19 全力攻勢デスゲーム! 前
有留場の無残なバラバラ死体(独特の金属片と血の臭いでそれと分かった)を目の当たりにした藤沢はへなへなと崩れおち、幼児のようにわあわあ大泣きし始めた。
言葉にならない言葉を叫び、泣きじゃくり、瓦礫をぶんぶんぶん投げ校舎の鉄骨を粉砕し床を殴って亀裂を走らせる。子供の癇癪・怪獣版って感じだ。
俺がヤバいと思ったのは癇癪に巻き込まれて死ぬ恐怖より大粒の涙をボロボロ零して取り乱している藤沢をなんとかして慰めたいという気持ちが勝ってしまった事だった。
本当に頭おかしいんじゃねぇの俺。ほんの数日前までは『ヘッ、可愛い女の子とちょっと一緒にいただけで惚れるなんてのは中坊までだぜ青臭ぇ』なんて思ってたのに。
俺って本当に馬鹿。めちゃくちゃ可愛くてめちゃくちゃ好みでスキンシップが多くて人間サイズの怪獣で人間への憎悪を募らせてるだけの普通の女の子をどうして好きになってしまったのか。
いやどうしても何もねぇな。超怪力の人間嫌い吸血鬼ってむしろプラス要素じゃん? かわいい(錯乱)。
「おい藤沢、藤沢? …………なあカミラ、泣くな。大丈夫だ。大丈夫だから」
俺は四方八方に投げつけられる砲弾のような瓦礫に当たらないよう祈りながら名前を呼び近づいて、何の中身もない死ぬほど下手くそな慰めと共に正面から抱きしめ頭を撫でた。
俺はただの人間で、有留場の蘇生はできない。誰も守れない。自分の身すら守れない。そんな俺が藤沢のためにできる事はこれぐらいしかない。
抱き締め殺されるかと身構えた俺にすがりつく藤沢は見た目相応に弱々しく儚げだった。どれだけ力があっても不死者でも、藤沢はまだ俺と同じ高校二年の女の子なのだ。友達の無残な死を見て打ちのめされない訳がない。
俺が胸を貸した甲斐があったのだと思うのは自惚れだろうか、藤沢は癇癪を止め、大人しくなり、やがて泣き止み、泣き疲れて寝てしまった。
頬に残る涙の痕を拭ってやる。クラスメイトの首をもぎ取り、足を嬉々としてへし折っていた奴と同一人物とはとても思えない安らかで幼げな寝顔だった。
お前なんでそんな無防備なの? 馬鹿なの? もうここまで来たらストレートに言うけどむらむらするよ? デスゲーム中だし流石に手出しはしないけどな? 襲ったら死ぬのは俺だし。友達の死に悲しんでるところにつけ込む奴なんてぶっ殺されて然るべきだから俺は俺自身を殺さないといけなくなる。
俺自身は有留場の死にそこまでショックを受けていなかった。
もちろんクラスメイトが死んだ悲しさはある。しかしデスゲームの中で散々人死にを見てとっくに感覚が麻痺していた。ここは普通悲しい場面なんだから俺は今悲しいんだ、というような薄ぼんやりとした悲しみしかない。
有留場がいつも浮世離れして厭世的な雰囲気をしていたから、というのもあるかも知れない。
あれはいつだっただろう、放課後の屋上でフェンスにもたれかかって煙草を吸っている有留場を見つけ、一本くれないかと言った事がある。
喫煙者になるつもりは無かったが、話のタネに一本ぐらい吸ってみるのもアリかと思ったし、純粋にどんな感じなのか興味もあった。
有留場は意外にもキッパリと拒否してきた。煙草は体に悪い、寿命を縮めるからやめた方がいい、手を出すならもっと楽しい事に出せ、と説教までしてきた。
俺はなんとなく有留場の人生の何か深い部分に関わっている事を察して、有留場の隣の屋上のフェンスにもたれかかってしばらく他愛も無い雑談をした。有留場ははっきりそうとは言わなかったが、煙草の煙が俺にかからないようにずっと気を使っていてくれていた。
