人生わからないもんだねぇ
式羽中央病院。一応面会は出来るようだったが受付の看護師に何か桜田さんがコソコソと隠し事のように言っていた。
職権乱用ではないが、まさかマーリンの力で裏から手回しでもしたのだろうか。
その内笑顔で何かを取り決めたのか、桜田さんはサッと戻ってきた。
「何言ってたんですか?脅しですか?」
「ん?何言ってんだ、あれは俺の知り合いだ」
白いナース服に身を包んだ垂れ目の優しそうな彼女。
随分と似合わない知り合いがいたものだ。
しかし、人の人生何があるかわからないものだし、本当にそうなのかもしれない。いや、もしかしたら桜田さんみたいな人はよく抗争とかしてお世話になっていたのかもしれない。
「あいつ、マーリンのメンバー。たしか、iグループ」
「…………!!うそ?」
「お前に嘘ついてどうするんだよ」
絶句。守備範囲じゃないがグループの職業幅に今しがた驚いた。よくよく考えたら矢鳥さんも女子高生らしいセーラー服だったし、あの人高校生かもしれない。
いや、俺みたいな記憶喪失者も入ってるくらいだし、本当に人生何があるかわかったもんじゃない。
「行くぞ、江守 正吉は二階の211号室だ」
桜田さんは驚いている俺に呼びかけた後、二階に通じるであろう階段に行ってしまった。
続いて俺も後を追うのだが、さっきの看護師と目があった。看護師は俺に何かを口パクで伝えながら手を振ってきた。
がんばれだろうか、それとも足ひっぱんなよだろうか。
後者では、きっとないだろう。
俺は一応ぎこちなく笑い返しておいた。
「…人生何があるかわからないからなぁ」
211号室。桜田さんは平然と扉を開けて中に入ると、ベットで分厚い文庫本を読んでいる老けた顔の髭を生やした男がいた。30代には見えないが、
間違いない。
「あんたが江守 正吉か?」
「知らねぇ奴だなぁ。人に名前を聞くときは自分から名告れってお前のママは言わなかったのか。……いやいい、そうだ俺が探偵の江守だ」
やけに挑発的な態度が目つきもあって深く刺さる男だ。やけに探偵の部分を強調するということはそれなりに自信が……いや、陸で溺れるだなんて側から聞けば酔っ払いじみている。
溺れた探偵。
そういった自分への皮肉だと俺は思った。
「で?どうせお前もあの事件について俺に何か聞きたいことがあってきたんだろう?」
「単刀直入に言う、お前は犯人を見たのか?」
江守はその言葉を聞くと太い眉を眉間に寄せ、数秒間黙った。はぁ、とため息をひとつ吐き患者服の胸に右手を突っ込みかける、そして自分のやってることに気づきもう一度ため息をついた。
おおかたタバコを吸うのが癖なのだろう。
「俺が答えるとでも?聞きたいなら、出すもんだしな。こっちだってそういう生業してんだ」
「………………………」
「いいねぇ……あぁ見たとも、ガキだ。背丈はだいたい170、錆びた滑り台と見比べたからわかる。警戒の仕方が雑だったところを見ると模倣犯じゃなく本物だったぜ。手慣れている奴ほど、慢心するからな。それに奴がクソッタレな展示物を作るのにも時間がかかってなかったのも理由の一つだぜ。しかしあれは手馴れてるってだけじゃなかったな……オイ、坊主。水もってこい」
江守は話の途中でいきなり俺を指差して、近くにあった透明のグラスを手にとって押し付けた。桜田さんは仕方ないから汲めと俺に目配せしてきた。
全く人使いの荒い探偵だ。探偵って人種はどうしてこうも………
「ありゃあ、手品だな。わかるか、マリックだよマリック。奴は公園にある水道を一回も使わなかった。手をかざしただけなんだ。両手で、水槽の周りに手をかざした瞬間みるみる水が入ったんだよ。まさにハンドパワーだぜ?」
「なんだおっさん、あんた犯人は手品師だとでも言いたいのか?そんなのペットボトルか何かだったんだろ。鳥目で節穴な探偵だな」
「鳥頭の兄ちゃんが言うんだ、お墨がつくねぇ」
……だいたい全く、一人で動けないのか。それに前に読んだ安楽椅子探偵とはなんだ?自分で動かずに小間使になんでも任すだなんて……いや、無駄な情報を取らないためにはいいのかもしれないが……しかし、だが……でも……
「オイ!坊主、何突っ立ってる!さっさとそれよこせ!」
「あっ……すいません」
俺は冷蔵庫から出したペットボトルの水をコップに注いで、江守に素早く渡した。江守も奪い取るようにコップをとった。そして、ベット脇についていた小さな机の上から薬を二つほどとると水とともに飲み干した。
自分が溺れたといった水で。
「……奴はきっと芸術家気取りだよ」
江守がニヤッと笑う。
「どういうことだ?猫の死体なんて飾ってるからか?」
「そういうんじゃあない。奴はあの水槽をまるで恋人みたいに触れてた。奴はロマンチストだぜ。しかしよ、ピカソでもゴッホでもねぇ。俺が睨んでんのはこいつよ。俺をこんな目に合わせた今回の犯人」
そういって江守は掛け布団の中から財布を取り出して、そこからマトリョシカのように写真を一枚ぺらっと置いた。
「……俺はお前らのことを知らん。だから、俺の山を取られるのは本当なら不本意な話なんだがよぉ。見ての通り、このざまよ。あんたら、何をする気かは知らねぇが、代わりにこの事件の犯人を見つけてくれ。いや、見つけるべきだ。ただの興味本位ってわけじゃないんなら、この事件に結末を迎えさせられるように俺の代わりに、どうにかしてくれ」
江守は今まで見たことないほど真剣な口調で話した。それは目の前にいる人間がただの患者服のおじさんではなく、覚悟ある正義の味方だと認識するには容易だった。
「要は事件を解決してくれ、ってことだろう?安心しな。俺たちはあんたを襲ったみたいな、バケモン相手の取り締まり役だ。いいぜ、利用されてやる。俺たちハース・マーリンの義に懸けてな」
桜田さんは奪うように写真を取って、211号室から出て行った。江守は少し呆然としたように、残った俺に尋ねてきた。
「あいつがねぇ……おい坊主。お前もアレなのか?」
その質問をされた俺は応える。絶対的な確信をもって応える。
「あぁ、俺もだよ」