14 中国三千年の歴史は全てを解決する
出席番号9番、古武士剛の実家は中国拳法の道場である「不殺拳道場」だ。太古の昔より受け継がれた魑魅魍魎への対抗手段であると伝わる胡散臭い拳法を古武士は幼い頃から教え込まれていた。
道場主である祖父によれば、あのリンカーン大統領暗殺事件の真犯人も不殺拳の使い手だったという。表向きはリンカーン大統領は銃殺されたとされているが、実はその正体は不死の怪物であり、不殺拳の達人が秘密裡に闘い真実と共に歴史の闇に葬ったそうだ。
古武士が祖父が語る胡散臭さ1000%の言葉を信じていたのは小学生までだった。
現実とフィクションの区別がつくようになると、祖父の昔話がどちらに区分されるかは容易に判断できた。幼い古武士が自信満々に祖父の誤りを指摘すると、苦笑し、否定しなかった。祖父もまた祖父の祖父から語り聞かされてきた怪しい話を疑っていた。不死殺しの拳法とは言うが、祖父は一度も不死者を見た事もその技を振るった事もなかった。
しかし由来はとにかく武術としてはしっかりしたものであったから、不殺拳を修めた古武士は喧嘩で負けなしだった。中学に上がった頃から人に喜んで拳を向けるようになり、窘める祖父と疎遠になって鍛錬を辞めたため格闘家というより格闘家崩れに留まったのだが、それでも高校一年生の秋までただの一度も負けなかった。
逆に言えば高一の秋に古武士は負けた。完膚無きまでに大敗した。巻き込まれたデスゲームの中で古武士を下した相手は不死者だった。
そのデスゲームは商店街の福引で当選したチケットで行った真冬の雪山の山荘で開催されたものだった。閉鎖空間に渦巻く疑心暗鬼、結託、裏切り、逃走と失敗、恐怖、涙……色々あったが、やはり最後に物を言ったのは暴力だった。
終盤まで何故か余裕綽々で高見の見物をしていた参加者の一人が豹変し、怪物的な力で他の参加者を文字通り千切っては投げ千切っては投げし始めたのだ。
古武士も千切られかけたが幸い額をカチ割られただけで済んだ。その時に失神しかなり出血したため、怪物は古武士が死んだと思ったらしい。
密かに生き延びていた古武士は山荘にガソリンを充満させ爆破して怪物を殺そうとするも、怪物は瓦礫の中から平然と立ち上がった。古武士は怪力人間ではあり得ない不死性に恐れ戦き、一か八か不死の怪物を殺すという秘伝の技を打ち込み――――古武士は勝利し生き残った。
その秘伝の技の要訣をこれから古武士は殺人鬼達に伝授する。
「いいか? 不死殺しの技はいくつかある。全ての技に共通するのは殺意を込める事だ」
言いながら古武士は四人の前で最も基本的な突きと蹴りを実演して見せた。
「これに殺意を乗せるとこうなる」
古武士はほぼ同じ動きで突きと蹴りを繰り返したが、何かが違う事を四人の殺人鬼達は敏感に感じ取ったようだった。頷いたりチェーンソーを唸らせたりしている。古武士はニヤリと笑みを零した。呑み込みがいい。
「攻撃に殺意を乗せる理由は魂を殺すのに必要だからだ。いやまあ待て、嘘臭いと思ってもとりあえず聞け。魂が実在するなんて聞いた事ないだろ? でも実在するんだ。不死者にも魂はある。攻撃に殺意を乗せると、物理ダメージは通らなくても殺意が魂を傷つける。魂が致命傷を負えば実体も滅びる。攻撃に殺意を乗せて魂を滅ぼす、これが不殺拳の基本にして極意だ」
「……俄かに信じがたいオカルトだ。しかしそれが本当に可能なら理解できる」
「理解できるの!?」
荒唐無稽な説明にあっさり理解を示した鰐春に御名語は驚愕した。
鰐春は首肯し、保健室で生徒と雑談するように穏やかに言う。
