15 殺人鬼は見た!
デスゲームでの生存方法は二つある。
一つは他の全員を殺し最後の生存者になる事。
もう一つは首輪を解除し島から脱出する事だ。
皆殺しからの脱出は俺の精神的にも戦力的にも無理なので、必然的に首輪の解除が必須になる。
そこで鍵になるのが河戸だ。河戸は頭が良く機械に強い。A組で誰かが首輪を解体解除できるとすればそれは河戸だろう。
そういう意味でも初日から猫塚と河戸をずっと探している藤沢にくっついていたのは結果的に正解だった。藤沢は一緒にビーチバレーをしたいから、俺は首輪を安全に外してもらいたいからという目的の違いはあっても河戸を見つけたいという部分では一致している。
最悪の場合カルロスとゴンの真似をしてアルミニウム箔を厚貼りした楽器ケースの中に隠れて事態の収束までやり過ごす事になるが、窒息、餓死、運営のテコ入れ等々不安要素が大きすぎる。本当に最悪の場合だ。
さて、デスゲーム四日目。日中を丸々河戸と猫塚の捜索に費やした俺と藤沢はようやく探し人の片割れ・猫塚を発見した。ついでに宇津もセットで見つけた。
二人は廃工場にいて、宇津の異様に膨らんだお腹に猫塚が猫パンチでじゃれついていた。
話を聞くと、慈衛とデスかくれんぼをしていた猫塚が地図を片手に怯えながらうろついていた富甲治子を発見。情報を交換し合っているところに飢えて暴走する宇津が突っ込んできて、不幸にも二人まとめて轢かれてしまったらしい。
猫塚はペッと吐き出され、富甲治子はそのまま取り込まれ、お腹一杯になった宇津は日陰でのんびり休憩中、というわけだ。
こわ……遭遇が一時間早かったら飢えた宇津に捕食されていたのは俺だったかも知れない。
二人の情報によれば古武士と御名語と慈衛が殺人鬼で、そのうち御名語を三途川が追っているという。殺人鬼と不死者多すぎでは? 人外魔境にもほどがある。もうノーマル生徒俺ぐらいしか残ってない気がする。
四日目の捜索で発見できたのは二人だけでそれ以降は空振り。俺達は新しい不死者を連れ魔窟に帰還した。
これで公民館にいるのは藤沢(吸血鬼)、堀田、二ノ影姉妹、猫塚(化け猫)、宇津。不死者の見本市の中で俺(人間)だけ浮きまくっている。たすけて。
種族的な意味だけではなく雰囲気的にも浮いていて、完全に修学旅行気分で盛り上がりキャッキャウフフしている不死者組は夕食後不安が顔に出ていたらしい俺をありがたくも王様ゲームに誘ってくれた。
デスゲームに王様ゲームを重ねるんじゃありません。ワケわかんなくなっちゃうだろ。俺はもう藤沢が本性を現した時からワケわかんなくなりっぱなしだよ。
不死者達は布団を敷いて寝室と化した旧公民館会議室に集合していた。藤沢が猫塚を膝枕して顎をこしょこしょしながら俺にお手製のクジを差し出してくる。
「赤の数字が書いてあるのを引いたら王様だ。王様はなんでも一つ命令できる。ルールは知っているね? 伏見が引いたらみんないっせーので数字を見るんだ。いっせーのだよ、まだ見てはいけないからね」
「テンションたけーな」
「一度やってみたかったんだ」
藤沢は目をキラキラさせていた。
楽しそうっすね。王様になって「俺本当は人間なんだけど許して」って言ったら許してくれたりしない? ダメ? 宇津のオヤツになっちゃう? そう……じゃあ俺王様になったらなんか適当に無難な命令して流すから。
俺がクジを引いて頷くと、藤沢は高らかに言った。
「ではいこう。王様だーれだ!」
デスゲーム四日目、夜。
鰐春と慈衛は不死者の巣窟・公民館に気配を殺し忍び寄っていた。木の陰から様子を窺うと窓から明かりと複数人の笑い声が漏れている。他の部屋は静かなものだ。どうやら一室に集合しているらしい。哀れな人間を囲んで食人パーティーでもしているのか。
鰐春と慈衛は頷き合い、おもむろに服を脱いで全裸になった。
鰐春は無手、慈衛はチェーンソーだけを持つ。道具の声を聞くという堀田対策だ。何も身に着けていなければ声もしない。道理である。万全を期すならばチェーンソーも置いて行くべきだが、慈衛は決して手放そうとしなかった。
