18 長いあの日の終わり
『……マ、マイクテスト、マイクテスト。本日の天気は晴れ。はい。皆さんおはようございます。ゲーム運営です……生きている方はお疲れ様です。死んでいる方や死なない方は痛ッいやなんでも……ごほん、今朝までの犠牲者を発表します。
出席番号8番、河戸 愛さん。
出席番号20番、日土居 浦霧さん。
出席番号23番、富甲 治子さん。
以上3名が死亡しました。生存者は15名です。
生存者が、えー、キリの良い数になりましたので、明日の……丑三つ時ですか? はい、丑三つ時、つまり真夜中の2時半にゲームエリアの縮小を行います。地図に描かれた小さな赤い円の外側は消えます。急いで内側へ移動しましょう
ゲームも終盤です。島内放送はこれで最期になります。皆さん、どうか最後まで希望を捨てず、死力を振り絞って殺して下さい。以上ここまでの放送は鹿井新晃がお送りしました。さようなら、いつか地獄で会うその日まで』
デスゲーム五日目の島内放送は何かいつもより様子がおかしかった。元々ブラックジョークを混ぜた悪趣味な放送だったがそれにしても悲壮感が強かった気がする。何かあったんだろうか。
まあ今は放送係鹿井さんの謎より我が身の事だ。
河戸の名前が挙げられ、公民館の不死者達はざわついていた。
「愛ちゃん死んじゃったの?」
「運営が勘違いしてるだけじゃなくて?」
「分からない。でも河戸は死なない。簡単には」
二ノ影姉妹が全く同じ動きで首を傾げ、宇津が淡々と答えている。
「愛って死ぬんだったかにゃ……?」
「さあ。藤沢が自壊命令出せば壊れるとは言ってたはず」
「出す訳ないにゃ」
「な」
猫塚と堀田も訝しんでいる。
どうやら皆仲間が殺されて怒り狂うというより誤報を疑っているようだ。
俺も同じ意見だった。そもそも運営がどういう方法でデスゲーム参加者の生存・死亡を判断しているのか分からない。脈拍計測か? 生体電流か? ロボットにそんなものがあるか怪しい。
スリープモードになったのを死亡と勘違いしたとかそんなんじゃないすかね。スリープモード搭載してるのか知らんけど。
藤沢も親友の訃報の真偽を疑っているらしく、俺の袖を引いて不安そうに見上げてきた。
「伏見くんは本当に河戸が……?」
「俺は藤沢ほど河戸について詳しくないからなんとも言えんが。ロボットなんだろ? 戦車で轢くとかすれば壊れたりしないのか?」
「河戸は頑丈だよ。私が昔おままごとにしても千切れなかったぐらいさ」
「おままごとにする……?」
「おままごとにするというのはだね、相手の体を人形に見立てて、こうブチッと」
「OK理解したそれ以上説明しなくていい」
「いや子供の頃の話だよ!? もう友達でおままごとなんてしないさ」
藤沢は高校生になってオネショをしていると思われ慌てて言い繕うように言った。
それ友達じゃなかったらおままごとされちゃうって事じゃないですかー!
なんで「伏見くんは大切な友達だよ」みたいな目で見てんの? それ不死者だと勘違いしてるからだろ? なによ! 藤沢のバカバカ! 等身大のアタシをちゃんと見てよね!
等身大の俺をちゃんと見られたら殺されそうだけど。つらい。
不死者全体の意見としては「まあどうせ誤報でしょ」というところに落ち着いたが、俺の「不死者殺しがクラスに潜んでいる」という嘘八百を聞いていた堀田は意味深な目線で俺をチラチラ見てきたし、藤沢は親友の安否確認のために総出で島を捜索する事を強く主張した。
「猫塚は心配ではないのかい?」
「愛なら大丈夫にゃ。どんなヤツでも目からビームでジュッ! にゃ。バレーボールでも探してうろうろしてるんじゃにゃいか?」
「それはありそうだけれど。私はやっぱり心配だよ」
反応が薄い仲間達に藤沢は不満げだ。
河戸って目からビーム出すの? アレはただの暗視ゴーグルじゃなかった? こわい……
「伏見はどう思う?」
「捜索に行った方がいいな」
俺は不安そうな藤沢に同意した。
河戸がいなければ首輪は解除できない。首輪が解除できなければ俺はデスゲーム初日の相田のように爆発四散して死ぬ。絶対避けたい未来だ。
そういう意味で河戸の死は受け入れがたいし、不安そうな藤沢の顔を見たくないというのも大きい。
お前は笑っててくれ。こんな胃の痛いデスゲームやってんだからそれぐらい望んでもいいだろ?
