11 ほのぼのデスキャンプ
有留場と別れた俺と藤沢は診療所にいた。移動途中で区津子露瀬が「ごめんなさい! でも私が生き残って幸せになるの!」とか叫びながら茂みから飛び出し剣で襲い掛かってきたが、藤沢のアイアンクローで捕獲&首モギされて即死した。
俺は怖くて漏らしそうだった。というかちょっと漏らした。
こえーよ。社交的で明るく女子の中心だった区津が取り乱して殺しに来たのがまず恐ろしいし、その首を容赦なくモギモギした藤沢も怖い。「やっとボール一個か」じゃねぇんだ。猟奇的にもほどがある。
でも藤沢と一緒にいなかったら殺されたのは俺かも知れないから何も言えない。
診療所に向かっているのは血が足りなくて禁断症状が出始めた藤沢用の血を確保するためだ。区津の血は飲みたくないらしい。AB型は口当たりが悪いから嫌だとか。
好き嫌い言いやがってよぉ。えり好みしてると大きくなれないぞ。吸血鬼の生態は知らんけど。
手が震え、牙が伸び、目に見えて挙動不審になりはじめた藤沢と一緒にいるのは身の危険を感じる。早いとこ血を飲ませてやらないとどうなる事か。
「はぁ、はぁ、えへへ、伏見くん良い血色してるねぇ。血液型何型? いつもどんなの食べてるの? タマネギ食べるといいよ、血液サラサラになるから」
頬を紅潮させた藤沢が俺の腕に抱き着いて頬ずりしてくる。
銀髪紅眼美少女に積極的ボディタッチをされているのに全く嬉しくない。恐怖しかない。
狙ってる。絶対俺の血狙ってる。藤沢の目は俺の腕の血管に釘付けだ。
「えへ、えへへ、ねぇ伏見くん、伏見くん、私とイイコトしないかい? 気持ちよくしてあげる。吸血されるとすごく気持ちいいんだ……アッだめだめ伏見くんは不死者……飲めない、飲めない……お腹を壊してしまう……ううっ、どうして君は不死者なのにそんなに美味しそうなんだ?」
「知るか。ちょっと離れろ」
「ああっ、伏見くん。そんなぁ」
涙目で甘えた声を出す藤沢を引き剥がし、二手に分かれて診療所を探索する。
無人島の放置された診療所に輸血パックがあるというのは流石に希望的観測だが、最悪、俺の血を抜いて誰か別人の血と偽って渡せばいい。診療所なんだから採血器具ぐらいあるだろう。
診療所は酷く荒らされていた。あちこちに物が散乱し足の踏み場もない。部屋の中で竜巻でも起こったかのようだ。誰かがここで戦闘したのかも知れない。俺はどさくさに紛れてパンツを棚の中にあった紙オムツに換えた。
幸い探索をはじめてすぐ藤沢が血の臭いを嗅ぎつけた。何故か冷蔵庫の中にペットボトルに詰められ入っていた血を「ちょっと古いな」などと文句を言いながらグラスに移して上品に飲む。
禁断症状はすぐに収まった。冷静になった藤沢は恥ずかしそうに目を逸らした。
「すまない、先程の醜態は忘れてくれると嬉しい」
「ああ。その代わりに今度俺がなんかやっても忘れてくれ」
約束を交わし、これで一安心。
血と一緒にパック詰めされて冷蔵庫に入っていた大量の肉の正体については考えないようにした。牛肉とかじゃないっすかね。うん。
診療所を出た後、島の未探索エリアを捜索する。森の奥で煙が上がっているのを見つけてそちらへ向かうとキャンプ中のクラスメイトを見つけた。空地にテントを張り、焚火を囲んで談笑しながら肉とマシュマロを焼いている。
いたのは二ノ影陽炎と二ノ影不知火の二ノ影姉妹と堀田ガイストの三人だった。
二ノ影陽炎と二ノ影不知火は世にも珍しい双子のドッペルゲンガーだ。
17年前のある日、中東の石油王の娘が自分が二人仲良く歩いている姿を目撃した。自分が自分自身を見る……すなわちドッペルゲンガーである。
古来より世界各地には自分のドッペルゲンガーを見ると遠からず死ぬという言い伝えがある。石油王の娘は自分のドッペルゲンガーを二人も見てしまった。遠からずどころかいつ死んでもおかしくない。
悲嘆に暮れる娘に相談された石油王はパパがなんとかしてやる大丈夫だ、となだめた。
妻の美貌を受け継いだ娘は艶やかな亜麻色の髪と浅黒く健康的な肌をしていて、石油王は目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
そして石油王は1000人の傭兵を娘の警護につけた。傭兵には娘を守りドッペルゲンガーを見つけたらぶっ殺せ、と命令した。ドッペルゲンガーが死の原因になるなら、ドッペルゲンガーを殺せば助かるのではないかと考えたのだ。
