ウルタールの……【頸椎】
あれから八鳥さんに言われた通り鳥原公園に潜伏して11時を過ぎ、やっとのこさ12時になるのを森に囲まれているこの公園のボス、棒付き飴のような時計が教えてくれた
あたりに静けさが増した瞬間、背筋がゾワッと鮫に襲われるような錯覚を起こした。奇妙な錯覚に慌てて、正体を探そうと上体を仰け反ると黒いフードで顔は見えないが、あからさまに怪しい人物がいる。
やっと現れたか猫連続殺害事件犯人、清水 魁。
無能力者の俺が奴と戦って勝つためには絶対にクリアしなければいけない条件がある。それは、先手を取ることだ。
先手を取って、不意を突くことが能力者相手の定石だと八鳥さんに教えてもらった。
後手に回れば、付け入る隙が無くなってしまう。先手ですら勝率は低いのに後手に回れば勝利は完全に閉ざされる。
だから、俺は草むらから颯爽と清水 魁(と思しき人物)に向かって走り出した。
まずは相手の虚をつけたらしく、フードで顔はわからないが明らかに動揺しているように見えた。
奴が逃げ出そうとしてた時には既に遅く、俺はもう奴の懐に入りタックルをかます直前だった。
「!!?」
どういうことだ?
俺はその違和感に胸骨を歪められるような嫌な予感がした。
確かに、至近距離で見ても写真の清水 魁の顔に似ている。似てはいる。
だ、が!?別人だと?!
その顔には何か決定的に遺伝子レベルの差異が現れている。
血縁関係者か?!
意趣返しのように驚いたのは俺の方だった。
これは先手すら取れてない。
その時には既に相手はもうコンディションが整ってしまったようで、俺は相手に蹴り飛ばされ、その清水 魁のニセモノは蜘蛛の子散らすように森に絡んだ闇の中に姿をくらました。
「…うぐ、どうなっている……….?」
倒れた俺はどん底真っ暗夜空に向かって囁いた。
ふと、頭の上、空ではなく鳥原公園の入り口の方を頭だけ無理な角度にあげて見ると、目を大きく見開いた。
背筋どころか背骨に液体窒素を流し込まれたような寒気を感じた。
さっきの鮫のようなさっきとは比べものにならない山のようなクラーケンほどの殺気と憎悪と復讐心の入り乱れたオーラが頭の先にあるのがわかった。
すぐさま戦闘体制に入れるように体を起こし、数メートル離れた後姿をはっきりと視認した。
「俺の弟に……何しやがるんだよ、この雑魚野郎ォオ!!」
完全に後手に回ってしまった。
写真と同一人物だ。
全く差異はないと言っていいが、その顔はあの穏やかそうな静かな表情ではなく、怒りで鮫のようにも見える。
奴の足元に液体が源泉のように溢れ、宙に浮いていく。
十八番の水芸だ。
危機を察知した俺は爪先を奴とは真逆に向けて走り出し、距離をとろうとした。
ヤバい!溺れ死ぬだけじゃ済まされない!!
ズドンッ!!
俺の予想が的中するように鈍い音が響く、地面が砕けてはじけとぶ音の後ピチャリとかすかだが水の音がした。それは清水 魁の放った水弾の破壊力が俺を滅多打ちにするだけには全く十分であることを知らしめた。
「お前が、清水 魁だな?」
ズドンッ!
ズドンッ!
ズドンッ!
話す隙を与えないほどの弾幕が森にも、地面にもあたりグシャグシャに砕けてその破片が水に溶けて公園一帯が浅い沼のようになっている。こうなると走ることは難しくなり、転べば一瞬でアウトだろう。
くそ、何とかしてせめて、対話という土俵に持ち込めれば。
「やめろ!話を聞けっ!」
俺は必死に呼びかける。
しかし全ては水しぶきや水弾の弾ける音で届ききっていない。
直後、俺の脳天目指して一発の水弾が放たれた。
それを俺の脳が理解すると同時に脳内物質が堰を切ったように溢れて、思考力が超加速する。
スローモーション映像に切り替わる視界、先ほどまで弾丸のようだった水弾がマトリックスのように軌道すら見える速度に落ちる。
しかしそれでも体の反応速度は全く上がらない。
恐怖を感じて、更に流れ込む脳内物質。
当たるなぁぁああッ!!
ドジャァ!!
九死に一生、沼のようになっていて逆にありがたかった。
悪運が俺を導いてくれたのだ。
逃げようとした足はうまく地面をつかめず重心が錯綜し、俺は思いっきりすっ転んだ。
脳天に当たるはずだった水弾はこの公園のボスの棒突き飴時計の某部分にあたり、はじける。
時計はもともと何発か当たっていたのもあって、その一発が当たるとともにギギッと嫌な音を立てて転んだ俺の頭蓋めがけて時計の飴部分が振り下ろされてきた。
「クソッッ!!」
刹那、俺の頭蓋まで後1メートル。
今度こそ助からないか!?
覚悟を決めて瞼を強く閉じた。
しかし。
そのままトマトスープが出るのに3秒もかからないというのに、何故か俺の頭は潰れたトマトのようにはならなかった。
「あっ……え??」
見ると月光に照らされた俺の体から伸びた影の先にくろいシルクハットを被った黒ずくめの男——正確には人型らしき何か人型——が現れた。
「なんだ、こいつ……ッ!?」
そいつはガラクタ同然にして俺を殺しかけた時計を、右手に持っていたそれまた黒い片手剣で弾き飛ばした。
時計はまるで指で弾いたおはじきのように空高くを舞い、清水 魁のいるあたりに落ちた。
「………それか?それがお前の能力か?随分と気色悪い能力だぜ」
落ち着いたのか、いや警戒心を高めたせいだろう。
清水 魁の周りから溢れていた水は穏やかになりやがて一点に集中した。
奴の頭上、クラゲのように水の塊がふよふよと浮いているが、その奇妙な癒しフォルムに反して、極大な殺傷能力である。
水の穏やかさと、渦の底知れなさがそこにはあった。
しかし、今考えるべきはこの男よりも、俺の傍に現れたこいつの正体がなんなのかって言うのを考えるべきだ。
清水 魁にはコイツが俺の能力のように見えているらしい。少なくとも人ならざるものの気配は俺にも察知出来た、がいまいちよくわからない。
音もなく最初からそこに存在していたような、影が存在するようにありきたりだとでも言わんばかりにそこに居た。
それが一番悍ましく、疑わしい。
「まぁ、いいや。今日はこの辺で——
そう言って清水が逃げようとした時のことだった。
「見つけたぞ清水!!」
その声は走ってくる足音ともに聞こえてきた。
低く大人びながらも、天真爛漫さを感じさせる声。
やっと収集がつきそうというところでやってきたのは桜田 虎彦その人だった。