全裸の細身の医者と筋肉モリモリマッチョマンが匍匐前進で公民館の窓の下までじりじり移動する。羞恥心などとうの昔に捨てていた。自分達を追い詰めた不死者達を殺すためならどんな恥辱にも耐えられる。
そう。殺人鬼は復讐鬼でもあった。
二人は聴覚に優れた不死者に勘付かれないよう一切喋らず、音を最小限に抑えるよう細心の注意を払っている。そろりそろりと窓の縁から顔を出し、カーテンの隙間から内部を覗く。
そこで二人は衝撃の現場を目撃した。
椅子に座り足を組んでふんぞり返った伏見が言う。
「……ひれ伏せ」
そのたった一言で不死者達が一斉に平伏した。
鰐春に死の恐怖を味合わせた堀田も、慈衛を追いかけ回し一方的に弄んだ猫塚も、渕を一蹴したという藤沢も、御名語と古武士を殺しかけた宇津も、二ノ影姉妹も、全員まるでそれが当然であるかのように布団に頭をこすりつけていた。
王様、王様だ、王様の命令には逆らえない、という囁き声が漏れ聞こえてくる。
鰐春は冷や汗を流した。恐るべき真実だった。
伏見は人当たりがよく交友関係の広い生徒だった。何かと敬遠されがちなA組変人グループに片足を突っ込みつつ、クラスの女子グループとも男子グループともほどよい距離感で付き合っていた。
まさかそれが不死者の王だったとは。
にわかに信じがたい隠蔽能力だ。不死者に逆らえず渋々従っているただの人間という可能性も考えられていたが、とんでもない。
実体は逆。自らの正体を完璧に隠し、影では不死者を従える王だったのだ。
一体伏見の正体は何なのか? 序列が無いように見えた――――強いて言えば藤沢カミラが牽引しているように見えた不死者達を強力に統制する実力はどれほどなのか?
想像もつかない。だが難敵である事は容易に理解できる。殺す時は総力を挙げる必要があるだろう。
慈衛がゴクリと息を飲んだ瞬間、平伏していた猫塚の耳が動き、不審そうに振り返った。
二人は急いで窓から離れた。脱兎の如く木立に逃げ込み服と荷物を拾う。振り返ると窓から猫のようにするりと猫塚が出て来るところだった。
王様ゲームとはいえ所詮はゲーム。無茶な命令をすれば何をされるか分からない。かといって面白みのない命令をすれば白けさせてしまい機嫌を損ねる。妥協案として王様らしく平伏を強要させていただいた。無難なチョイスだ。
驚いたのは平伏した猫塚が突然振り返り、窓を開け放ち外に飛び出していった事だ。
なんだなんだ、と俺達が窓際にぞろぞろ集まり猫塚を呼ぶと、ややあって猫缶を幾つか大切そうに抱えて戻ってきた。なんだったんだ。
部屋の中に帰還した猫塚の土で汚れた素足を拭ってやりながら藤沢が聞く。
「猫缶の匂いでも嗅ぎ付けたのかい?」
「んにゃ、窓の外に誰かいた。殺人鬼二人だったにゃ」
い゛え゛!? こわっ!
何? 下手すりゃ呑気に王様ゲームやってる間に奇襲かけられたって事? 不死者は大丈夫でも俺は即死するよ?
あぶねー。猫塚がいて良かった。セキュリティー万全じゃん、そのセキュリティーに殺される可能性に目を瞑れば。
藤沢は殺人鬼と聞いてテンションを上げた。瞳に赤みが差し、口の端から鋭い牙が覗く。
「ほほう、バレーボールがノコノコと。ちゃんと殺したかい?」
「んにゃ、猫缶落として逃げてったにゃ。これ良いマグロ使ってる。高いヤツにゃ」
猫塚は早速一缶開けて直食いしながらにゃごにゃご言った。
猫塚ァ! この気まぐれニャンコめ!
しかし殺人鬼達も根性あるな。話を聞いている限りだと全員不死者の正体を知らないまま殺そうとして一転攻勢喰らったはずなんだが。不死者の巣窟に襲撃? 偵察? をしにやってくるとは。
誰だろう? 聞いてみるか。
「その殺人鬼って誰だ?」
「変態だったにゃ」
「いやだから誰だよ」
「全裸の鰐春と慈衛にゃ」
「そりゃ変態だわ」
不死者に襲われて頭おかしくなったんすかね。
慈衛はとにかく鰐春先生のそんな話聞きたくなかった。先生……殺人鬼じゃなけりゃ一番頼れる大人だったのに……
デスゲームは人の尊厳も関係性も壊す。俺、上手く生き残ってもマトモな生活に戻れるかな。不安になってきた。