果たして二人のドッペルゲンガーは日に日に衰弱していく娘の元に再び現れた。
1000人の兵士は一斉に襲い掛かった。一人につき500人で襲い掛かった。
二人のドッペルゲンガーは一晩の内に500回殺されたが、500回蘇り、日の出と共に消えた。
これを聞いた石油王は特殊部隊三個中隊と爆撃機10機を手配した。
なんといっても石油王である。全てを可能にする財力がある。
ドッペルゲンガーは意識不明となった娘の元に三度現れ、そこに特殊部隊が襲い掛かった。
ところが特殊部隊の精密にして苛烈な攻撃を受け、当時最先端のサーモバリック爆弾の集中豪雨を浴びてもドッペルゲンガーは殺せなかった。一晩中殺され続けても一晩中蘇り続けた。
石油王は知らなかった。
ドッペルゲンガーは人間が本体であり、本体が死なない限りドッペルゲンガーもまた死なない。
ドッペルゲンガーは本体を死に誘い、本体の死と共に消える儚い怪異なのだ。
どっこい石油王の娘の元に現れたドッペルゲンガーは双子だった。
石油王の娘は確かに衰弱死した。しかし双子のドッペルゲンガーは生き残った。
お互いがお互いのドッペルゲンガーになる事で消滅を免れ、単なる怪異ではなく二人一組の不死者としての存在を確立したのである。
最初、石油王は娘を殺し成り代わった(ように思えた)双子を抹殺しようとした。
しかし双子は見た目も性格も娘そっくりで、どれほど罵られ殺されても健気に父様、父様、と慕ってくるため次第に絆されていった。
娘の死から十年も経つと、石油王はドッペルゲンガーの双子を受け入れた。もう殺そうとはしなくなった。
双子は娘の仇だが実の娘のようでもあり、顔を見るだけで辛い。悩んだ石油王は遠くの国へ双子を遠ざけた。
こうして双子のドッペルゲンガーは二ノ影陽炎と二ノ影不知火の名前と戸籍を与えられ、日本にやってきたのだ。
今ではすっかり日本の高校に溶け込み、友達と一緒に修学旅行を満喫している。
キャンプをしている三人に藤沢は嬉しそうに挨拶した。
「二ノ影、堀田。三日ぶりかな?」
「カミラちゃんだー、久しぶり。カミラちゃんお肉食べる? 野生化した豚がいてさー」
「ふむ。では御相伴に預かろうかな」
「伏見も食べなよ。調味料使ってないけどけっこう美味しいよ」
二ノ影姉妹に誘われ(陽炎が姉で不知火が妹だがどっちがどっちが見分けがつかない)藤沢も焚火を囲む輪に入る。堀田は黙々と錆びた園芸用の大バサミを磨いていたが、俺が座ればいいのか立っていた方がいいのか迷っていると尻を動かして座る場所を空けてくれた。よく焼けた肉串まで渡してくれる。
「ありがとう。優しいじゃんかどうした」
「修学旅行だから。修学旅行は楽しむもんだろ」
「ああ、まあな」
そういえば今はデスゲーム中だが修学旅行中でもあったな。
こいつらめっちゃエンジョイしてやがる。完全に旅行気分だ。お気楽で羨ましい。
女子三人は姦しくお喋りしている。二ノ影姉妹は陽炎と不知火のどちらが喋っているのか見分けがつかないが、二人でワンセットみたいなやつらだし大した問題ではない。
「それじゃカミラちゃんはずっと九生ちゃんと愛ちゃん探してたんだ? 大変だったねー」
「伏見くんがいたから退屈はしなかったな」
「えー、なんか怪しー。そんなに仲良くしちゃっていいの? 凛ちゃんとか文句言いそうじゃない?」
「大丈夫。伏見くんは不死者だ」
「あっそうなの? ふーん……」
二ノ影姉妹は完璧にシンクロした動きで俺を上から下までじっと見た。
「……ゾンビ?」
「なんでそう思ったんだ」
俺そんなにゾンビっぽい? 藤沢はぬらりひょんだって言うし、有留場もすぐ俺が不死者だって納得したし。やめてくれよ本当に自分が人間なのか不安になってくる。
「いつもお線香の匂いするから。ねね、ゾンビの人ってなんでみんなお線香の匂いさせてるの?」
「いやぁ……」
俺は半笑いで誤魔化した。
知らねーよ。
俺の場合は婆ちゃんがいつも仏壇にお線香あげてるからその匂いが制服に染みついてるだけだけど。
「三人は猫塚と河戸を見ていないかい?」
「九生ちゃんはねぇ、今朝一度来たんだけど、猫缶食べてどっか行っちゃった。追っかけっこしてるんだって。愛ちゃんは見てないなー」
「俺も見てない」
「堀田。河戸が持っている物の声を聞けないかな」
藤沢が話を振るが、堀田は首を横に振った。