変人グループ以外の(今思えば不死者仲間以外の)人間には興味なんてない、という態度を取りながら、存外有留場は優しかった。
しかし有留場が自分自身に優しくしているのを俺は見た事がない。有留場は自分の事があまり好きではなかったのではないだろうか。
すやすや寝息を立てる藤沢を抱きしめたままどれだけ物思いに耽っていただろう。俺は割れた窓から差し込む日の光に反射する煌めきを見つけた。
乾きかけた赤黒い血溜まりの中に一本の安物ライターがあった。破れた煙草の箱もある。
俺はなんとなく手を伸ばし、湿気た煙草にライターで火をつけ、放り投げた。
煙草は血だまりの隙間の乾いた場所に落ち、くすぶり、ゆるゆると細い煙を立ち上らせる。
俺と有留場はそんなに親しかったわけではない。ただのクラスメイトというほどよそよそしくはなく、かといって仲の良い友達でもない、つかず離れずの関係だった。
しかしこうして線香を上げても嫌がりはしないだろう、と思った。
センチメンタルな葬儀は悲痛な遠吠えで終わりを告げた。遠吠えがした瞬間に藤沢は飛び起き、血相を変えて音の元へ飛んでいった。比喩ではなく本当に大砲か何かで撃ち出されて飛んでいったかのような超反応爆速ダッシュだった。
衝撃波をモロに浴びた俺はフラフラ追いかける。スタートダッシュで音速超えるのやめーや。これだから人外は。
俺が現場に一足遅れて到着すると、その場には不死者が全員揃っていた。
堀田、猫塚、宇津、二ノ影姉妹、藤沢。三途川もいる。そして彼らが囲んでいるのは――――大狼の死体だ。
あの遠吠えで薄々分かっていたがやはり殺されたらしい。無傷で、しかし完全に生気の無い焦点の合わない目が虚空を移している。
「人間め……!」
紅眼を爛々と光らせ飛び出していこうとした藤沢を俺は飛びついて止めようとして止められず思いっきり引きずられた。
痛い痛い痛い痛い! すり下ろし伏見になる!
「馬鹿ッ! 明らかに各個撃破されてるだろうが! 一人になったら殺人鬼の思うツボだぞ!」
「伏見くん……いや、でもこんな事許せない。許せてなるものか。君はこれだけされて黙っていろと言うのかい!?」
藤沢は止まってくれたが、怒りは止まらないようだった。
仕方が無いので俺は藤沢の細い腰に思いっきりしがみついたまま言葉を尽くして説得にかかる。
不死者は何もせず集団で固まって「待ち」を選ぶのが最も安全確実だ。
殺人鬼達は前例からして間違いなく孤立した不死者を狙い撃ちにしている。
最初から不死者を一方的に殺す能力を持っていたなら初めて不死者の本性を見た時にボコられたり逃げ出したりしていないはずで。短期間で急激に成長するとかいう殺人鬼らしからぬ主人公属性を発揮してデスゲーム中のわずか数日間に不死者殺しの方法を学び習得したとしてもそれは決して完全ではない。不死者殺しの技が不死者を一方的に殺せるモノなら、不死者が固まっている公民館を襲ってまとめて叩き潰さないのはおかしいからだ。
公民館にやってきた偵察隊。そして各個撃破が繰り返されている現状。これらは逆説的に集団で守りを固めている限り殺人鬼は不死者に手を出せない事を意味する。
ならば話は簡単だ。
不死者が守りを固め誰も死者を出さず24時間が経過すれば
『3. 二十四時間連続して死亡者が出なかった場合、生存者は全員首輪が爆発して死ぬ』
のルールに抵触する事になる。
これに対し殺人鬼が取れる選択肢は三つ。