俺が堀田に目くばせすると、頷いて調子を合わせてきた。
「伏見が言うならそうした方がいいだろ」
「なぜ」
宇津の端的な問いに堀田は慎重に答える。
「……今ようやく確信したが、クラスに不死者殺しが紛れ込んでいる可能性があるみたいなんだ」
不死者達に沈黙と緊張が走った。
デスゲーム中、終始一貫して超然としていた一行の態度が初めて崩れる。
二ノ影姉妹の姉か妹かが恐る恐る聞いた。
「誰?」
「分からん。ただもう不死者じゃない奴は五人しかいないから、その五人の誰かだと思う。だよな?」
「まあ……そうなるよな。えーと、不死者以外だと誰が残ってるんだ? 古武士、慈衛、渕……あと御名語と鰐春先生か」
指折り数えて気付いた。
もう殺人鬼しか残ってないじゃん。
何この状況? 馬鹿なの? 殺人鬼と不死者の挟み撃ちで俺は死ぬ。
元々際どい生き方をしてきたが進退窮まった。いよいよ年貢の納め時か。
年貢納めたくねぇな。脱税してぇー! なんかいい感じに生き残る抜け道あったりしないかな。
「二人は結託している。古武士と御名語」
「渕も誰かに助けられていたな」
「慈衛と鰐春は昨日一緒にいたにゃ」
俺の言葉を受け、宇津が言い、藤沢が付け加え、猫塚が呟く。
……ん?
待て待て待て。そうやって繋がってるって事は、だ。
「これ殺人鬼全員協力してないか?」
なんでだよ。殺人鬼だろ? 内輪モメでもしといてくれよ。
……いやそうか周りが不死者だらけだもんな、生き残るために協力もするか。納得。常識的選択だ。
それと比べてなぜ俺は不死者の懐に飛び込んで綱渡りなんてしてるんだろう。非常識にもほどがある。
「ワンちゃんヤバくない? 最悪5対1でしょ」
「殺し方知られてたら即死するよ」
「探しに行くにゃ。愛も探すにゃ」
二ノ影姉妹が慌てだし、のんびり構えていた猫塚も気を引き締め同意する。流れが変わり、総出で公民館を出て集合していない残りの不死者を探す事になった。
どうせ明日の深夜2時半にはエリア縮小で公民館は使えなくなる。どの道引き払わなければならなかったから、それが早いか遅いかの違いだ。
皆がバタバタと荷物を片づけまとめる中で、藤沢が俺の袖を引いておずおずと言った。
「ありがとう」
「何が?」
「伏見くんが言ってくれたおかげで探しに行く事になったから」
「ああ……気にすんな」
俺が頭を撫でてやると、藤沢はくすぐったそうに目を細めた。
河戸を探しに行く流れに持っていきたかったのは俺のためでもある。本当に気にしなくていい。ちょっと恩に着てくれたりすると嬉しいが。
もし河戸が本当に死んでいたとすれば俺はほぼ詰みだ。
たぶんこれから殺人鬼と不死者の戦いになる。どちらが勝っても最終的にはただの人間である俺は殺されるだろう。
もちろん殺されたくない。殺したくもない。なんとかして生き延びたい。最後まで生き足掻くつもりだ。しかしどこでどうやって足掻くかは選ぶ。
今更殺人鬼側にはつかない。独りにもならない。
理由は単純。
凶悪なクラスメイトと凶悪だが数日一緒に過ごして笑い合ったクラスメイト。どちらにつくか、という話。
だから不死者陣営に――――藤沢に協力し、助けるのだ。
公民館を出た俺達は、捜索効率と単独行動の危険性を考慮してバラけた。藤沢と俺、二ノ影姉妹と堀田、猫塚と宇津の3チームだ。
合流していない不死者は有留場凛、大狼湾、三途川冥道。そして安否確認が急がれる河戸愛だ。この4人を殺人鬼に注意しつつ3チームで捜索する。
別方向にそれぞれ散っていく中、俺と藤沢はまず有留場がいる事が分かっている島中心の校舎に向かった。
殺人鬼達は慎重かつ大胆に、そして計画的に動いていた。単独で一カ所に留まっている有留場の所在を把握していながら五日目朝6時まで動かなかったのは熟慮しての事だった。
四日目の夜にやるべき事をやり飛行機の残骸に集合した殺人鬼達は、不死者達が完全集合する前に孤立している者を各個撃破する事を決めた。
しかし不死者達も馬鹿ではない。五日目朝6時に河戸の死を知れば警戒し単独行動を控えるようになるだろう。
だが、まだ一人であると捉える事もできる。不死者が一度に複数死んだら不死者の殺し方を知る何者かの存在が間違いなく露見するが、一人なら事故で済まされる可能性がある。済まされない可能性もある。
相談の結果、朝6時の放送直後に有留場を始末する事になった。それならば不死者達の警戒心を最低限に抑えつつ合流を阻止できる。
有留場の殺害は慈衛と古武士、そして狙撃手として渕。その三人で行う事になった。
古武士は一度有留場に威力偵察を仕掛け、人外の身体能力を把握している。鰐春と御名語の攻撃ではカスリもしないだろうという判断だ。鰐春と御名語は戦闘中の周囲警戒要員として配置された。それが最も勝算が高いと考えられた。
「……人間は学習しないな」
朝6時の放送直後、校舎に姿を現した二人を見た有留場は腰かけていたバイクのサドルから降りて言った。蔑んでいるかのような台詞だったが、どこか物悲しい自嘲を帯びていた。
「見逃せばまたやってくる。分かっていたのだが。なぜ命を捨てに来た?」
「いいや殺しに来たのさ。殺人鬼の名に懸けて」
ヴォォォン……!
