13 Re:一転攻勢デスゲーム!
御名語は三途川に憑りつかれほとほと困り果てていた。三途川は死神である。クラスメイトの首を鎌で刈り取る瞬間も見た。物理法則を無視したというか逆に物理法則を制定する側っぽい気配すらするヤバいやつなのだ。
どこに行ってもしつこくついてきてどうでもいい雑談をする三途川をいっそ殺してやろうともした。実際、背後に回って首を刈る事には成功した。
しかし草刈り鎌で斬り落とした首を普通に拾い、普通に体に乗せてくっつけ、何事も無かったかのようについてきて好きなVTuberの話を続けたため諦めた。
死神からは逃げられない。
デスゲーム四日目、御名語は島の中心にある学校へ続く森の中の坂道を登っていた。そのあたりからバイクのエンジン音が聞こえてくるのだ。誰かいるに違いない。デスゲーム中にけたたましい音を立てて島にいる全員の注意を引く間抜けが。
御名語は我が身の不幸を嘆いて半分ヤケになっていた。
A組に潜む殺人鬼の中で、獲物に一転攻勢されて命を狙われているのは自分ぐらいなものだろう。なんという運の悪さか。同じ殺人鬼同士で最終的に殺し合う展開は想像していたが、遥か上位存在に一方的に殺される未来は想像していないし想像したくもなかった。
デスゲームに本物の死神が紛れているなんてゲームバランス崩壊もいいところだ。最後の生存者は死神で決まりではないか?
死神のせいで御名語だけゲーム難度がイージーからノーマルとハードを飛び超えてベリーハードにぶち上がっている。まるで悲劇のヒロインだった。
殺される前に殺せるだけ殺してやる、と腹をくくった御名語が学校を目指して三途川をお供にずんずん坂道を登っていると、道の横の茂みから滝のように汗を流し凄い形相をした古武士が飛び出してきた。
古武士剛は元々格闘家崩れの不良だ。引き締まった細マッチョ体型で、女子の間で密かに人気がある。昨年家庭の事情で一時休学し、額に大きな傷を作って戻ってきてからは雰囲気が変わり誰彼構わず因縁をつける事は無くなっていたという。
「御名語、伏せろ!」
「!?」
古武士は叫びながら御名語に飛びつき、地面に押し倒した。
何事かと思った次の瞬間、二人の頭があった場所を野太い触手が薙ぎ払う。
「逃げるな。逃亡は無意味だ。お前を吸収する。諦めろ」
平坦な声がする。森の奥に触手がするすると吸い込まれていき、今度は宇津が現れた。
いや、恐らく宇津だ。古武士に口を手で塞がれていなければ悲鳴を上げていただろう。
御名語の知っている宇津は下半身がゼリー状の触手の塊ではないし、十メートルもあるウネウネした悍ましい腕を引きずってもいない。不定形の怪物に申し訳程度にセーラー服を着せ女子高校生に見せようとして失敗したかのようだ。
宇津初呉洲はA組変人グループの一人である。自称変装の達人で、毎日体つきが変わる事で有名だ。小学生並のちんまりした体つきで登校する日もあれば、モデル並の高身長とメリハリの利いた体つきで授業を受ける日もある。
御名語が腕をタップすると、古武士は御名語を引っ張って立たせ手を離した。
「逃げるぞ御名語。走れるな?」
「逃げるな。逃亡は無意味だ。お前を吸収する。諦めろ」
宇津が言葉を繰り返し凶悪な触手を振るってくる。
しかし今度は傍観していた三途川が割って入り、大鎌の背で触手を叩き返した。
宇津の眉がぴくりと動き、困惑した様子で三途川を見た。
「三途川。なぜ」
「いやちょっとね、困るんだよなあ。御名語に今死なれるとダメなんだよ」
「私は空腹だ。古武士は逃げる。捕食は難しい。御名語は弱そう。御名語を吸収する」
「いやダメなんだって。時間来たらパクっとやっちゃっていいから。今はダメだ。なあ宇津、古武士にしとけよ。な?」
「古武士は捕まらない。私は空腹だ。待てない。御名語を吸収する」
「ちょ、待て待て待て、この食いしんぼさんめ、やーめろって!」
宇津の体の形が完全に崩れ、蠢く巨大な不定形の軟泥になった。
御名語を襲う無数の触手を無数の斬撃で斬り落としていくも、斬り落とされた触手はすぐに本体に吸収され再び生えてくる。
勃発した人外同士の喧嘩に背を向け、御名語は古武士に手を引かれ逃げ出した。
振り返ると三途川は追いかけてこようとする素振りを見せたが、宇津の猛攻を捌くだけで手一杯という様子で動けない。すぐにしつこいデス・ストーカーの姿は木々に遮られて見えなくなった。
森の中を疾走しながら御名語は救世主を問いただした。
「ちょっと古武士、状況分かんないんだけど! これどういう事!?」
