無理だ。
自分が死なない、殺さない、の二つだけで精一杯。いやそれすら怪しいのに誰かを助ける余裕などあるはずもなく。というかそんな事できる奴なんておらんやろ。デスゲームの生き延び方なんて授業でやってないもんな。
クラスメイトの動向は予想できない。誰がどんな武器を持っているかも分からない。
君子危うきに近寄らずと言うし、単独行動で基本逃げ。状況に応じて応戦。これが無難そうだ。
単独行動の欠点は徒党を組まれて襲われると必ず劣勢になる事や寝ている時に無防備になる事だが、それはこの際仕方ない。
そりゃ一人より二人、三人で協力した方が生存率も上がるだろうが、それは最後まで協力できたらの話。
どんなに助け合っても最終的には殺し合わないといけないわけで。最後まで分裂せず寝首をかかれず寝首をかかず協力し合える気がしない。この極限状況でそんなコミュ力発揮できたら超人だぞ。
集団で生存を目指すのは俺には無理だ。
もし爆発する首輪をどうにかできれば運営? による理不尽な爆殺の脅威も消えるから格段に協力しやすくなる。
しかし俺は爆発物なんてロケット花火ぐらいしか取り扱った事がない。爆弾解除チャレンジしても爆死しか見えない。無理。
むーん。何やっても無理でどうあがいても死ぬ気がしてきたぞ。考え過ぎだこれ。
思考の袋小路に陥りかけていたので、気分を変えるためにも外に出て付近を索敵する事にした。リュックを背負い、空の拳銃をお守り代わりに手に握る。
この小屋に窓はなく、出入口はドア一つしかない。マシンガンを持ったクラスメイトがドアから入ってきたらそれだけで逃げ道も無く死
「うわっ!? ……ああなんだ、伏見くんか」
「 」
俺がドアを開ける寸前に勝手に開き、目と鼻の先にマシンガンを担いだクラスメイトの藤沢カミラが立っていた。
絶句である。
おいおい死んだわ俺。
藤沢カミラはルーマニア人と日本人のハーフで、銀髪紅眼の府通高指折りの美少女だ。貴族然とした落ち着いた物腰と口調だが童顔で、高二なのに中二ぐらいに見える。背も小さい。
奇天烈な髪と眼の色からも分かるように、藤沢はいわゆるA組変人グループに属している。いくら校則でOKだからといっても髪を銀色に染めてカラーコンタクト入れてくるのだから変人以外の何者でもない。しかもそれを地毛とか天然とか言い張っている。無理があると思います。
見た目は絵画に描かれる幼い深窓の御令嬢といった風な藤沢だが、厄介性癖を抱えている。
血を飲むのが好きなのだ。
親が医療関係者らしく、いつも血の匂いをうっすら漂わせ、輸血パックを学校に持ってきて昼休みに飲んでいる事すらある。
法律にも校則にも違反してないんだから悪い事ではないのだが、控え目に言ってヤベー奴だ。目も醒めるような美少女なのに、変人グループ外の交友がなくむしろガッツリ距離を置かれているのはそれが理由だ。
俺は広く浅くの人付き合いがモットーだから普通に話すし、藤沢は血液テイスティングで血液型を当てられる、といった特技を持っている事も知っているが、仲が良いかと言われればそうでもない。
普段から文字通り血に飢えたヤベー奴が、
デスゲーム中に、
マシンガン担いで目の前にこんにちは。
これで死ななかったら核爆発に巻き込まれても生き残るぞ。
「どうしたんだい、固まって」
藤沢は首を傾げ、不思議そうに見上げてくる。そして何かに気付いた様子で動いて俺の後ろを見ようとぴょこぴょこした。
「分かった、何か隠しているんだろう。何を隠しているんだい? 凄い武器でも配られたのかな? ん? どうなんだい」
「いや、あー……俺を殺さない、のか?」
「え? 君は殺したら死ぬんだっけ?」
「え?」
それ確認必要?
あのね藤沢さん、人は殺せば死ぬんですよ。
知らなかったのかな? ごめんね。
「いやすまない、死ぬかどうか確認するなんて礼を失する行いだ。私は伏見くんを殺さないよ。特に殺す理由も無いしね」
藤沢はちょっと決まりが悪そうに髪の毛先をいじっている。
いや殺す理由はあるだろ。デスゲーム中だぞ。なぜそんなに自然体なのか分からない。
しかし殺す理由はあっても殺す気が無いのは真実に違いない。殺すつもりなら出会い頭に鉛玉をしこたまブチ込まれているはずだ。
マジか。俺、ここで死なないのか。
普段から文字通り血に飢えたヤベー奴がデスゲーム中にマシンガンを担いで目の前にこんにちはしても死ななかったぞ。
これは逆説的に核爆発に巻き込まれても死なないのでは?