「無理だ。河戸とも河戸が持ってる道具とも波長が合わない。他の奴らの道具の声はたまに聞くけど」
「あのさー、もしかして愛ちゃんは誰も見てないんじゃない? 愛ちゃんもカミラちゃんを探してると思うんだけど、誰とも会ってないなんて変だよ。弱点突かれて殺されちゃったなんて事ないかなー」
二ノ影が不安そうに言う。
え、なんかまるで不死者が死ぬ事もあるみたいな言い方だけど。
「不死者って死ぬのか?」
「何を言っているんだい、当然さ。例えば私は平気だけれど、有名な話では普通の吸血鬼は太陽の光で死ぬね。伏見くんだって条件次第で死ぬだろう?」
「確かに」
俺は普通の人間と全く同じ条件で死ぬ不死者っすね。
しかしそうか、不死者も死ぬのか。そういえばデスゲーム始まって最初にバッタリ会った時に死に方聞いてきてごめん失礼だったー、みたいな事言ってたな。
例え弱点があっても相当上手くやらないと足ポキー首モギーで殺されそう。弱点あんま意味ねーな。不死者十人もいるし。藤沢は吸血鬼なのに吸血鬼っぽい弱点なさそうだし。
「ふむう。デスゲームなのだから運営も不死者の殺し方を知っている奴を送り込んでる可能性はあるね。そうでもなければ不死者が有利過ぎる。ゲームにならないよ」
「まあ殺し方知っててもそう簡単に死なないのが私達だし。九生ちゃんも愛ちゃんもたぶん生きてるよ。不安にさせてごめんー」
不死者の話はそれで終わった。
二ノ影姉妹は倒壊した山小屋で見つけたテントを張ってデスゲーム中ずっとキャンプをしていたという。藤沢が公民館に来ないか、と誘うと喜んでホイホイついてきた。風呂に入れないのがストレスだったらしい。
豚肉の残りを持参金にしてくれるので俺としても悪い事ばかりではない。猫缶は味が薄くてダメだ。そもそも人が食べる物でもない。
公民館に着いた時にはもう日が落ちていて、女子は早速キャッキャウフフと風呂に向かった。その間に俺と堀田で新参三人の布団の用意をする。なんだこのお泊り会。
公民館は不死者四人と人間一人の巣窟になってしまった。とんだ百鬼夜行だよ。豚肉だけ置いて帰ってくれねーかな。
俺が防災用毛布が突っ込まれている物置の場所を教えると、堀田がポルターガイストパワーで毛布を操りあっという間にベッドメイクを終えた。俺は物置から飛び出す空飛ぶ毛布を見てるだけ。やべーな人外なんでもアリかよ。
ぼーっとしているとおもむろに堀田が話しかけてきた。
「なあ伏見」
「なんだよ」
「風呂覗きに行こうぜ」
「エッッッ!?」
堀田の顔を二度見する。
このポルターガイスト、マジで言ってんの?
相手が人間なら見つかってもキャーからのビンタばちーんで済むけど、吸血鬼にビンタされたら首から上吹っ飛ぶぞ。即死だ即死。そんなんラッキースケベじゃねぇよ。死ぬもん。ラッキーデスケベだ。
「な、なんだよ、ポルターガイストってそういう欲求あんの?」
「ないけどお前はあるだろ。それに女風呂覗きは修学旅行の醍醐味だから」
捨てちまえそんな醍醐味。普通に性犯罪だからな?
「俺は行く」
「ま、待てよ堀田」
音もなくすぅーっと歩いて行く堀田の後を追う。
もちろん、声を潜めて。
「絶対見つかるじゃんか。こえーよ、吸血鬼やべーぞ」
「藤沢の五感はそれほど鋭くない。感情が乱れると研ぎ澄まされるけど普段は人間並みだ。ドッペルゲンガーの五感は常に人間並み。いける」
「ええ……」
堀田が歩けば老朽化しているはずの廊下は全く軋まない。
なにこの超常現象の無駄遣い。
「やばいって。絶対やばいって」
「とかいいながら大声上げて女子に警告したりはしないんだな」
「いやそれは……」
だって……
……なあ?
「伏見」
「なんだよ」
「覗きたいんだろ。正直になれよ、藤沢の事好きなんだろ」
「……いや言わねーよ?」
これ知ってる。言うと一瞬でクラス全員に広まって死ぬほどからかわれるヤツだ。
ぜってー言わねー。
というかそもそもなんでデスゲーム中にドキドキ修学旅行イベントやってんの?
状況が分からない。
夜陰に乗じて風呂場のすぐ外に置かれた屋外洗濯機の横にたどりつき、堀田はひっそりと言った。
「伏見」
「なんだよもー、言わないって言っ」
「お前、人間だろ」
堀田は青いガラス玉のような無機質な目で俺をじっと見つめていた。
ふわふわそわそわしていた脳みそがキュッと引き絞られるようだった。
アカン、死ぬ!!!