「化け物に化け物ぶつけたんだよ! その隙に助けてやったんだ! 感謝しろ! 宇津の誘導で死ぬかと思ったぜ!」
「それは……助かったけど。化け物って死神だけじゃないワケ? 何が目的?」
古武士は速度を緩め、唇に一指し指を当てた。化け物の戦闘音はかなり遠い。御名語は頷き、足音を殺して古武士の背を追った。
古武士は素人目に見ても身のこなしが尋常ではなく、身軽でいて力強く、しかも音がしなかった。ただの男子高校生ではありえない。間違いなく御名語と同じ、しかし格の違う殺人鬼だ。
戦えば殺される――――しかし今は着いていくしかない。はぐれてもう一度三途川に捕捉されたら今度こそ終わるという確信があった。
三途川が瞬間移動でどこにでも行けるなら、四六時中付きまとわなくても殺す時間(?)になった時にやってきて鎌を振るえばいいだけだ。わざわざ近くに張り付いていたという事は、恐らく死神の瞬間移動は短距離しかできないのだ。遠く離れれば見失う。だからずっと近くにいた。
一人では引き離せなかった。古武士の助けは正に天祐。御名語は殺すのを最後にしようと思う程度には古武士に深く感謝した。
古武士を追って辿り着いたのは墜落して半ばから折れた飛行機の残骸だった。
随分昔に墜落したらしく、蔦と苔の天然迷彩が施され、岩の陰になっていて目立たない。地図にも載っていなかった。
古武士は手招きして蔦のカーテンを潜り飛行機の中に入っていった。
まさかここまで手間をかけて罠におびき寄せるはずがないと思いつつも不安に駆られながら御名語は後に続く。
飛行機の中は想像以上に整っていて、ハンモックに椅子、テーブルが置いてあり、いくつものバッテリーから伸びたコードが湯沸かし器に繋がっていた。
そして中には古武士を除いて三人いた。御名語はその全員に見覚えがあった。
全身に包帯を巻き、隙間から痛々しいひっかき傷が見える孫慈衛は同じく切り裂かれた跡のあるチェーンソーを大切そうに抱えて隅に座っている。
棚の上に腰かけ御名語にクロスボウを向けたのは渕頃須造。両足には添え木がしてあり、どうやら折れているようだった。
鰐春令太は特に負傷している様子は無かったが、代わりにゲッソリとやつれ、デスゲーム前とは悪い意味で見違えた。
一見繋がりの見えないメンバーだがなんとなく察しがついた。目つきが違う、気配が違う。同じ穴の貉だからこそ分かる感覚――――この場にいる五人は、殺人鬼だ。
古武士はテーブルの上のペットボトルの水をラッパ飲みして一息つき、口元を乱暴に拭って話し始めた。
「これで殺人鬼は全員集まったな。御名語以外にはもう説明したが、俺があっちこっち駆けずり回って殺人鬼を集めたのは不死者どもをぶっ殺すためだ」
「え、あいつ、あいつらって殺せるの? 首落としても生きてたけど?」
驚く御名語に古武士は自信たっぷりに頷いてみせる。
「殺せる。実際、俺は前回のデスゲームで不死者を一体殺した事がある。大爆発で監視カメラも何もかもぶっ壊れたから運営は不死者がいた事にすら気付いてなかったが、間違いなくヤツは不死者だったし、俺がぶっ殺した。ああそうだ、不死者は殺せる」
「前回のデスゲーム、って事は」
「俺は前回デスゲームの優勝者だ。全員ぶっ殺して生き残ったのさ」
御名語は合点がいった。古武士の昨年の休学と性格の変容の理由はそれだったのだ。
古武士は話を続ける。
「俺達はみんな不死者どもに一杯食わされ苦渋を舐めさせられた。確かに一体どころか何体もいやがるんだ、誰がどうやったって一人じゃ手に余る。でもな、結果を見れば殺そうとしてしくじってやり返されたんだ。獲物に噛みつかれたんだ。分かるか? ええ? 許せるか? 俺達は殺人鬼だぞ? 殺す側なんだ。恐怖を掻き立て命乞いを聞く側なんだ。それがなんだ今の状況は、許せるか? あ?」
古武士がギラギラした目で全員をゆっくり見回す。
古武士は言った。
「俺達は誰だ?」
「殺人鬼だ」
渕が簡潔に答えた。
「俺達の目的は逃げ隠れする事か?」
「いいや、殺す事だ」
鰐春が静かに否定した。
「相手が誰だろうが、何だろうが殺すのが本物の殺人鬼だろ?」
「ええ、そうね」
御名語は草刈り鎌を握りしめて同意した。
「なら、やれるな?」
ヴォォォン!
慈衛がチェーンソーを唸らせた。
全員の答えを聞き、古武士はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「良い返事だ。やり方は俺が教えてやる。こっから逆転だ、力を合わせて不死者をぶっ殺すぞ!」