「時に伏見くん、猫塚と河戸を見なかったかい? 同じ班なのにはぐれてしまったんだ」
「呑気か。デスゲーム中に同じ班もクソもないだろ」
「でも私は二人と一緒にビーチバレーをすると約束したんだよ。せっかく水着も持ってきたというのに荷物も取り上げられてしまった。およよっ、可哀そうな私を慰めたくならないかい?」
「……藤沢は長生きするよ。よしよし」
頭を差し出して来たので撫でてやる。髪サラッサラだな。
藤沢はよく猫塚と髪を弄りあっているし、撫でられる事に抵抗が無さそうだ。髪撫でさせ屋で一儲けできような髪しやがって。
死ぬほどマイペースな藤沢が満足するまでナデナデしていると、撫でていた頭が前触れも無く吹き飛んだ。
「!!!!???」
首から上が血飛沫になって俺の制服を赤く染める。
数拍遅れて、森の静寂に銃声が響いた。
出席番号30番、渕 頃須造は殺人鬼である。
渕は生まれついての殺人鬼だ。これは比喩表現ではない。
渕は歩くより先に人を殺した。這い這いをして洗面所の隅に落ちていた父の剃刀の刃を手の中に握り、寝ている父の首に押し込んだのだ。父は首から血を流し、言葉も発せず、苦しみ悶え血の泡を吹きながら息絶えた。それを幼い赤ん坊は薄っすらと笑みを浮かべ眺めていた。
渕頃須造、生後九ヵ月の事である。
二人目と三人目の殺人は四歳の時に行われた。
渕の母は不幸な事故で夫に先立たれ、心身を削り育児と仕事を両立させていた。当時の渕家はアパートの三階に住んでいて、エレベーターも無かったため、渕の母は毎日幼い渕の手を引き階段を上り下りして幼稚園に送り迎えしていた。
渕はその母の背中をそっと押した。目を驚愕に見開き、短い悲鳴を上げ階段を転がり落ちて首を折り静かになった母を見下ろし、渕は声を出さず嗤った。
偶然アパートの廊下で遊んでいて一部始終を見てキョトンとしていた一つ年上の女の子も、優しく手を引いて階段の前に連れてきて、突き落とした。
渕は汗だくになって女の子の死体を母の下に押し込み、それから泣き喚いて大騒ぎしながら近所を駆けまわった。
二人の死は、育児と仕事に疲れたシングルマザーが足を踏み外し、偶然下にいた少女を巻き込んだ、という形で処理された。
渕頃須造は齢四歳にして殺人に伴う隠蔽と偽装工作を理解し、実行してのけたのだ。悪魔的才覚であった。
五歳になった後、渕は一年に一人の殺人を愉しんだ。
焼き殺し、絞め殺し、轢き潰し、餓死させ……
渕は死を呼ぶ不吉な少年として悪い噂が立ったが、表向きは大人しく賢い、悲劇に打ちひしがれた可哀そうな少年を演じていたため、両親を亡くし渕を引き取った祖父母は不審に思わなかった。
何度か警察の念入りな捜査が入ったが、渕の犯行を見破るには至らなかった。常に、事故、病気、別人の犯行に見せかけられた。
渕頃須造を止める者はなく、殺しのテクニックは洗練される一方だった。
渕は自分の正体が露見すれば二度と殺人を愉しめないであろう事を知っていたため、目立ち過ぎないよう一年に一人の殺害に抑えていたのだが、高校に進学する頃にはもっと殺したいという欲求を抑えきれなくなった。
渕は単独での限界を認識した。単独での隠蔽工作には限界がある。
そこで組織の力を頼り、最も自由にそして愉しんで殺せる場を求めた。
それが七丈島で行われるデスゲームだったのだ。
渕頃須造はデスゲーム運営の手引きで府通高A組に転入した。
渕は運営に期待されていた。A組に複数紛れ込んだ殺人鬼の内、自力で運営を見つけ出し、自分を雇うよう交渉を持ちかけてきたのは渕だけである。
運営のデスゲーム動画生放送視聴枠の中でも、渕のチャンネルは他チャンネルよりも頭一つ抜けて同時視聴者数が多かった。
デスゲームと銘打ってはいるが、七丈島は哀れな兎をハンティングする殺人鬼の狩り庭に過ぎない。デスゲーム開始直後から渕は効率的に動いた。
すぐさま高台に登り、島全体を見回し、森の中の小屋の屋根から慌てて降りる伏見維人を発見。邪悪な笑みを浮かべ舌なめずりして急行する。
陸上部に入っていれば華々しい成績を残していたであろう俊足で小屋が見えかつ自分は木の葉に隠れ見られない格好の狙撃ポイントに移動した渕は、配布された狙撃銃のスコープを覗き込んだ。
手の早い事に、伏見維人は早速藤沢カミラと合流していた。小屋の入り口で何事か話をしている。
片方を撃てば、二発目を撃つ前に残りが小屋の中に隠れてしまう恐れがある。
まずは一人。確実に。
渕は自分に背を向けて立っており、万が一にも狙撃を悟られる事のない藤沢カミラの綺麗な顔を一撃で撃ち抜いた。
気分が高揚する。他では味わえない最高の快楽であった。
再装填を行う。
一瞬前まで撫でていた頭部が消し飛んだ伏見は棒立ちで目を瞬いている。
渕は嗤った。一日に二人殺せるのは久しぶりだった。
隙だらけの頭部を撃ち抜こうと引き金にかけた指が、止まる。
スコープの向こうの信じがたい光景が目に飛び込んできた。
吹き飛び飛び散り小屋の壁と伏見を汚していた血糊が赤い霞になり、動画を逆再生するように藤沢に戻り頭部を形作った。
瞬く間に銀色の髪の毛先まで完全に再生した藤沢がぐるりと振り返る。
「は」
藤沢の爛々と輝く紅瞳に射竦められ、渕の息が止まった。
400mは離れている。木々に遮られ見える訳が無い。
しかし間違いなく見つかっている。
藤沢は尖った犬歯を剥き出し、化け物そのものとしか言いようのない異常な速度で一直線に向かってきた。
この日、社会の闇に生きる殺人鬼・渕頃須造は、本物の闇の生き物たる吸血鬼・藤沢カミラの怒りを買った。