10 死神は殺人鬼の上位存在みたいなとこある
殺人鬼系女子高生である御名語炉詩代は自分に焦ってはいけないと言い聞かせていた。デスゲーム開始から三日目の昼を過ぎたというのに一人も殺せていない。しかしまだ時間はたっぷりある。
御名語は出越智呉九郎率いる首輪解体グループに潜伏していた。
出越智呉九郎をリーダーに三途川冥道、丸出広院、そして御名語炉詩代が加わった男女二人ずつの四人グループだ。出越智と広院は恋人だから、カップルにオマケ二人という見方もできる。
四人はデスゲーム参加者に嵌められた爆弾付きの首輪を解体し自由になり、全員で島から脱出する事を目的に活動している。
首輪の解体は『ゲーム進行を妨害した場合首輪が爆発して死ぬ』に抵触するが、解体に失敗すれば安全だ。御名語は首輪が解体される前に三人を解体するつもりでいた。
が、御名語の目論見は出越智に邪魔されていた。出越智は単独行動を禁じ、可能な限り全員で固まって動く事を主張していた。広院は賛同。三途川は無投票。御名語は分散した方が効率が上がるという理由で反対したのだが、賛成2:反対1:無投票1で集団行動をする事になってしまっていた。
御名語は興味本位で殺人鬼を志し、運営の事前テストで獲物を一人サックリ刺し殺し殺人鬼として認められた新米だ。つまりまだ一人しか殺人経験がなく、腕利き揃いだという他の殺人鬼達と比較してパッとしない事を悩んでいる。三人を同時に相手取り殺してのけるスキルも自信も無かった。
しかし三日目にしてようやくチャンスが巡ってきた。
海岸に漂着した船舶の船倉を拠点としていた四人はエリア縮小により荷物を抱えて脱出せざるを得なくなっていた。
当初出越智が想定していたよりずっと死亡ペースが早い。拠点も失い、焦りが出た出越智を説き伏せる事で御名語は一時的な分散行動を認めさせる事ができた。
出越智の実家は剣術道場で、本人も剣術の有段者。しかも武器が日本刀だ。まともに相手にしていられない。
三途川の武器は不明だ。邪魔だったから捨てた、と言っているがどこまで本当なのか読めない。A組変人グループとつるんでいる割に見た目も性格も全く普通で取り入りやすいはずなのだが、妙に近寄りがたい雰囲気があり、なんとなく話しかけられず探りを入れられない。
電子機器に詳しい丸出は御名語よりも小柄で運動神経が鈍い。武器はスタンガンだが、分解して首輪解体装置の部品に使っている。殺すなら丸出からだ。
今朝までは船舶から首輪解体装置に必要な部品を取っていたのだが、脱出の際に全ての部品は持っていけなかった。足りない部品をどこかで調達する必要がある。四人は調達場所に漁村を選んだ。
急がなければどんどん犠牲者は増える。首輪解体装置の完成がクラスメイト同士の殺し合いを止める唯一の手段と信じ、何かあったらすぐに声を上げ、くれぐれも離れすぎないように、と念押しして漁村入口で分散した。
「あれ、炉詩代ちゃん。どうしたの?」
「えっと、相談したい事があって」
かび臭い民家の台所を漁っていた丸出の背後に忍び寄ろうとした御名語だったが、距離を詰める前に床がきしんで気付かれてしまった。
わざわざ音を殺して近づいてきた御名語に緊張の色を見せている。舌打ちしたくなった。丸出は彼氏である出越智以外を信用していない。ここで襲い掛かれば叫び声を上げられ、出越智がやってくるだろう。
しかし今のタイミングを逃せば次のチャンスは一体いつになるのか……
御名語は素早く出たとこ勝負の計画をでっち上げた。声を上げられても出越智到着までに殺してしまえばいい。窓を割り「自分が駆け付けるのを見た犯人は逃げた」と言えば誤魔化せる。
「なあに? ここで話さないといけない事?」
「男子がいると話しにくくて」
「あっ……ごめんね、気付けなくて」
御名語が気まずそうにもじもじしてみせると丸出は表情を緩めた。上手くいったようだった。
女子同士でなければ話せない話があるのは本当だが、本題ではない。
「あのね……!」
「!?」
御名語は怪しまれないギリギリまで近づいて隠し持っていた草刈り鎌で襲い掛かった。が、狙いの甘さと丸出が回避を試みた事が重なり胸を浅く切り裂くだけに留まった。
「炉詩代ちゃん!? なんで……っ、九郎くん助けて!」
助けを呼ばれた御名語は急いで殺そうとする。しかし丸出は想像以上の機転と粘り強さを見せ、椅子やテーブルを盾にして必死に攻撃をかわす。そして宣言通りすぐ近くにいた出越智が裏口から民家に飛び込んできた。
「広院! 大丈夫か!?」
「九郎くん! 炉詩代ちゃんが――――」
「出越智くん気を付けて! 私、広院ちゃんに襲われたの!」
「なんだって?」
丸出を庇う出越智に、御名語は涙声で訴えた。
すぐバレる嘘だったが出越智は思わず背後に庇った丸出を振り返る。その一瞬の隙を突き、御名語は出越智の片足を切り裂いた。
出越智は苦悶の声を上げ体勢を崩す。が、追撃は日本刀で受け流して防いだ。
「チッ! 死ね!」