二人の答えを聞いて有留場は苦笑した。
「よく吠える。その心意気は評価するが――――姑息だ」
有留場が目にも止まらない速さで背後に手を伸ばし、何かを掴む動作をする。開いた手から零れ落ちた弾丸が床に落ち硬質な音を立てるのと銃声が木魂するのは同時だった。
狙撃失敗。校舎の窓の小さな隙間から針の穴に糸を通すような狙撃をしたのだが、それでも気付かれた。恐るべき超感覚だった。
だがまだ終わりではない。むしろここからが勝負の分かれ目。
元より全身が桁外れに強靭な金属骨格であると推定されている有留場に狙撃が命中しても仕留めきれるかは怪しかった。
古武士と慈衛は頷き合い、同時に有留場に襲い掛かった。
瞬足の踏み込みから古武士が鋭い回し蹴りを繰り出す。
コンクリートを粉砕する強烈な回し蹴りを有留場はしっかり目で追い、右手で足首を掴み取った。この時点で古武士の攻撃は失敗。魂に損傷を与える不死拳の技も当たらず対処されれば無意味となる。
だが本命は古武士の一撃ではない。古武士がおもちゃのように振り回され地面に叩きつけられミンチになる前に慈衛のチェーンソーが唸りを上げ振り下ろされる。
有留場はそれを左腕で受け止めようとし――――
「な、何ィ!?」
甲高い異音と共に、有留場の左腕は半ばから斬り落とされた。
孫慈衛はチェーンソーを愛用する殺人鬼である。これまでの殺人は全てチェーンソーを使って行ってきた。故に当然チェーンソーが抱える問題も把握していた。
刃こぼれだ。
一般的なチェーンソーの刃は鋼製である。鋼は頑丈な金属だが、人間の肉を切り骨を断てばどうしても刃こぼれを起こす。
一人殺せば肉片がチェーンソーに絡まり油まみれになって刃の交換が必要になる。
そこで慈衛が思いついたのは鋼よりも強い錆びない金属を使う事だ。
クロム合金、ステンレス、チタン合金……何十種類もの金属でチェーンソーの刃を試作した慈衛が辿り着いた結論は、隕鉄を使う事だった。
隕鉄とは鉄とニッケルを主成分とした隕石から取り出された金属の総称である。慈衛がお小遣いを貯めて骨董屋で購入した隕石は、鉄とニッケルの他に人類が発見していない未知の金属が含まれていた。
隕鉄で鍛造したチェーンソーの刃は独特の質感と光沢を帯び、刃こぼれを知らず、決して壊れなかった。慈衛がデスゲーム中何度もチェーンソーを振るいながらも刃を交換せずに済んでいるのはそういう理屈だ。
慈衛は例え有留場の全身が金属骨格だったとしても、自分のチェーンソーならば必ず断ち切れると主張。単独で有留場に挑み一蹴された経験のある古武士は慈衛の意見を容れざるを得ない。
飛行機の残骸を試し切りしたチェーンソーが刃こぼれも歪みも出さず新品同然であったという実演の説得力も手伝い、殺人鬼達は有留場抹殺の勝機をチェーンソーに託した。
殺人鬼達の計略は成った。
渕の狙撃と古武士の初撃で注意力を分散させ、チェーンソーを受けさせる事で有留場の腕を断ち切った。
奇しくも有留場の骨格に使われていたのはチェーンソーの素材と同じ、宇宙からやってきた未知の特殊金属であった。
奇妙な事に、有効打を与えると有留場から戦意、敵意、生への執着が消え去った。
されるがままに拳を、弾丸を、刃を受け、解体されていく。
勝負は決した。あまりの無抵抗ぶりに再生や復活を疑う殺人鬼達だがその様子は無く、胴から斬り落とされ血まみれの有留場の首が浮かべた表情が間違いなく死ぬのだという事を確信させた。
「おい……」
「!?」
バラバラ死体の有留場が全く動かなくなり、帰ろうとした慈衛と古武士に声がかかった。振り返るとなんたる生命力か有留場の生首がかすれ声で言葉を発していた。
「人間が……不死者になんて、なるもんじゃな――――」
ヴォォォォオォォォォオォォンッッッッ!!!!!!!!!
遺言はビビッた慈衛が振り下ろしたチェーンソーによって中断された。
有留場から完全に生命が消えても執拗にチェーンソーを振り下ろす慈衛を古武士が止める。チェーンソーのエンジンの余韻の中、古武士は死骸に唾を吐き捨てた。
「不死者が人間のフリなんてするもんじゃねぇよ。いい迷惑だぜ。おら野郎ども撤収だ!」
凶行を成し遂げた殺人鬼達は速やかに撤収した。
藤沢と伏見が現場にやってくるのは、その二時間後の事だった。