「プラトンの魂の不在証明に通じるものがあるね。ギリシャの哲学者プラトン、名前ぐらいは聞いた事があるだろう? 簡単に説明すると、彼は全ての生命は何らかの負傷や欠落によって死ぬが、未だかつて魂の負傷や欠落によって死んだ者はいない、従って魂など存在しない……という理屈を語った。逆説的に魂を傷つけ殺す事ができれば魂は存在するという事になる」
「なるほど?」
御名語は曖昧に頷いた。古武士も頷く。プラトンの名前は知っていたが、そんな良く分からない有名人が実家に伝わる中国拳法と関係しているとは知らなかった。スルッと知識が出て来るあたり医者はやはり頭がいい。
「足が折れていてもその技は使えるのか」
渕が挙手して聞いてきた。目線でお伺いを立てると専属医が所見を述べる。
「渕くんは回復が早い。綺麗な折れ方をしていたのも良かった。明日には移動できるようになるが、武術のような激しい動きはできない」
「OK。渕はスナイパー役を頼む。殺せなくても足止めにはなる。いけるか?」
「ああ。うっかり撃ち殺したら悪いな?」
「ハッ! そんだけ言えれば大丈夫だな。よし、三人はこっちに来てくれ。まず基本の構えはこうだ。足を肩幅に開いて、そう。先生はいいな。体幹がしっかりしてる。もう少し足先開いて、そう、そこ。完璧。その位置を覚えてくれ。慈衛は肩幅に開くっつったろ、広すぎる。いやヴォンじゃないんだよ。何言ってんのかわかんねーよ。何? ……ああ、お前は肩幅がデカ過ぎるのか。そんなに開かなくていい。いや閉じすぎ……開きすぎ……あー、ちょうどそのチェンソーの刃の幅ぐらいだ。おお? 一発で完璧じゃねえか逆に引くわ」
早速古武士による指導が始まる。
鰐春は覚えが良く、慈衛は普通。御名語は少し覚えが悪い。
数歩歩いてから開き直しただけで足の幅が変わってしまう御名語に古武士が教え込んでいる間、渕は情報を紙に書きだしてまとめた。
現在分かっている不死者の情報だ。
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●→不死者 △→不死者と推測
●出席番号3番、宇津初呉洲
スライム。変形、再生能力。人間捕食欲求あり。無数の触手で攻撃を行う
●出席番号4番、有留場 凛
不明。怪力、再生能力。人間に無関心
△出席番号5番、大狼 湾
人狼? 孤独に弱い。変人グループ所属
△出席番号8番、河戸 愛
人型ロボット? 変人グループ所属
●出席番号10番、三途川 冥道
死神。首切断無効、自在に出し入れできる大鎌、短距離瞬間移動能力。御名語を狙っている。
△出席番号16番、二ノ影 陽炎
ドッペルゲンガー? 変人グループ所属
△出席番号17番、二ノ影 不知火
ドッペルゲンガー? 変人グループ所属
●出席番号18番、猫塚 九生
化け猫。死亡しても蘇生する。鋭利な爪を持つ。気まぐれ。慈衛を狙っている。
△出席番号21番、伏見 維人
不明。変人グループ所属
●出席番号22番、藤沢 カミラ
吸血鬼? 怪力、優れた五感、再生能力。吸血鬼の弱点のはずの日光が効かない。人間に敵対的
●出席番号24番、堀田 ガイスト
ポルターガイスト。道具を浮遊させ操る。道具の声?を聞く。道具に執着している
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「お、これは見やすい」
変な体勢でしばらく静止するよう三人に言いつけた古武士が渕の紙を横から覗き込んで感心した。指で上から辿りながら補足を入れていく。
「俺も前回のデスゲームから不死者っつーか不死者の伝承については調べてた。分からんヤツもいるが……宇津はスライムだろ。これは分かる。熱か凍結が弱点だ。全部蒸発させるか凍らせて動けなくするかって訳だな。電気とか薬品は全部無効化するし核もない。蒸発させるとしても一滴でも残せば復活する。不死拳で魂を殺すのが一番現実的だな」