「くそっ、御名語ぉぉぉぉおおお!」
二人は何度か切り結んだ。
出越智は背後に動けない丸出を庇い、負傷している。
しかしそもそも体格差も技術さも武器の差も大きすぎた。
強力な一撃で御名語の草刈り鎌は弾き飛ばされ、首元に日本刀の切っ先を突きつけられる。
「御名語……!」
「私を殺すの? 殺人者になるよ?」
悲しみと怒りの混ざった苦しみの声を漏らす出越智に、御名語は挑発的に返した。
そもそもデスゲームで自分の命を危険に晒してまで皆を助けようというお人よしだ。出越智は目論見通り動揺し言葉に詰まる。
しかし切っ先は下げない。
睨み合いになった。逃げれば斬られるだろう、逃げなければ捕まるか、やはり斬られるか。
出越智も迷っているようだった。
「え?」
御名語は間抜けな声をもらし、出越智の後ろを見た。
出越智は眉を顰めるが、振り返らない。一度騙されたばかりなのだから当然だ。
「広院?」
出越智が振り向かず声をかける。
返事はない。
御名語の視点で見れば自明の事だった。
瞬間移動して現れた三途川が禍々しい大鎌を振るい、丸出の首を刈り取っていたのだから。
何が起きたのかは分かるが、どうしてそれが起きたのかはさっぱり分からなかった。
「広院? どうした?」
「悪いな出越智。丸出の命は回収させてもらった」
「え?」
聞こえるはずの無い声を聞いた出越智は流石に振り返った。
そして出越智は首の無い恋人とその首を抱えた三途川を見て絶叫した。
殺し合いの最中に見せるには大きすぎる隙だった。御名語は床に落ちていた草刈り鎌に飛びつき、振り向きざまに投げつける。鎌は出越智の首に突き刺さり、絶叫を止めた。
出越智は口をパクパクさせ喉を押さえ悶えたが、すぐに倒れて動かなくなった。
民家の台所には二つの死体と、一人の殺人鬼と、一体の得体の知れない何かが残った。
御名語は極度の緊張に襲われ喉がカラカラに乾いていた。いくら息を吸っても呼吸ができない。
三途川の鎌はこの世のものではない、と本能的に理解した。アレから感じる「死」の感覚は御名語が行った二度の殺人で感じたモノとは比較にもならない。
立っているだけで死んでしまいそうな御名語に、三途川は丸出の頭を流しのまな板の上にそっと置きながらのんびりと言った。
「部品集め進んだ?」
「え?」
「部品集め。首輪解体装置の部品集めてるだろ。俺はマイナスドライバーしか見つけらんなかった。探し物苦手なんだよなあ」
堀田呼びてー、と言いながら三途川はマイナスドライバーを御名語に投げて寄越した。御名語はキャッチしたドライバーと三途川を交互に見比べた。
自分と同じ殺人鬼なのかとも思ったが、登場の仕方も持っている武器も人の常識から外れすぎている。
全く理解不能だ。ただのクラスメイトだと思っていた得体の知れないナニカの正体を問う。
「三途川はなんなの?」
「え、逆に聞くけどこの鎌見て分かんない? それはヤバいよお前」
「……死神?」
「あっ言わせといてアレだけどごめんな、正体言えない決まりになってるから。まあしばらく御名語について回るけど気にしないでくれよ。邪魔しないから」
「本当に……?」
「ほんとほんと、俺は人間と違って嘘言わない」
三途川は間接的に人間ではないと自白しながら請け合った。
三途川は学校の休み時間中に廊下で雑談しているような歪な日常的雰囲気で、襲い掛かれば自分でも殺せるのではないかと誤認しそうになる。
三途川から目を離さないようにしながらそろそろ動いて出越智の喉に刺さった草刈り鎌を回収し(日本刀も持って行こうとしたが重くて扱え無さそうだったので諦めた)、民家から出る。三途川は大鎌を消し、後ろについてくる。
ほんの一時間前はポメラニアンがついてきている程度にしか感じなかった。
今では飢えたケルベロスに後を尾けられている気分だ。
「あ、あっち行って……下さいませんか」
「ダメ」
バッサリ断られ、胃液が喉元までせり上がってくる。
「なんで私についてくるんですか」
「なんでだろうなあ」
「……そういえばこの三日間はよく広院の近くにいましたよね」
「いたな」
「広院を殺しましたよね」
「殺したな」
「今度は私についてくるんですよね」
「お、見ろよあの雲。面白い形してる」
三途川はあからさまに話を逸らした。
御名語はすぐに死神の追跡に耐えられなくなり全力疾走で逃亡を試みた。
しかし振り返るとすぐ後ろにいる。スピードを上げても緩めても民家に隠れても防火水槽に飛び込んでも後ろにいる。
頭がおかしくなりそうだった。まるで邪悪な殺人鬼につけ狙われているようだ。
御名語は漁村で夕方になるまで逃げまわった。
疲労困憊で壁にもたれかかった御名語に、息一つ乱していない三途川がペットボトルの水を差し出す。
ひたすらついてくるだけで無害なのでは、と一瞬ほだされそうになるも、夕日に照らされ長く伸びた三途川の影が骸骨の形をしている事に気付いて口に含んだ水を噴き出した。
殺人鬼御名語炉詩代は死神三途川冥道に憑かれてしまった。