①何もしない。殺人鬼は全員爆発して死ぬ。不死者は殺しても死なないので不死者勝利。
②殺人鬼同士で殺し合う。殺人鬼達は自滅して不死者勝利。
③不利を承知で不死者を殺しにかかる。殺人鬼は不利な戦いを強いられる。
この三つだ。
①②のどちらかを選ぶならそれで良し。殺人鬼は全員死んで仇が取れる。
③でも殺人鬼は数でも質でも勝る不死者の根城に乗り込まなければならなくなる。不死者側から殺人鬼達を探しに行き、分断工作や罠の被害を受けるよりずっと良い。
以上の理屈で、殺人鬼に対する対策は「待ち」一択。不死者はもう全員この場に集合していて、急いで探すべきはぐれ者もいないのだから。
「なるほど。一理ある。しかし……」
藤沢は合理性と復讐心の間で迷っているようだった。
うむ。復讐はどんどんしていっていいが、やり方は考えるべきだぞ。自分の身を滅ぼすような復讐はやめるんだ。実益を兼ね未来に繋がる前向きでクリーンな復讐をしよう。
あとこれは口には出さないけどなんで俺は自分を殺すための説得してんの????? 殺人鬼は不死者の「待ち」で死ぬけど俺も死ぬよ?
いやどうせなにやっても数日差で首輪爆発して死ぬんだけどね! 三途川が持ってるメカメカしい残骸って河戸の死体なんだろ? もう終わりだよ、終わり!
でもどうせ終わるなら仮にも仲間として過ごしてきた奴らの手にかかって死ぬより、一分一秒でも長く生きてから敵の手にかかって死にたい。
願わくば人間である事を打ち明けて、人間として看取られて死んで――――
「私は許せない。百歩譲って大狼は分かる。人肉喰べるから。私もそう。でも河戸と有留場は何もしてない。二人は人間のルールを守った。『正当防衛』以外で殺して無い。それでも殺された。許せない。人間許せない」
「しかもあいつら、友達面してクラスに入り込んで俺達を騙してやがった。それも許せねぇ」
「ああ、人間なんて死んだ方がいい。なあ伏見くん」
「……ソッスネ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!
OK分かった今度こそ完全に理解した。この秘密は墓まで持ってく。
でも最後に一つだけ、本当に最後の希望の糸に縋ってみたい。
俺は「これ以上犠牲者を出すのは……」「しかしこの手で仇を……」などと難しい顔で話している不死者達にタイミングを見計らって別の話題を差し込んだ。「みんなは首輪が邪魔じゃないのか?」と。
不死者達は言われて初めて思い出したような反応を見せた。
「そういえば付けたままだったね。外した方が良いだろうか?」
「あ、外しとく? うーん、オシャレなんだけど確かにそろそろ邪魔な気も」
「外しとく? えーっ、ちょっとオシャレで気に入ってたんだけど。まあいっか」
「じゃ、アタシも外すニャ」
「首輪くんもそろそろ爆発したいって言ってるしな」
不死者達がわいわい言いながら全員自分の首輪をガチャガチャいじって無理やり外しにかかる。当然警告音が鳴り、どかどかどっかん、と立て続けに爆発した。なんだお前らァ!
しかしある者は蘇生しある者は再生しある者は無傷である者はとれた首をくっつけて、全員何事も無かったかのように脳筋ゴリ押し解除した。
俺が真似できるようなゴリ押しじゃない技術系解除する奴はいないんすね。
そっか……いやうん、知ってた……
……全員揃って伏見はやらないの? みたいな目をするんじゃない。ぶっ殺されてぇのか?
やらねーよ!? 俺は死んだら死ぬんだから!