渕はそんな非現実的な現実的殺し方は初めて聞いた、と思いながら紙に宇津の殺し方を追記した。古武士の指が下になぞる。
「有留場。こいつの正体は分からん。探り入れに行ったがぶっ飛ばされた。殴られた感触からして骨格は金属か何かだな。相当堅い。肉の感触もしたから生き物ではあるはずだ。これも不死拳で魂を殺すのがいいっつーかそれ以外の殺し方が分からん」
「もう全部不死拳でいいんじゃないか?」
渕がペンを指で回しながら愚痴ると、古武士は首を横に振った。
「そうもいかねぇんだこれが。殺しきるには何発も打ち込まんといけねーし、次の大狼とかは無効化される可能性がある。大狼は犬みたいな尻尾つけてるし不死者だらけの変人グループにどっぷりだから、たぶん人狼だ。人狼は皮膚がクッソ堅い。眼球まで意味不明な強度で全身全部攻撃が通らん。不死拳も跳ね返されて効かんかも知れん。だから弱点で殺すのが確実だ」
「ああ、人狼の弱点は知ってる。銀の弾丸だろ」
「いや多数決だ」
「なんて?」
尋ね返すと古武士は多数決だ、と繰り返した。
「人狼ゲームってあるだろ? アレで殺せる。近くにいる本人含めた五人以上のグループの賛成多数で殺害を可決すればその時点で即死する」
「おいおい、なんだそりゃ……」
「そう思うだろ? この殺し方をされないように『銀の弾丸が弱点だ』なんつー偽情報を広めたらしいぜ。結局人狼ゲームって形で本当の殺し方も広まっちまってるわけだが。本人も多数決警戒してるはずだからタネが割れても簡単にはいかねぇだろうな」
渕は納得して紙に大狼の殺し方を書き込んだ。やはり前回デスゲーム優勝者は頼りになる。
賛成多数で殺せるなら大狼が寂しがりなのも道理だ。自分の味方とつるんでいれば万が一殺害多数決に持ち込まれても反対票を確保できるから。
それから二人は古武士の知識と全員の苦い記憶をすり合わせ、不死者達の分析を行った。
すると二人についての問題が浮かび上がった。
ロボットだから魂がなく、根本的に不死拳が効かない河戸。
正体についての手がかりすらない伏見。
この二人だ。
さてどうするか、古武士が悩んでいると、静止するように言われていたのに何度も転んでは体勢を立て直し苛立ち今にも誰かを殺しそうな形相になっていた御名語に渕が声をかけた。
「御名語、その殺意を込めて殴ればいけるんじゃないか? 不死拳ってのはそれが大切なんだろ」
「いやそんな簡単には――――」
言いかけた古武士は、御名語が女子がしてはいけない鬼の形相で放った拳が飛行機の壁に当たり、奇妙な音を響かせ埃の雨を降らせたのを見て目を瞬かせた。
「――――できたな。粗削りだが形になってやがる。末恐ろしい才能だ」
「俺達は殺人鬼だぞ? 殺意の事なら任せろよ」
渕はそう言って唇を歪め笑った。
古武士は感心した。全く頼もしい仲間達だ。全てが上手く行って不死者を殺し尽くし、最後に殺し合うのが楽しみにすら思えてくる。
御名語の成功を見た鰐春と慈衛もすぐにコツを掴み、隙だらけの大振りではあるが一応不殺拳を繰り出せるようになった。
訓練開始後わずか三時間の事である。
しかしこの三時間は数ヵ月~数十年に及ぶ下積みがあってこそのものだ。何度も人を殺し、恐るべき不死者に追われ死の恐怖を味わったからこそ、経験を技に変える事ができたのだと言える。
不死者への最低限の対抗手段を手に入れた五人は改めて情報を共有し相談し、移動に難のある渕を留守番に置いた残り四人を2チームに分けて準備に出る事にした。
対河戸用EMPグレネード製作材料として使う、丸出広院の死体付近に落ちていると思われる首輪解除装置を回収するチーム。
正体の分からない伏見の情報を集めるため偵察を行うチーム。
両チームが無事成果を上げて帰還すれば、いよいよ反撃に打って出る事になる。
殺人鬼達は確殺を誓い合い、殺るべき事を殺るために散った。