結局、俺の案が通り――――通ってしまい――――生き残った七人の不死者と俺はエリア中央の廃校で穴熊を決め込む事になった。
昨日までなら皆でトランプでもやって遊んでいたところだが、流石に三人も死者が出ている現状そうもいかない。泣いている者はいないが、笑っている者もいない。皆ピリピリしていて、一番お気楽な性格をしている猫塚が一度藤沢に絡みに来たものの、藤沢の反応が上の空だったためちょっと抱きしめてそっと離れていった。
俺の事を不死者殺し殺しだと思っている堀田はお前なら一人で殺しに行けるんじゃないか、ととんでもない事を耳打ちしてきたが、五対一は流石に無理だと言うとクソデカ舌打ちをして去っていった。
役立たずでごめんな……役立たずでも生きていたいんだ……もう無理だけど……
そして日付は変わり深夜2時半、最後のエリア縮小が始まる。
夜の静寂を引き裂く爆音と共に円の境界線の外側が爆発・崩落していった。
夜の暗闇に白と灰色に濁った粉塵が混ざり、爆炎で照らされる。大地が崩れ、波にもまれ海に沈んでいく。
目を細め割れた窓から月を見上げていた猫塚が耳をぴくりと動かした。
「来たニャ」
「来るしかなくなったんだろ」
棒立ちしたまま彫像のように静止していた堀田も窓際に寄って外を見る。
俺は窓際に寄って撃たれでもしたら死ぬので部屋の隅で背伸びして双眼鏡越しに外を確認した。
森から四人の殺人鬼――――鰐春先生、慈衛、古武士、御名語――――が出てくるところだった。猫塚と堀田の索敵範囲は広い。エリア縮小によってゲームエリア全域が索敵範囲になったため、索敵範囲をおおよそ理解していたのであろう殺人鬼達は姿を現さざるを得なくなったのだ。
残り一人の渕はどうしたのだろう? 身内切りで殺されたのか? それとも伏せ札?
分からない。だがいよいよ決戦が始まるのだという事は理解できる。
俺達が何かをする前に、古武士が高々と掲げた何かのボタンを押した。訝しむ間もなく校舎の至る所から爆音が聞こえ、あちこちから火の手が上がり始める。
藤沢は紅眼を輝かせていたが、落ち着いていた。爆音と震動に全く動じず、まず俺に聞いてくる。
「伏見くん、これはどう思う?」
「文字通り炙り出そうって腹だろ。どうする?」
ちなみに俺はこの場にいたら炙り焼きにされるから素直に炙り出されるしかないです。
しかしそうだよな。廃校は地図のド真ん中。拠点にするとしたらここだ。罠を仕掛けるには最適な場所でもある。なぜ思い至らなかったのか。
というかよく遠隔操作爆破トラップなんて作れたな。そんなに時間的余裕はなかったはずなのだが。鬼の中に誰か経験者でもいたんだろうか。
「――――受けて立とう。策に乗るのは業腹だが、ここには居られないからね。何よりどちらも決戦を望んでいる」
「アイツら中指おっ立ててやがるニャ。良い度胸ニャ。ぶっ殺すニャ」
「挑発が安い。安売り。買う」
全会一致で決戦が決まった。不死者達は次々と窓から外へ飛び出していく。
いや待てここ三階だぞ。人外はすーぐそういう事する! 三階は打ちどころが悪ければ人が死ぬ高さだからな?
俺はマシンガンを肩から吊り下げ雨樋を伝ってのたのた下に降りにかかったが、途中でジャンプしてきた藤沢にお姫様抱っこされて一気に下まで降ろされた。お手数おかけしますほんと。
そして七人の不死者+αと四人?の殺人鬼は燃え盛る夜の廃校を背景に校庭で対峙した。
言葉は無かったが、奇妙な決意があった。
殺人鬼には、自分達を追い詰め弄んだ不死者を必ず殺すという決意が。
不死者には、クラスメイトを裏切り仲間を殺した殺人鬼を必ず殺すという決意が。
俺には、不死者に加勢しつつなんか上手い事生き残れるように足掻こうという決意が。
事ここに至って会話は要らない。最早殺し合うのみ。
どちらが先に動いたのか、当然の帰結として不死者VS殺人鬼の最終決戦が火蓋を切った。